第96話 訓練

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 シャインは、ティファニーちゃんから、スラム上がりの探索者たちに、ダンジョンで生き残るすべを教えてやってほしい、と頼まれた。


「そんなの、行って帰ってくるだけだよ」


 シャインは、天才肌である。


 大抵のことは感覚でできてしまうため、残念ながら、人に教える才能だけはない。


 本人も自覚していた。


 誰か、手伝いが必要だ。


 本心は、できれば、その誰かに丸投げをしてしまいたい。


 昼間から、花街に籠っていたかった。


 シャインは、百雲斎に白羽の矢を立てた。


 本当は、修業好きの新兵衛が良かったのだが、最近の新兵衛は、包丁しか握っていない。


 探索者ではなく、良い料理職人を育てられてしまいそうだった。


 この先、炊き出し要員が大量に必要だというから、向いている者たちには、それでも良いだろう。


 問題は、血の気が多くて、客商売が向いていない類の連中の取り扱いだ。


 スラムに住み、花街から荒事関連の下請けをしていた者たちである。


 にっこり笑っても、鬼瓦みたいな顔をした奴らだった。


 炊き出しの場に立ったら、行列が、全員逃げ出しかねない。


 花街の用心棒の席に空きがなければ、強盗か追い剥ぎになるしかないような連中だ。


 せっかく、スラムからも探索者になる道ができたのだから、せめて探索者として独り立ちさせてあげたい、というのが、ティファニーちゃんの親心だ。


 将来の『おかあさん』としての差配でもある。


 ティファニーちゃんに頼まれたら、シャインは、断れない。


 残念ながら、新兵衛は『拙者の回復肉煮込み』の指導で忙しかった。


 新兵衛が無理ならば、百雲斎だ。


 シャインは、単純に、そう考えた。


 百雲斎には、師匠として、百斬丸を育て上げた実績がある。


 荒くれ者たちに、探索者として生きる術を教えるぐらい、お手の物だろう。


 シャインは、そのように目論んだ。


 まずは試しにと、地下一階に降りてみる。


 シャイン、百雲斎、スラム上がりの新米探索者たちが、とりあえず十人だ。


 六人組パーティーならば、二組作れる。


 もっとも、新米たちは物理的な暴力しかできないので、前衛役しかいなかったが。


 それから、荷物持ちとして、『はいたつくん』を連れてきている。


 本当は、ギルドの訓練場を使いたかったが、沢山の五段ベッドが並べられて、今では完全に宿泊施設と化している。


 スラムは、随時取り壊されて、宿の建設が始まっていた。


 今いる新米探索者ごろつきたちも、元はスラムの住人だったが、探索者となった今はスラムを離れて、これからはギルドの訓練場のベッド暮らしだ。


 スラムとギルドと、どちらのベッドが、実際のところ寝心地が良いのかは聞いていない。


 新米探索者たちは、ギルドの貸し出し用の防具を身に着け、貸し出し用の武器を持っている。


 荒事には慣れているとはいえ、彼らが、地上では身に着けた経験のない装備だった。


 今までは、せいぜい、ナイフ程度の武器だけだ。


 今は、剣であったり、棍棒であったり、ナイフより、もう少し危険な武器を様々だった。


 新米探索者たちは、地下を歩くのも初めてである。


 それぞれ、片手に安い松明を持っていた。


 地下で、闇に閉ざされたら、誰でもおしまいだ。


 安全地帯となっているボッタクルルートから、適当に選んだバリケードにある扉を開けて、シャインたちは、危険地帯へ出た。


 新米たちには適当に前衛で魔物と戦わせて、危険な時だけ手を貸せばいいだろうと、シャインは考えていた。


 地下一階に出るような魔物ならば、何匹出ようと、シャインや百雲斎が後れを取ることはない。そうやって、強制的に生き延びる実力を身につけさせるのが早道だろう。


「どうします? 二手に分かれ・・・・・・ますか?」


 シャインは、百雲斎に確認した。


 そのほうが、効率よく、魔物狩りをできるだろうという判断だ。


「なんじゃ、おまえらも、そのやり方・・・・・を使うのか」


 百雲斎は、安心したような声を出した。


「儂、読み書きを教える方が得意じゃからさ。忍者は育てられても、探索者たちはどう育てたものかと思ってたところよ」


「生き延びられるようになれば、方法なんか何だっていいでしょう」


 シャインだって、探索者の正しい育て方なんか知らない。


「なるほど」


 百雲斎が、新米たちの前に立った。


「おまえら、二人一組になれ・・・・・・・。そして、殺し合え」


「いや、忍者育てるんじゃないですから!」


 シャインは、慌てて、声を上げた。


「ほれみい」


 だから言ったじゃろ、と、百雲斎。


「爺さん、惚けてんのか」


 新米探索者たちから、ヤジが飛んだ。


 ははははは、と、百雲斎を揶揄やゆするような、追従ついしょうの笑い声。


 新米探索者たちには、シャインならまだしも、こんな爺に負けているわけがない、という気概があった。


「あ、ばか」


 シャインが、言いかけた時には、もう遅い。


 ぱきぽきぱきぽきぱき。


 新米探索者たちは、全員、手足の骨を打ち砕かれて、地面に転がっていた。


 十本の松明が、地面で燃えている。


「やりすぎですよ」


「指導者がなめられていては、いかんじゃろ」


 百雲斎は、悪びれない。


 新米たちは、呻いている。


「まぁ、すぐ治すから心配するな。ポーションを百斬丸から山ほど預かっておる」


 百雲斎は、傍に立つ、『はいたつくん』の肩を叩いた。


 シャインに誘われるまでもなく、百雲斎は、百斬丸から地下九階でのとどめ役の育成を求められていた。


 地下九階まで降りられるようになったところで、とどめ役が、バリケード越しに突いても、小口鼠に傷も負わせられない非力では意味がない。なるべく早く、鍛えてほしい、と。


 生憎、百斬丸は、百雲斎の訓練を生き延びていた。


 自分ができるならば、他の誰だって、できるはずだ。


 シャインが思う訓練と、百雲斎、百斬丸が思う訓練は、別物だった。


 百雲斎、百斬丸の『百』は、生き残るのが百人に一人の訓練を生き延びたという称号だ。


 ここにいたって、シャインは、ようやく気が付いた。


『この人に丸投げしちゃ、絶対ダメじゃん』


 シャインは、魔物ではなく、百雲斎から新米たちを守る羽目になった。


 地下一階の、この一角は、後に、『狂爺の訓練場』と呼ばれることになる。

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