第95話 掌の上
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「今日も徹夜になると思う」
朝、店を出る前に、俺は、ヴェロニカに予定を告げた。
最近、時間が不規則だ。
一日中、誰かしら迷宮内でバリケードの設置作業を行っていた。
俺かプラックのどちらかは作業に立ち会うため、家に帰れない場合も、しばしばだった。
探索者への個別の配達業務は、休止中だ。
地下に設置した『販売くん』で対応していた。
『販売くん』への補充のみは、商品を切らさないように行っている。
もっとも、深い階の探索者は、大抵、専用の『はいたつくん』を持っていたので、配達の希望自体は、以前ほど多くない。
問題は、炊き出しだ
いつの間にか、炊き出しの対象者が、さらに増えていた。
そもそも、俺は、スラムの全住人に、探索者ギルドが毎日炊き出しをできる規模を想定して、地下九階に魔物狩りポイントの設営作業をしていた。
それだけだって、頭がどうかしているようなデカい規模だ。
ところが、街の外にいる全難民に対して、カルト寺院が毎日炊き出しをすることを決めたという話が、突然、舞い込んできた。
ギルドに合わせて、カルト寺院も『拙者の回復肉煮込み』を炊き出しするらしい。
材料の魔物肉は、探索者ギルドが確保をして、カルト寺院に卸すそうだ。
え、誰が?
魔物狩りそれ自体は、俺の役割ではない。
だが、狩った魔物の確実な地上への運搬手段を、俺が確立する羽目になっていた。
俺が依頼を受けた本当の当初は、地下九階にギルドの理事が倒した魔物肉を冷凍して積んでおくので、配達帰りの俺が、運搬用ゴーレムで地上へ持ち帰れば済む程度の話だった。
もはや、そんなレベルではない。
実現するためには、一日中、相当量の
作業のどこかに、滞留があってはいけない。
運搬が間に合わない魔物を積んでおくスペースはなかったし、運搬するべき魔物が狩られる間、待つ人間が待機するスペースもなかった。
狩りと運搬、どちらも完全に同期した同時進行で行われる必要がある。
となると、作業の動線を、お互いに塞ぎあうような場所があってはいけない。
運搬のために、ちょっと狩りの手を休めて後ろを通らせて、という事態は許されなかった。
運搬用のゴーレムは、数に限りがある。
金額的にも時間的にも、すべてをゴーレムで賄おうとするのは不可能だ。
完全な人海戦術で、魔物を運ばなければならないだろう。
運搬者の安全の確保が必要だ。
そもそも、地下九階に自力で降りられるほどの探索者は、それほどいない。
全員がかりでも、狩りと運搬には、とても足らなかった。
幸い、一般人の人手だけは、潤沢にある。
スラムの住人が、ゆくゆくは、炊き出しにかかるあらゆる作業を、引き受けてくれる予定だった。
当面は、炊き出しの食事と引き換えに、無給料で肉体労働を請け負ってくれる。
俺が、プラックと相談して導き出した結論は、各階の階段から階段を最短距離で結ぶ路線、探索者たちが、いわゆるボッタクルルートと呼ぶ路線の枝道をすべて、バリケードで塞いで、ボッタクルルート上を安全地帯化する、というものだった。
そのうえで、探索者ではない一般の人間を動員して、各階ごとに運搬担当を張り付けて、ひっきりなしに魔物を運搬させる。
それこそ、蟻の行列のように、ひっきりなしにだ。
その運搬の役目を、スラムの一般住人に担ってもらうつもりだった。
スラムの住人から、探索者を志望する者たちについては、地下九階で、魔物にとどめを刺す係を担当してもらう。
どちらも、いずれは、スラムの住人が、自分たちだけでできるようになってもらわないといけない役割だ。
カルト寺院が壁外に炊き出しをすると言い出す前までは、地下九階の階段から地下十階に至る区間の通路でのみ、魔物狩り用のバリケード陣地構築を進めていた。
地下八階以浅の安全地帯化も頭に浮かばないわけではなかったが、探索者とゴーレムによる対応で凌ぎたかった。
しかし、難民全体分の魔物肉確保となっては、とても無理だ。
ほぼ戦闘能力がない人間を地下に潜らせる以上、本気で安全地帯化を進めないと、逆にボッタクルルート上が、魔物が人間を狩るための狩り場になってしまう。
あわせて、地下九階については、地下九階から地下十階に至る最短ルートのみではなく、地下九階に降りてきた階段を中心に、概ね東西南北に一本ずつの通路をバリケード陣地化して、それぞれの枝道部分を、狩り場化する。
狩り場を多くすることで、一度に沢山の魔物を狩れるようにするためだ。
狩り場は、本通路ではなく枝通路内とし、本通路側にはバリケードや狩り担当をはみださせない。
狩り場で狩られた魔物は、狩り担当によって本通路に投げだされ、運搬担当は本通路に落ちている魔物を拾って台車に載せて凍結、運搬する。
本通路は、左側通行を原則とする対面通行とし、各狩り場を一筆書きの要領で結ぶことで、運搬担当が、動線を邪魔されずに巡回できるようにする。
地下一階から、地下八階までも基本的な構造は同じだ。
俺とプラックは、そのような安全地帯を設けるため、より危険度の高い地下九階を皮切りに、順次、バリケードの設置を行っていた。
逆に、危険度の低い地下一階側からは、スラムの住人たちが、バリケードの設置を進めている。
アイアンが、探索者ギルドからの依頼として、バリケードの設置作業員の護衛依頼をだしていた。
何でも少しだけ、カルト寺院から、依頼の元手にできるような収入があったそうだ。
地下一階や地下二階程度なら、中堅以降の探索者の護衛があれば、問題ないだろう。
深層階から中層階にかけては、俺やプラック、探索者理事たちが設置の役割だ。
こちらは、作業をスラムの住人に任せるわけにはいかない。
魔物が強力で護衛しきれるとは限らなかったから、自分でも戦える人材にしか任せられない。
そのため、深層階でのバリケード設置作業は、思ったよりも難航していた。
交代要員がなく、区切りがつくまで作業をやめられないので、深夜に及んだり徹夜になるのも当たり前だ。
アイアンが抜けた、鉄塊の奴らにも手伝わせた。
実力派探索者を、遊ばせておくのはもったいない。
だがまあ、ようやく目途もついてきたところだ。
あと少しだ。
名目上は、壁内の炊き出しも、カルト寺院の仕切りという整理になるらしい。
「だったら、もっと手伝わせりゃいいのに。アイアン、どういうつもりなんだろ?」
『販売くん』に補充するための商品を積んだリュックサックを背負いながら、俺は、ヴェロニカに疑問を呈した。
もちろん、荷物満載の『はいたつくん』も連れて行く。
毎日同じ時間帯に補充ができないため、必要以上に沢山持ち込んで、行きと帰りに、それぞれ補充をするためだ。
作業中に必要となるかも知れないので、その分も見込んで持っている。
「きっと、
「だろうなあ。行ってくる」
「行ってらっしゃい」
「行ってらっしゃいませ」
俺は、ヴェロニカとミキに送られて、店を出た。
まず、『配達くん』への商品補充。
その後は、バリケードの設置作業が待っていた。
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