第90話 挨拶

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 場末のカルト寺院のくせして、大司教が大切な来客と会うための応接室は、無駄に見栄が張られていた。 


 あたしの印象では、大聖堂に物理的な距離と心が近い寺院ほど質素というか機能的であり、大聖堂から色々と遠く離れれば離れるほど、華美で豪華だ。


 聖女をやっていた時、色々な街の寺院からお招きされて出向いていたのでよくわかる。


 田舎者の成金趣味とでも呼んだらいいだろうか。


 そもそも、こんな街のカルト寺院の応接室に、どれほどの誰がくるというのだ。


 天井から、巨大なシャンデリアがぶら下がっていた。


 家具や調度品の数々も、お高い代物だ。


 大司教が、就任中に寺院の予算で徐々に買いそろえ、異動の際に、どうせ後任に模様替えされるのだからと、廃棄物として自分で引き取っていく品々である。


 後任の大司教が、前任者とまったく同じ行為をする。


 だから、家具も調度品も、皆、比較的新しい。


 早ければ、一年程度で交換だ。


 あたしとアイアン、ラン、スーの四人は、そんなカルト寺院の応接室に案内された。


 幸い、寺院の廊下は無駄に広かったので、『魔王の玉座』でも、問題なく歩行できた。


 高級そうな皮革のソファをずらして、あたしが座れる隙間をつくる。


 大司教は、まだ部屋にいなかったので、想定される大司教の席の対面に、小さなテーブルを挟んでアイアンが座り、あたしは、アイアンの脇にソファを動かして生み出した隙間へ、『魔王の玉座』を入れた。


 アイアンとあたしの、それぞれ外側にランとスーが座る。


 来客が座る正面の壁、アイアンの対面に大司教が座るとして、大司教の背後に当たる壁には、巨大な絵画が飾られていた。


 おそらく大聖堂のホールと思われる場所で、教皇と聖女の二人に挟まれて立ち、にこやかに笑う、この街の大司教の姿だった。


 あたしは、大司教と面識はないけれど、部屋に案内してくれた男の人が、「大司教様です」と、わざわざ絵の説明をしてくれた。


 来客に、大司教は、教皇や聖女と親しい間柄であるかのように示すためのテクニックだ。


 絵の下に、『談笑』と絵のタイトルが貼られている。


 大司教が、本当に教皇や聖女と面識があるのかはわからない。所詮、絵だ。

現役聖女だった頃、あたしも肖像画を描かれた経験がある。


 ポーズを変えて何パターンか、寺院専属の絵師が、ささっと描いていた。


 誰かと一緒ではなく、単独で描かれた。


 地方の寺院に赴いた際、会った覚えのないその寺院の大司教とあたしが、にこやかに笑い合っている様子の絵が、応接室に飾られていて驚いた。


 本人と複製したあたしの肖像画を合成して描くのだろう。寺院本部のビジネスの一つだ。


 絵を外し忘れていた、あたしとは初対面の大司教の、ばつの悪そうな顔が忘れられない。


 知らない者が見たら、さも親しい間柄の二人のような絵柄だった。


 ここの絵も大方そんなところだろう。


 事情を知っているあたしや、ラン、スーには失笑ものだが、純朴なアイアンには効果があるようだ。


 案内の人から、さらに大司教の隣に立つ二人が、現在の教皇と聖女であると説明されて、しきりに感心していた。演技だとしたら、うますぎる。


 案内人が部屋を出て行き、しばらくして戻って来た。


「まもなく大司教様がお見えになられます」


 そう言って、扉を閉じると扉の脇に立った。


 あたしを除く、アイアン、ラン、スーも席を立って待つ。


 両開きの観音扉が、左右とも、部屋の外側へ向けて開いた。


 担当者が、それぞれ向こうから開いているのだろう。


 露払いの若い神官に続いて、壁の絵の人物が入って来た。


 大司教だ。


 五十歳半ばくらいかな。


 壁の絵と同一人物だが、絵よりも少し老けている上、横に肥えていた。


 絵は、絵師が、盛っているのだ。


 エチーゴと、似たような臭いがする。


 神官が、ソファの近くまで大司教を先導してきて、脇へ避けた。


 大司教の後に続いていた案内人も、そこで止まった。


 案内人は、秘書役も務めているのだろう。


 大司教は、そのままソファの自分の定位置まで、足を進めた。


 一人だけ立ち上がらないあたしが気に入らないのか、その際、大司教は、じろりと、あたしを睨んだ。


 大司教は、『魔王の玉座』の造作に少しギョッとしたようだが、何も言わなかった。


 大司教が、ソファに座った。


 大司教を先導してきた神官は、そのまま部屋を一周回るように歩きつづけ、入口の扉の前で一礼、外へ出て行った。


 扉が閉められる。


「おかけください」


 秘書役の言葉で、アイアン、ラン、スーもソファに座った。


 秘書役は、大司教のソファの後ろに立ったままだ。


 誰が誰です、といった無駄なやりとりは、行われない。


 大司教が大司教であることは自明であったし、新ギルドマスターの就任挨拶としてアポイントメントを取っているので、こちら側が誰か、大司教は承知しているはずである。事前に、レクチャーされているだろう。


 あたしたちみたいな、その他大勢の者たちの存在は、空気だ。


 大司教とギルドマスターだけが、名のある存在だった。


 こちらだって、向こうの秘書役の名前なんか知らない。


「就任されて日が経ちましたが、慣れましたかな?」


 大司教が、アイアンに問いかける。


「いや、まだ、なかなか」


 などとアイアンは、のんきに答えている。


 大司教の言葉が、挨拶が遅ぇよ、という皮肉である事実に気づいていない。


 流石だ。


 残りのあたしたちは、すました顔で座っているだけである。


 大司教とアイアンは、当り障りのない会話を、二言三言交わした。


 これでカルト寺院側からすれば、新ギルドマスターが就任挨拶にわざわざ来た、という実績は確保された。


 もう、用はないという判断だろう。


 秘書役が、そろそろお時間です、的な耳打ちを、大司教にした。


 こちらにも、それが合図だ。


「ところで、探索者としては、私もギルドと長く関わっておりましたが、ギルドマスターとなると立場も違うので、ギルドの運営について色々調べましてな」


 アイアンが、こちらの本題を切り出した。


「この寺院が建っている土地の使用料を、大分長く延滞されているようですが、そろそろお支払いいただきたい」

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