第89話 聖女と小間使い

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「カルト寺院に殴り込みだって」


 ラン・デルカが店に駆け込んできた。


「及ばずながらご助力いたします」


 スー・デルカが加勢を申し出た。


 大司教への表敬訪問の当日だ。


 二人とも、いつもの探索者の服装ではなく、正装のドレスを身に着けていた。


 昔、大聖堂で聖女をやっていた頃の物だろう。


 そういうあたしも、お店用の服装ではなくて、ドレスを着ている。


 やっぱり、聖女だった頃の物だ。


 勝手にだけど、退職金代わりに、装飾品もろとも身に着けたまま大聖堂を出た。


 二人も同じだ。


 処分していていなければ、みんな、まだ持っていて当然だ。


 仮にも、カルト寺院の大司教様に会うのに、普段着というわけにはいかないだろう。


 生憎、当時のドレスしか持っていなかった。


 むしろ、若い頃のドレスが、まだ着られるあたしのスタイルを、褒めてほしい。


 あたしは、ミキを見た。


「誰かに、今日、あたしが寺院に行く話をした?」


「両親に」


 にこにこと、ミキは答えた。


「店長が、大司教様にお目通りをするんだって自慢しちゃいました」


 ラッキー経由で、ランとミキに伝わったか。


 ミキには、あたしが出かける際には、店番を頼んでいる。


 マルくんは、いつも配達でいないので、ミキがいなければ、お店を閉めなければいけないところだ。


 お目通りね。


 一般の人たちには、カルト寺院の偉い人と会う行為は、名誉なのだろう。


「殴り込みなわけないでしょ。アイアンが、ギルマス就任のご挨拶についてきてくれって言うからさ」


 あたしは、ランに答えた。


 店には、あたしと、ラン、スー、ミキの他に、アイアンがいた。


 店の前には、幌のかかった荷馬車が止まっていて、御者が待ってくれている。


 カルト寺院まで、あたしを乗せていくため、アイアンが手配して迎えに来てくれたのだ。


「だったら、こいつ連れてくのは逆効果だ。絶対暴れるぞ」


「連れてくんじゃない。ヴェロニカがアポ取れと言ったんだ」


 一緒に行く気満々なランとスーの姿に、やや引きながら、アイアンが答えた。


 アイアンは、あたしが、カルト寺院大聖堂の元聖女だった過去を知らない。


 だから、あたしとカルト寺院本部の因縁も知らない。


 ついでに言うならば、ランとスーが、そのあたしの後任の元聖女だった過去も知らない。


 探索者には、人には言わない・・・・過去もあるのだ。


 知っているのは、『白い輝きホワイトシャイン』のメンバーだけだ。


 ちなみに、現在の大聖堂では、別の人間が聖女についている。


 ランは、呆れたような目で、あたしを見た。


「やっぱり殴り込む気じゃねぇか」


「失礼ね。挨拶ついでに建設的なお話をするだけよ」


「オレも行く。おまえの見張り役だ」


「わたくしも行きます。火事になったら消火役が必要です」


「焼かねえよ!」


 あたしは、反射的に否定した。


 それから、息を吐く。


「そりゃ、そんな服着てんだもの。行くつもりよね」


 行くのは構わないが、可愛そうなのはアイアンだ。


 元聖女のドレスを着た三人と並ぶと、やっぱり正装をしているアイアンだけれども、小間使いさんにしか見えなかった。


 ギルドマスターともなれば、対外的に偉い人と会う機会も多いから、正装も必要だ。


 現役時代には、そんな姿を見た覚えはなかったけれども、アイアンも、流石に仕立てたか仕入れたのだろう。


 とはいえ、大聖堂の聖女クラス三人と並んでは、アイアンがどう頑張っても無理である。


 あたしは、火のような赤いドレス。


 ランは、淡い赤。


 スーは、淡い青だ。


 それぞれ、ドレスと同じ色の宝石がいくつも付いたネックレスを、首からじゃらりと下げている。


 時価おいくらかは、全然知らない。


 安い物のはずはないだろう。


 一方、アイアンは、貧相なおっさんだ。


 ごめん。


 まあ、ランとスーがついてきてくれるというのは、あたしを心配してくれてのことなのだろう。


 あたしの身ではなくて、あたしの暴走を。


 見張り役と消火役というのも、多分、本気だ。


 まったく。


「あたしの設定は、アイアンの秘書。あんたらは、あたしたちの露払い。連れて行くけど、余計なことは話さないでね。基本はアイアンとあたしが話す」


「わかった」


「はい」


 あたしたちは、待たせていた馬車に乗り込んだ。


 ドレスの豪華さに合わせて、あたしの車椅子は、『魔王の玉座』だ。


 幌で隠した荷台に、斜めに立てかけた板の足場を踏んで、のしのし乗り込む。


 いつもの車椅子じゃ、さすがにちょっと見栄えが悪い。


「じゃ、ミキ、お留守番お願いね」


「はい」


 馬車が動きだした。

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