第88話 アポイントメント

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 探索者ギルドと花街のトップ会談が開催された。


 トップと言いつつ、花街側の出席者は、経営者の代理人だ。


 シャイン経由で、『おかあさん』から、出席者の事前情報をあたしは聞いていた。


 生憎、『おかあさん』も、花街の本当の経営者とは面識がなかった。


 経営者の代理人とも面識はない。


『おかあさん』は、自分の上役に当たる、お店の経営者とは面識がある。あたりまえだ。


 お店の経営者に、『おかあさん』は、定期的に経営面での報告を行っているだけだった。


 したがって、代理人の素性は、『おかあさん』も知らないらしい。


 いつも、『おかあさん』が報告をしている、上役よりも、もっと偉い相手とのことだ。


『おかあさん』の上役が、さらに報告に行く相手が、花街経営者の代理人だ。


 トップ会談には、花街経営者の代理人が出るという。


 もっとも、トップ会談などと呼んでいるのは、あたしたちの間だけなので、相手の出席者がトップであろうとなかろうと、話が通じて決断ができる相手であれば誰でも構わない。


 代理人に付き添いがいるのかわからないが、探索者ギルド側はアイアンと非探索者理事であり全店長会長でもあるヨロッヅ、同じく全宿屋会長でもあるホッシノの三人だ。


 場所は、ホッシノが経営している宿屋の一室。


 そのほうが、おもてなししやすいからと、相手に御足労願うことにした。


 ホッシノの頑張りどころだ。


 あたしや『おかあさん』、ティファニーちゃんは、雑魚なので参加していない。


 あたしの場合は、アイアンから出席を懇願されたが、探索者でもギルドの理事でも何でもないから、と断った経緯がある。


 コンサルタントに転職した覚えはない。


 泥沼交渉に時間を取られては、本業の回復アイテムづくりに支障が出る。


 アイアンも育たないしね。


 アイアン、頑張れ。


 あたしはアイアンに対して、裏に隠れている花街の経営者が、カルト寺院である可能性を頭に置いておけと、事前に助言していた。


「相手が花街とカルト寺院だと何が違うんだ? 話す内容に変わりはないだろう?」


「決まっているじゃない。カルト寺院のほうが強欲よ」


 そんな助言だ。


「大体、向こうは出てくるのトップじゃないってさ。あんた馬鹿にされてんのよ」


「うちだってトップは表に出ない。問題ないだろ」


 誰のことを言っているのか、あたしには分からないが、会談前にアイアンを冷やかした時には、そう言っていた。


 だから、その時点では、アイアンには、まだ余裕があったのだろう。


 で、結果だ。


 交渉の晩、予想どおり、アイアンが泣きついてきた。


 現役探索者時代は、絶対倒れないと言われた鉄壁の男が、半泣きだ。


 うんうん。そうだろう、そうだろう。


 アイアンには交渉事は無理だって最初からわかってたよ。


 だから、ヨロッヅとホッシノをつけたんだけど、それでもダメだったか。


 トップ会談では、花街側から、最初に立ち退き料の提示が行われたという。


 ぶっちゃけ、法外な金額だった。


 相手が、探索者ギルドならば出せると踏んでいるのか、拒絶のための露骨な嫌がらせなのか、正直分からない。


 以上、交渉終了。


 払えば退くし、払わなければ退かないの一点張りだった。


 埒が明かないので、持ち帰って実力行使も含めて・・・・・・・・検討する、で話を終えた。


 アイアン、そういうところ。


 脅しと交渉は別物なのよ。


 あわせて、スラムへの炊き出しについても、話題に出たそうだ。


 まだ、体制が整っていないので、探索者ギルドからスラムへの炊き出しについては一度だけ、実験的に子供たちのみを対象に実施した。


 いつもの炊き出しよりおいしくてお腹いっぱいになる、と、子供たちには大好評だ。


いつも・・・の炊き出し』というのは、ごくたまにある・・・・・・・、カルト寺院が実施する炊き出しのことである。


 その結果、寺院の炊き出しは、不味くて量も少ないというクレームが出たらしい。


 ただで食べさせてもらっておきながらクレームも何もないが、現実は、そんなものだ。


 もっとも、カルト寺院の炊き出しが、とてもまずい事実は、あたしも良く知っている。


 花街から、探索者ギルドのスラムへの炊き出しをやめろ、と、怒られたそうである。


 ちょいと、カルト寺院のメンツをつぶしちゃったかな。


 でも、カルト寺院のメンツがつぶれて、花街が怒る理由が分からない。


 カルト寺院が炊き出しから撤退したら困る、だそうだが、炊き出しのための予算は、カルト寺院本部からこの街の寺院に対して割り当てされているはずである。


 炊き出しを行った実績を残さなければ、困るのは、この街の寺院の方だ。


 炊き出しを行わない寺院に、炊き出し予算は割り当てられない。


 寺院の連中のよくあるやり口として、炊き出しのための予算は、横領の温床だった。


 例えば、材料の質を落として差額を懐に入れるという手法。


 炊き出し用の材料と称して、自分のために高級食材を購入して持ち帰ってしまう手法。


 などなど。


 形が残る物ではなく、どうせ人に配って消えてしまう食べ物なのだから証拠は残らない。


 後になって、本部の監査から、こんなものがこんな値段するんですか、などという事態に発展する恐れがなかった。


 不味かろうが少なかろうが、炊き出しさえ実施していれば、横領の原資となる炊き出し予算が本部から割り当てされるのだ。


 炊き出しはスラムの住人のためではなく、自分たちの懐を温めるためにこそ必要だった。


 だから、撤退は絶対にありえない。


 もちろん、花街の現場が本当にカルト寺院の炊き出し撤退を心配しているはずはない。


 撤退されても、今後はギルドが炊き出しをするのだから問題ないとわかっているはずだ。


 だとすると、最初から分かっていた話だが、花街経営者の代理人は、花街の現場とは思惑が違っていた。


 代理人が、カルト寺院に忖度そんたくして、ギルドの炊き出しをやめろと言っているのか、カルト寺院側から代理人に対して、会談でギルドに炊き出しをやめるよう伝えろ、と指示が出たためかはわからない。


 いずれにしても、これで花街の経営者とカルト寺院は、少なくともつながった間柄であるとは判明した。


 同一人物であるかは、まだ、わからない。


 同一人物だから、やめろと言っている可能性もあったし、同一人物ではないので、花街にカルト寺院系の仕入れルートを、もう利用させないと圧力をかけて言わせた可能性も考えられる。


 後者なら対応は簡単だ。


 全店長会ルートに混ぜてやるからスラムの再編に協力するよう、花街を口説けばいい。


 以前考えたとおりである。


 だが、多分、同一人物だと、あたしは思っている。


 じゃあ、カルト寺院の誰なのか?


 ますます、大司教であるだろう。


 この街のカルト寺院関係者のトップである。


 いつからそうかはわからないが、花街とスラムの子供を共有して育てる仕組みと、カルト寺院の奉仕活動従事者を出荷する仕組みは、おそらく結びついている。


 だとすれば、出荷のトップである大司教が、花街の経営トップのはずだ。


 そこまで含めて、歴代の大司教の引継ぎ事項とされてきたに違いない。


 当然、大司教の地位に伴う既得権益も引継ぎ事項。


 その大司教が、スラムの立ち退き料をギルドから高くふんだくって、私腹を肥やそうとする理屈はまだわかる。


 けれども、なんで、ギルドの炊き出しをやめさせたいのかはわからない。


 両方あったって、べつにいいじゃん。


 炊き出しする限りは、横領だってできるんだしさ。


 とすると、お金じゃない理由だ。


 評判?


 この街のカルト寺院が行う炊き出しは、探索者ギルドが行う炊き出しより、不味いし少ないという事実こそが、嫌なのだ。


 自分の任地の悪い評判が、誰かに聞かれると困るということか。


 おそらく、本部に。


 かといって、もっと美味くて量のある、本来の炊き出しにはしたくない。


 継続的な横領の手段が一つ、減ってしまう。


 それくらいなら、探索者ギルドに炊き出しをやめさせた方が手っ取り早い。


 そういう理屈だ。


 そのために、初手ではギルドが呑めるわけのない立ち退き料を提示して、交渉どころはギルドの炊き出しの廃止だと暗に示しているのだろう。


 対内的な評判を気にするあたり、大司教の異動が近いという仮説はあたりかも。


「でよ。今後の花街との交渉を進めるためにも、炊き出しをやめようかと思うんだ」


 アイアンが、弱気なことを言った。


 アイアン、ちょっと短絡的だよ。


 もともと、スラムの人間だけで回せるようになるまでは、ギルドの持ち出しが続く、金食い虫になると予想される炊き出し事業だ。


 廃止できるものならば、探索者ギルドとしても、渡りに船だった。


 探索者ギルドのギルドマスターであるアイアンは、それでもいいだろう


 でも、探索女子会長としては認められない。


 ティファニーちゃんや『おかあさん』との約束を破ることになる。


 シャインにも、格好がつかない。


 花街とギルドの経営上の金額交渉の話に首を突っ込むつもりはなかったが、カルト寺院が炊き出しの邪魔をする気だったら、引っ込んでいられない。


 あたしは、まったく別の話をアイアンにした。


「アイアンさあ、新ギルドマスターに就任した挨拶に、カルト寺院には行ったの?」


「いや?」


 アイアンは、ぽかんとした顔をした。


 突然、あたしが何を言い出したのかという、ぽかんと、挨拶なんか思いもよらなかったという、ぽかんの、両方みたいだ。


 一応、アイアンの立ち位置は、この街の領主様相当だ。


 カルト寺院の立ち位置は、間借り人。


 新ギルドマスターが、カルト寺院の大司教に就任の挨拶に来たと言われて、大司教本人が出てこないわけにはいかないだろう。


 アポイントをとってから訪ねれば、なお、確実だ。


 あたしは、カルト寺院の大司教に会う口実を見つけて、微笑んだ。


「じゃあ、行こう。あたしもついていくから、すぐアポ取って」

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