第86話 仕入れルート
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「姐さん、八方手を尽くしたけれど、わかりません」
ヨロッヅ・ヤオが、お店に入ってくるなり、お手上げを宣言した。
あたしは、ヨロッヅに、花街の仕入れルートを探ってもらっていた。
この街にある様々なお店や、宿、食堂等の仕入れは、基本的に全店長会事務局が、バイヤーの役割を果たして、街の外から仕入れてきている。
注文された品を各店へ卸すのはもちろんだが、独自に仕入れた品を競り合いで販売する、卸売市場的な業務も行っていた。
実際に探索者ギルドは、探索者から買い取った、数だけはあるが安い品々を卸売市場へ出荷していた。もちろん、高価な品々は、独自に開催するオークションで捌いている。
当然、花街も、この街にある以上、全店長会の仕入れルートを利用しているはずだ。
直接、花街の名前で買い付けをしているはずはないので、誰か、別のお店なり個人が自分の名前で仕入れを行った後に、花街に横流しをしている形だろう。
そのルートを特定できれば、花街とのトップ会談に当たって、有利な交渉カードの一枚になる。
そう考えて、花街の仕入れルートを探るよう依頼していたのだ。
結果は、ヨロッヅ・ヤオの言うとおり、お手上げ状態。
「とすると、間違いないだろうね」
あたしは、もう一本の街への仕入れルートを思い浮かべた。
カルト寺院専用ルートだ。
実は、街への仕入れルートとしては、全店長会ルートの他にもう一本、カルト寺院系の専門業者が、カルト寺院だけのために、専用便で様々な食料や物資を搬入するルートが、昔から存在していた。
この街に限った話ではない。
カルト寺院は、表向き人々を救済する組織だが、同時に、独自商品の商売も行っている。
例えば、救済を願う人々に、効果のほどはさておきとして、霊験あらたかな、お
販売とは言わず、お布施や寄進という言葉を使ったりする。
お札は、カルト寺院系列の専門業者が、街の外で製作してから、街の中に搬入される。
そのためのカルト寺院専用ルートが、用意されていた。
カルト寺院専用ルートで搬入される品目は、食料や衣料品も含めて、基本的にカルト寺院で使われるあらゆる物が対象となっている。
納入業者も一社ではなく、取り扱い金額の大きさや品目によって、大聖堂のある本部で選定して一括購入する場合もあれば、各地のカルト寺院が独自に購入する場合もある。
選定方法と選定の理由は、一般には明かされていない。
当然、付き合いの長い納入業者からは、各寺院の司教や司祭に対して、バックマージンが出ているという、黒い噂が付き物だった。
あ、バックマージンじゃない。個人あての寄進だ。
大聖堂のある本部では、以前、あたしも巻き込まれた大規模な汚職事件があったため、さすがに人身の刷新と意識改革が進んでいたが、こんな場末の街の、場末の寺院では、司教や司祭が、私腹を肥やすための副業に力を入れて、納入業者の選定に便宜を図っていても不思議ではない。
中には、バックマージンどころか、司教や司祭自身が、自ら納入業者を経営している事例すらあった。世も末だ。
今回の場合で言えば、花街は、カルト寺院ルートの納入業者のどこかから、仕入れを行っている可能性が高かった。
もし、カルト寺院が全店長会ルートを利用しているのであれば、ヨロッヅ・ヤオに追跡できないはずがない。
だから、ヨロッヅ・ヤオがお手上げだと言うならば、花街の仕入れは、カルト寺院系の仕入れルートを利用していると考えて、間違いないだろう。
全店長会系であれカルト寺院系であれ、仕入れ品の街への搬入は、通行証を所持していれば、門番はノーチェックだ。
荷の内容は、それぞれ探索者ギルドとカルト寺院が保証する。性善説だ。
探索者ギルドとカルト寺院が、そのための通行証を発行していた。
この街では、探索者ギルドが領主に相当し、自分の一部である全店長会がお抱え業者だ。
どちらも、ある意味、自分自身なので、自分のための搬入を認めない状況などあるわけない。
カルト寺院については、領主とは別の権威ある存在なので、一種の治外法権だった。
寺院がある街であれば、どこも同様に通行証を発行して、物資を搬入している。
領主に否やはない。チェックなど言語道断だ。
この街の場合も、同様だった。
だから、この街に、全店長会系とカルト寺院系の二種類の仕入れルートがあるところまでは良いだろう。
問題なのは、花街とカルト寺院は、どこまで結びついているのか?
過去に、花街は、全宿屋会と
ヨロッヅ・ヤオに帳簿を調べてもらったところ、花街が全宿屋会と袂を分かつ以前は、花街も仕入れに全店長会ルートを利用していた事実が判明している。
全宿屋会と袂を分かったために、同じ探索者ギルド系の、全店長会経由の仕入れは行いづらくなったのだろうか?
当時、全店長会が、全宿屋会と袂を分かつならば花街には品物を卸さない、という圧力を花街にかけて、翻意を迫った可能性はあるだろう。
全店長会からの圧力に、花街は屈さなかった。
当然だ。その程度の圧力に屈するぐらいならば、花街は、最初から袂を分かとうなどとはしないだろう。
そもそも、探索者ギルドが、花街を逃がさないため、全店長会を使って、そのような圧力をかけてくるだろうことは想像に難くない。
想定の範囲内なのだから、花街は、全宿屋会と袂を分かつと決めた時点で、全店長会ルートでの仕入れを諦めても、経営をしていける手段を確保していたはずである。
その手段が、カルト寺院系ルートを利用した仕入れだ。
普通であれば、カルト寺院に無関係な花街が、カルト寺院系ルートの仕入れを利用する行為を、カルト寺院は承知しないはずである。
そこで、花街は、いくつかあるカルト寺院の納入業者に、こっそり接触して、密輸の形で、手数料をいくらか払うからと、花街用の品物の搬入を持ちかける。
考えられる方法は、多分、そうであるはずだ。
ただし、花街全体の仕入れ品全てとなると、量が莫大だ。
こっそり密輸レベルの取引ではなくなるので、誰か第三者の納入業者を利用する手段は、実際は難しい。
密輸の手数料の値上げを要求されたり、もうやらないと、逃げられてしまう恐れがある。
仕入れが頓挫したら、花街の経営はお手上げだ。
だから、花街が、カルト寺院系ルートを仕入れに利用するならば、人任せではない方法をとるだろう。
嫌な想像が、頭に浮かんだ。
花街自身が、カルト寺院の納入業者そのものである可能性だ。
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