第85話 バリケード陣地

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 ボタニカル商店ダンジョン内営業所は、地下九階に拠点を移した。


 どういうわけか、俺とプラックは、バリケード陣地の構築に尽力する羽目になっていた。


 探索者ギルドのアイアンから、ボタニカル商店に依頼された仕事は、地下九階で手に入れた魔物肉の地上への運搬だ。


 魔物狩りを行う理事の身柄を、運搬時間まで拘束するのは効率的ではないとして、俺にお鉢が回って来たのだ。


 地下七階での配達を終えた俺が、地下九階まで足を延ばして、空になった『はいたつくん』に、小口鼠スモールマウスラットの肉を入れて持ち帰るという段取りだ。


 俺が着く頃には狩り部隊は撤収しているが、氷漬けにして、魔物に襲われないよう簡単なバリケードで囲っておくという手筈だった。


 時間指定ではない、ついで仕事のため、運搬代金は、大変、勉強させていただいている。


 魔物狩りそのものは、理事たちが行うので、俺の仕事は地上への持ち帰りだけである。


 当初、アイアンが予定していたのは、スラムの子供たちに『拙者の回復肉煮込み』の炊き出しを週一回程度行うので、その前日を、理事による魔物狩り日とする。だから、魔物肉を地上に運んでほしい、という内容だった。


 ところが、探索者ギルド内で、どういう話の行き違いがあったか、週一回のはずの炊き出しが、毎日に化けていた。


 どうせ、毎日、地下へ潜っているので、俺は毎日でも別に構わないぜ、と安請け合いしたところ、スラムの子供たちに対する炊き出しではなく、スラムの全住人に対する炊き出しに、さらに化けていた。


 必要な魔物肉量が、半端ではない。


 昼夜交代制で、魔物狩りをし続けないといけないレベルである。


 探索者ギルドの理事が、持ち回りで地下九階にちょっと足を運んで、小口鼠スモールマウスラットを何匹か仕留めればすむという次元では、完全になくなっていた。


 当たり前だが、沢山の魔物を楽に倒すためには、人手が多くいる。


 倒した魔物を置いておくための、広いスペースも必要だ。


 魔物を倒す係、作業場まで小運搬する係、さばく係、凍らせる係、一時保管場所に積む係。


 思いつくだけでも、それくらいの係は必要だろう。


 どこかの係に遊んでしまう時間が発生しないよう、各係の作業工程に要する時間を等しくする、適切な班編成と人員配置も求められる。


 もちろん、交代要員も必要だ。


 休憩場所や、トイレだって必要だろう。


 小便なんか、そのへんでやれよと言いたかったが、暗闇で用足しの最中に魔物にガブリほどアホらしい死に方はない。命の危険がないトイレは、やはり必要だ。


 アイアン曰く、当然、男女は分けるのよ、と、探索女子会から、横槍が入った。


 トイレの待ち時間も計算に入れるならば、それぞれ一つずつというわけにはいかないだろう。やはり、複数必要だ。


 もちろん、安全地帯の確保はトイレだけではなく、一連の仕事すべてにおいて必要だ。


 魔物狩りそのものも、安全にできてしかるべきである。


 魔物の爪や牙が届かない位置から、とどめを刺せばすむぐらいが理想的だ。


 魔物を食い止めるバリケードは、必須だろう。


 計算すると、地下九階から地下十階へ至るまでのルートの大部分をバリケードで囲めば、必要なスペースは何とかなりそうだ。


 ルート全体を囲むわけではなく、ルートに交差する枝道をバリケードで閉鎖すればいい。


 バリケードに小さな扉を設けて、扉を開けると、檻に魔物が入るような箱罠をしかける。


 箱罠内の魔物を、檻越しに刺して殺せば、安全に魔物を狩れるはずだ。


 炊事場所も確保する。


 アイアン曰く、探索女子会から、食事にも配慮しろという条件が出たらしい。


 確かに地下で冷たい飯を食うのではなく、簡単な煮炊きができれば、労働環境は良くなるだろう。


 せめて、湯ぐらい沸かしたい。


 火があれば、少なくとも魔物肉バーベキューは、喰い放題だ。


 バリケード内の、各係の配置と動線を練り直す。


 最後の運び出しから逆算した、配置の設定が肝心だ。


 現場が動き出すと、往々にして、皆、目の前の仕事しか見えなくなる。


 魔物肉を持ち帰ろうと俺が来たら、一番奥に魔物の山があるから勝手に積んで勝手に持って行けよ、となっていてはたまらない。


 そうならないよう、各工程の配置を最終の運搬がしやすくなるように段どっていく必要がある。


 誰が?


 もちろん、運搬を司る人間になるだろう。


 知らぬ間に、一番割を食う危険がある人間だ。


 要するに、俺だった。


 だとしても、俺一人に全量運搬しろと言われても、もはや不可能だ。


 運搬係の編成も必要だろう。


 それから、魔物狩り作業全体の現場監督。


 俺は、地下九階でのサバイバル経験が豊富なプラックを、探索者ギルドに推薦した。


 探索女子会副会長の夫でもあるので、適任だ。


 逃してなるものか。


 幸い、俺の推薦は、探索者ギルドに採用された。


 まずは、バリケード資材の持ち込みから。


 当然、地上から地下九階まで運ばなければならなかった。


 こういうわけで、俺とプラックは、バリケード陣地の構築に尽力する羽目になったのだ。

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