第84話 あたしの妄想

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「ということは、花街は、探索者ギルドからの接触に乗り気なのね? 条件次第では、スラムを手放すと?」


『おかあさん』は、頷いた。


「かもしれないけど、あたしたちは話に乗れない」


 ティファニーちゃんだ。


「どうする気?」


「居続けるしかないでしょう」


 となると、仮に花街と探索者ギルドで話がついても、スラムの住人は出て行かずに、不法占拠を続けることになる。


 力づくで立ち退かせようとするならば、流血沙汰だ。


 以前、力づくは望まないと言ってはいたが、アイアンは、どういう判断をするだろう?


 もし、探索者に、力づくでの立ち退きを手伝わせようとした場合、探索者は、二つに割れるに違いない。


 スラムの住人、というか花街の住人につく側と、探索者ギルドにつく側と。


 シャインは、スラムにつくのだろう。


 住む場所がほしい探索者たちは、ギルド側か。


 違うな。


 大半の探索者が選択するのは、様子見だ。


 どちらにも加わらずに、事態の決着を待つだけだろう。


 決着が長引くようならば、腕の立つ探索者たちは、別の街に拠点を移す。


 あたし個人の心情としては、シャインの味方だが、すべての探索者のお役に立つボタニカル商店としては、一方だけの味方につくわけにはいかない。


 というか、割れてもらっては困る。


 もともと詰んでる案件だ。


 できれば、あたしだって投げ出したかった。


 でもなあ、探索者に向いていない探索女子に、花街という手もあると助言したのは、あたしなのだ。探索女子会長として、ここで逃げるのは信義にもとる。


 まったく。


「なんで、そんな話、あたしにするのよ?」


「シャイン様が、姐さんなら絶対相談に乗ってくれる、って」


 あいつ! あたしを巻き込みやがった!


 もともと、シャイン案件として、あたしからシャインを巻き込んだんだけど。


 ん?


 そういえば、あたしが、シャインに、誰か花街の顔役と繋ぎがつけられないか依頼した際、シャインは、条件を提示したのだ。


「せめて、スラムの子供たちも定期的に『拙者の回復肉煮込み』を食べられるようにしてほしい」という内容だ。


 例え、花街の顔役と繋ぎがつけられなくても、探索者ギルドの慈善事業の一環として、スラムの子供たちへ定期的に炊き出しを行うことが条件だった。


 だから、今は、そこを目指している。


 いるのだが、『せめて』には、それに先立つ言葉があった。


「スラムから追い出される者たちに対して、何か仕事を与えられないか」というものだ。


 あたしってば、すっかり、シャインの掌の上で転がされている?


 ではない。


 多分、シャインは、最初からそこがスラム側の最終交渉ラインになると踏んでいたのだ。


 実現の難しさもわかっている。


 わかっているから、じつを取る形で、『せめて』の後の言葉で妥協したのだろう。


『せめて』に先立つ部分については、実際の花街と探索者ギルドの交渉で詰めればいい。


 多分、そういうシャインの判断だ。


 あたしは、少し冷静になろうと、ふうと息を吐いた。


「一応聞くけど、スラムから立ち退くにあたって、あなたたちが望む落としどころは何?」


「お金はいらない。何か仕事を与えてほしい」


 ティファニーちゃんが答えた。


 やっぱり。


 そりゃ、親は、自分の子供に定職があることを望むだろう。


 このままだと、ティファニーちゃんの子供は、何の補償もなくスラムを追われるのだ。


「お金じゃ、なぜダメなの?」


「絶対に手元に届かない」


 でしょうねぇ。


 立ち退く本人ではなく、誰か偉い人の懐に入るに決まっていた。


 であるならば、立ち退きの補償金ではなくて仕事がほしいという要求は、スラムの住人としては、もっとも・・・・だ。


 でも、


「無理ね」


 あたしは、断言した。


「仮に、ギルドが、スラムを返す条件として立ち退く住人に仕事を与える、と言ったところで、花街の経営者は、そんなことより金が欲しいって言うでしょう」


「まあ、そうよね」


 ティファニーちゃんも『おかあさん』も、特に驚いた様子は見せなかった。


 もともと、あたしと同じ意見なのだろう。


 現実的なのは、花街の経営者には、まとまったお金を渡して、それとは別に、立ち 退きとなる住人一人一人には、街の出口で補償金を渡して、その場で街から出てもらう案だ。


 一度街から出たスラムの住人については、門番が、二度と街へは入らせない。


 ただし、この案は、お金が莫大に必要だ。


 探索者ギルド側が採用できない。


 だから、トップ会談で話をつけたかったのだけれども、『おかあさん』が、花街の偉い人がだす結論に、従えない場合がある、と言うのじゃ、その手も無理だ。


「仕事と言っても、探索者ギルドにとって一番の仕事は、迷宮探索よ。スラムの住人に、地下に潜る覚悟はあるの?」


 可能性の話として、今までは閉ざされていた、スラム出身者が探索者になるルートを仄めかした。


「スラムにいた方が、まだ長生きできるかも知れないわよ」


「花街に来たたちから、最近は生残率が上がっていると聞いているわ。彼女たちでも三回生き残れたって。探索者であれば、『最後の晩餐場』も使えるのでしょう?」


「でも、今じゃ探索者になっても、寝泊まりをする場所がないの」


 だから、こんな、交渉ごとをする羽目になっている。


 やれやれ。


「今更だけれど、あたし、探索者ギルドの人間じゃないのよね。だから、ギルドの組織としての判断をどうこうは、あたしにはできない。あたしは、ただの探索女子会長」


 冷たく、言い放つ。


「そのうえで、探索女子会長が何か妄想を言っていると思って、話を聞いて」


 二人は、あたしが真面目な話をしようとしているのが分かったのか、真剣な顔で頷いた。


「ギルドに用意できる、対価としてお金が手に入る可能性がある仕事は、探索者だけよ。

 但し、生き延びられるかどうかは自分次第。

 稼げれば、将来、新しくできる宿に住むこともできるでしょうし、スラムの家族と同居もできる。探索者ならば、『最後の晩餐場』を利用できるわ。

 そうなれば、残った人たちは、狭くなったスラムの残り部分でも入りきれるでしょ。

 お金でなくて、その日食べるご飯さえあればいい人は、スラムの子供たちへの炊き出しと配給を手伝って。合間に、自分が食べる分ぐらいは、何とかなるでしょう。

 ギルドは、『最後の晩餐場』で使う材料を、迷宮で狩った魔物と、ポーションの搾りかすを使って無料で賄うの。

 けれども、実際の配給に必要な人手を、理事のボランティアだけで何とかしようとするのは不可能よ。

 だから、そっちにスラムから人を出してくれるなら大歓迎。

 ゆくゆくは、自分たちで魔物狩りも炊き出しも、全部できるようになって頂戴。

 だからといって、スラムの人間、全員に仕事を与えるわけにはいかないわ。

 与えてもいいのは、働く気がある人間だけ。

 無料ただめしらいは、認めないわ。

 その調整は、スラムのほうで、うまくやって。

 あたしに言える、あたしの妄想は、そんなとこかしら。どう?」


 ティファニーちゃんと『おかあさん』は、顔を見合わせた。


 こくこくと、頷き合っている。


「シャイン様の言うとおりね。ここに相談にきて良かったわ」


「妄想よ、あたしの妄想。後は、トップ会談を実現させて頂戴。アイアンがご破算にしなければ、何とかなるでしょ」

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