第83話 場合もあるわ

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「まさか、シャインの子?」


 あたしは、声を上げた。


「違うわ。若かった頃の子よ。もう十歳になるはず」


 名前も顔も性別も分からないというのは、きっとあれだ。


 シャインが言っていた、大きな花街に特有の、生まれた子をすぐに母親から引き離して、花街の共有財産として育てるという、仕組みの話に違いない。


 ティファニーちゃん、いくつだろう?


 十歳の子供と言えば、ミキより大きい。


 あたしにミキくらいの子供がいても不思議がないとすると、あたしより五歳くらい年上かしら?


 それとも、お店デビューが早いのかな?


 美人の年齢は、全然分からない。


「花街の子育ての仕組みの話?」


 できれば訊きたくはなかったが、あたしは、訊いた。


 下手に家族の話を聞いてしまうと、情が移る。


 交渉の場で、絶対に抱いてはいけない感だった。


 ティファニーちゃん曰く、あたしがシャインからも話を聞いた、大きな花街に特有の共同で子供を育てる仕組みは、この街の場合、さらにスラムとも不可分になっていた。


 花街の女が産んだ子供だけでなく、スラムで産まれ落ちた、自動的に親には育てる力がない子供も含めて、花街の子供として面倒を見る仕組みだ。


 長く、スラムが花街の占有化にあったため、自然とできた仕組みだった。


 子供たちは、スラムの一画で育てられる。


 育てている間に、花街から子供個々人の適性や能力を判断され、花街で何らかの仕事を得て働くようになる子もいれば、育った段階でスラムの住人として独り立ちする者もいる。


 独り立ちは、大体、十歳だ。


 その後、その子がスラムで生き延びられるか否かは、本人次第だ。


 さらには、お店を引退した女たちもスラムに住んだ。


 遣り手婆あとして、お店に残れる者は少ない。


 せいぜい、店に一人である。


 その他、大勢の女たちは、お店を離れて、スラムへ移った。


 お店を離れた女たちには、特に仕事はない。


 つくろい物とか、元居たお店の内職的な何かをもらいながら、生きていく。


 花街は、スラムに、おこぼれの仕事を回すが、それだけで十分なわけもなかった。


『おかあさん』も、ティファニーちゃんに後継を譲った後は、スラムに移るのだろう。


 スラムに移った花街の住人の余生は短命だ。


 ほぼ、食うや食わずの状況になるので、お店を離れて数年もしない内に、大概、亡くなる。


 集落内の口の数を減らして食料を確保するため、一定年齢に達した年寄りを山に捨てる、うば捨て山と同じ仕組みだ。


 難民からの探索者経由ではない、花街の多くの人間にとって、スラムは生まれ育って、死ぬ場所だった。


 だとしたら、スラムの住人は、大きな家族みたいな存在だろう。


 スラムに肩入れをする、ティファニーちゃんの気持ちは当然だった。


 その感情は、花街の外にいるあたしにはわからない。


 シャインならば、少しは、わかるのかも知れなかった。


 その家族の中には、名前も顔も性別も分からない、ティファニーちゃんの子供もいる。


 まだ、生きていればだが。


 もしかしたら、『おかあさん』の子供もいた・・のかも。


 十歳と言えば、本来であれば、探索者ギルドから仕事の斡旋がしてもらえる年齢だ。


 要するに、探索者になれる。


 ただし、スラムから、探索者ギルドに入るルートは存在しなかった。


 探索者ギルドの認識では、スラムは、そもそも探索者稼業から逃げ出した人間が住む場所である。


 しかも、全宿屋会をドロップアウトした花街の占有下に存在する。


 探索者ギルドとしては、スラムは、花街が不法占拠している場所なのだから、スラムの住人が食えるも食えないも、これまでは関知してこなかった。


 少なくともエチーゴ時代の探索者ギルドとしては、スラム出身者を探索者にして、最後の晩餐場を利用させるくらいならば、外から難民を送り込んだ方が効率的だ。


 少なくとも、最低限の装備代金として、なけなしの財産を巻き上げられる。


 スラムの住人は、どちらかと言えば、ギルドの探索者から、物を盗んだり、ひったくったりする敵である。


 あたしもあまり、考えてはいなかったけれども、多分、アイアン個人の基本的な認識も同じだろう。


 探索者とその家族の住む場所を確保するため、スラムをどかして、跡地に宿屋を建てればいいや、と、短絡的に考えている。


 スラムの住人という、個人に対しては、意識が行ってない。


 可能性として、立ち退き補償の話は念頭にあったが、スライムの住人一人一人という人間相手の話ではなく、あくまで花街という組織と探索者ギルドという組織の間の、条件交渉の話だった。


 血肉の通った住人、個人という存在については、意識にない。


 スラムにいる者が、今後、実際に、どう身を振る羽目になるかは、厳密には考えていなかった。


 ティファニーちゃんの言葉からするならば、花街の経営者も、スラムの住人、個人個人の身の振り方に対しては、気持ちが入っていない。


 だとしたら、花街の経営者とお店の人間で、意見が相違するのは当然だろう。


 探索者ギルドとスラムの経営者の関係の方が、まだ、同意のハードルは低く感じられた。


 お互いにビジネスライクで話ができる。


 スラムの住人が、立ち退きで追い出されるということは、ティファニーちゃんからすれば、自分の子供が追い出されるのと同じ意味だ。


 感情的にだってなるだろう。


 やっぱり、訊かなきゃよかった。


 あたしは、『おかあさん』に視線を向けた。


 まだ、『おかあさん』から、質問の答えをもらっていない。


「スラムの取り扱いに対して、あなたたちは花街の偉い人の結論に従えないの?」


 あたしは、『おかあさん』に、もう一度、先ほどの質問をした。


 大切な話なので二回言いました、という奴だ。


『おかあさん』は、諦めたように口を開いた。


「場合もあるわ」

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