第82話 理由
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「確認だけれど、花街はギルドとの交渉のテーブルにつくという理解で良いかしら?」
意識を交渉モードに切り替えて、あたしは、訊いた。
「そんなおっきな判断、あたしたちできないわよ」
ティファニーちゃんは、けらけらと笑った。
「今日ここへ来たのは、シャイン様への義理立て。そうすれば、ギルドは、スラムの子供たちに炊き出しをしてくれるのでしょ」
こうして花街の人間が、うちへ足を運ぶことで、シャインが、少なくとも一度は花街に接触を試みたという証拠ができた。
花街の顔役と繋ぎをつけられるか否かにかかわらず、というシャインが提示した条件はクリアされた。
探索者ギルドは、スラムの子供たちに対して、炊き出しをせざるを得ない。
もともと、そのつもりで準備はしているのだけれど。
とはいえ、この二人は、実際のところ、花街の上役に対して、探索者ギルドから接触があったという報告を、既にあげているはずだ。
ティファニーちゃんの言ったとおり。
一介の遣り手婆あ如きが、独断で、握りつぶしたり、寝かせておけるような話ではない。
その判断もできないようなお馬鹿さんなら、遣り手婆あなんて立場にはいないはずだ。
「するわよ」
あたしは断言した。
「絶賛、準備中」
あたしの言葉に、二人の目が、大きく見開かれた。
あまり、信じてはいなかったのだろう。
「あんたたち、シャインを信じてないの?」
「シャイン様も、ギルドに騙されているかも知れないじゃない」
「なるほど。あたしも、アイアンには、よく騙されるわ」
そこのところは、大いに同意する。
「ところで、スラムには何人くらいの子供がいるか、あんたたち知ってる?」
ティファニーちゃんは、即答した。
念のため、『おかあさん』の顔を見ると、彼女も黙って頷いた。
こういう、数字が即答ででてくる人間が優秀だという事実を、あたしは良く知っている。
「詳しいのね?」
「そりゃ家族だもの」
「ふーん。お陰で、毎日、どれくらいの用意をすればいいかわかったわ」
「毎日? シャイン様は
「ああ。あいつ、条件を出す時、あたしたちに遠慮してそう言ったの。でも、ごはんなんだもん、毎日食べられた方がいいに決まってるでしょ。メニューは一種類しかないけど」
「シャイン様のこと、よくわかってるのね」
「元リーダーだからね。昔から、こっそり、自分だけ苦労するように立ち回ってた」
「うわ、信頼関係が妬けるんですけど」
「腐れ縁が、あんたより長いのよ」
ティファニーちゃんは、急に値踏みをするような表情で、あたしの顔を見た。
何だろう?
「シャイン様が、あなたを、べた褒めする理由がわかった気がするわ」
「あら、あたしなんてダメダメよ」
へらへらと笑って返したあたしに、ティファニーちゃんは、意を決したように強く訊ねた。
「探索者ギルドが、探索者を大切にするのはよくわかる。でも、立ち退かせたスラムの住人はどうする気なの?」
「そういうお話を、探索者ギルドは、花街の偉い人としたいのよ。あなたたちじゃない」
あたしは、冷たく突き放した。
「でも、それはスラムの住人の意見じゃない」
ティファニーちゃんは、食い下がった。
テーブルの下で、『おかあさん』が、ティファニーちゃんの足を、自分の足でつついた。
『おかあさん』は、素知らぬ顔をしていたが、気配でわかった。
ティファニー、ちょっと言いすぎよ、という合図だろう。
基本、『おかあさん』は、ティファニーちゃんにメインでしゃべらせて、自分は黙っている。
多分、ティファニーちゃんに、経験を積ませようとしているのだ。
凄い美人だが、ティファニーちゃんも、いい歳なのだろう。
残された現役生活も長くない。
『おかあさん』は、ティファニーちゃんを後継にする気なのかも。
あたしは、『おかあさん』の顔を見据えた。
「大事な話よ。スラムの取り扱いに対して、あなたたちは花街の偉い人の結論に従えないの?」
だとしたら、トラブルの種になる。
仮に交渉の結果、花街がスラムを手放したとしても、実際にそこにしか居場所がない人間が、スラムには、まだ住んでいる。
物理的に退いてもらわなければ、再開発も何もないだろう。
『何の補償もなく、立ち退けと言われても困る』
そういう意見が、スラムの住人から出てくるのは当然だ。
だが、ティファニーちゃんの言葉を聞く限り、花街の経営者は、ギルドが提示する条件次第では、スラムの住人を切り捨てる判断をするのだろう。
スラムの住人の排除は、探索者ギルド側で勝手にやってくれ。
そういう落としどころが
もしくは、補償金を受け取っても自分の懐に入れてしまって、住人本人には渡さないか。
どちらも、ありそうな話で、わからなくはない。
ないのだが、
「で、あんたは、なぜ、そんなにスラムに肩入れするの?」
あたしは、ティファニーちゃんに訊いた。
まさか、ただ、可愛そうだというわけじゃないだろう。
ティファニーちゃんは、はっきり答えた。
「名前も顔も性別も分からないけれど、スラムには、あたしの子もいるの」
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