第81話 入会

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「流石ですね」


 あたしは、『おかあさん』の心遣いに恐れ入った。


「ついで仕事だよ。ここに来る前に、あんたがどんな人間か知ろうと思ってね。最近探索者を辞めて花街に来た子たちに、ちょっと、聞いたのさ。何でも探索女子会ってのの、会長なんだって?」


「ただの名義貸しですよ」


 あたしは、謙遜した。


 もともと、探索女子会を設立したのは、ラッキーだ。


 ボタニカル商店詣でをする新米女性探索者たちに対して、力になりたいという気持ちは、やまやま・・・・だったが、生憎、あたしは引退した身だ。一緒に地下に潜れるわけではない。


 あたしは、「何かあったら、ラッキーを頼るのよ」と、頼れる女性探索者代表として、ラッキーを紹介していた。


 現時点の探索女子の最高深度到達者は、ランとスーだが、あの二人には、ちょっと女らしさと常識が不足している。そういう意味では、良識ある探索女子の筆頭は、ラッキーだ。


 女には、女であるというだけで近寄ってくる、余計な苦労や危険が山ほどあった。


 男社会の探索者稼業、まして地下の闇の中とあっては、なおさらだ。


 普通は、探索者同士が地下で出会うだけでも、戦闘にならないかと緊張が走るのだ。


 まして、女の身で、見知らぬ男の探索者と地下に潜るなど、正気の沙汰じゃない。


 女は、自分のパーティーの男のメンバーに対しても油断できないというのが現実だった。


 それなのに、男の側は、見知らぬ男たちのパーティーに女が加わるということは、そこ・・まで込みで良いという意味だと、勝手な解釈をしていたりする。


 女とみると、すぐパーティーへの加入を誘い、『パーティーに入るということは、了解したということなんだろ?』という、勘違いをした馬鹿だ。


 そんなわけ、あるか!


 探索者として実力がつくほど、そういう馬鹿はいなくなるが、実力が足りない奴らほど、明日は生きていないかもしれない身なので、刹那的だ。


 逆に言えば、刹那的に生きている奴らは、探索者として大成せずに死ぬ。


 ダンジョンに降りたならば、ダンジョンで生き延びることのみに、全身全霊で集中しろ。


 あたしも、『白い輝きホワイトシャイン』に入るまでは、色々あった。


 基本は、焼いて・・・やることにしていたが、探索のため、涙を呑んでパーティーに加わらざるを得ない者もいるだろう。


 あたしは、ソロでもやれたけれども、そんなこと、普通はない。ソロで女が地下に降りるなど、魔物のような男たちからしてみれば、後をつけたくなる格好の獲物だった。


 結局、女は、女同士でパーティーを組むか、『幸運と勇気ラッキー・プラック』のように夫婦か恋人同士だと公言した形、もしくは、あえて・・・恋人を見つけて、パーティーに加わる形になる。


 だとしても、危険が完全になくなるわけではない。


 探索者稼業に、女の身はつらい。


 そういう男社会の理不尽に対抗するための抑止力として、ラッキーは、探索女子会を設立したのだった。


『うちの会のたちに、手を出そうとしたら、わかってるね?』


 そういう抑止力だ。


 あたしは、会長を仰せつかった。


 実務は、副会長であるラッキーと、副会長補佐のランとスーがやるので、実際の仕事は何もない。


 あたしは、名前を貸しているだけだ。


 あたしが会長であるというだけで、ギルドや他の探索者たちに対して、なぜか睨みが効くらしい。


 会のキャッチフレーズは、『焼くよ』


 あたしが言いそうな言葉から選んだという話だった。そんなこと言ったっけ?


 まあ、少なくとも、そこそこ地下に潜れるようになったパーティーであれば、あえて、あたし、というより、ボタニカル商店とトラブルになるような行為は避けるだろう。


 そういう意味では、あたしの会長就任は、抑止力になっていた。


 ラッキーとランとスーが、探索女子会の設立を宣言すると同時に、女性探索者のほとんどが入会を決め、探索者ギルドの女子職員が後に続いた。


 それから、趣旨に賛同する探索者やギルド職員の奥さん、非探索者理事の奥さんへと会員の幅は広がっている。


 会費や細かい会則があるわけでも何でもない組織なので、入会にハードルは何もない。


 ルールがあるとしたら、一つだけ。


『わかってるね?』だ。


 何をわかっていればいいのかは、誰にもわからない。


 臨機応変だ。


 大抵は、抑止力を必要とする側も、抑止力を向けられる側も、お互いにわかっていた。


 問題は、やんちゃな坊やたちである。


 時々、粋がってしまう馬鹿がいた。


 もし、いた場合、あたし以前に、実務者であるラッキーやラン、スーが黙っていない。


 ギルド内で、見せしめに氷漬けにされる程度で済むならば、可愛いい話だ。


 ダンジョンの闇の暗さは、男にも女にも等しく平等だという事実を、徹底的に思い知らされる。


 女としては、ダンジョン内で、魔物の相手以外に、野郎の相手まで面倒見切れない。


 そっちには、そっちのプロがいるんだから、プロをあたってくれ。


 トップ探索者のシャインを見習え、という話だった。


 で、そのプロが、探索女子会に入りたいと言っていた。


 なぜ?


「うちの新しいたちは、後ろにあんたがいてくれると思うだけで、安心して地下を歩けたと言っていたよ」


「なら良かった。地下で安心なんかしちゃ、いけないんですけどね」


「だから、そっちは向いてなかったんだろ。花街では元気にやっているよ」


「よかった」


「その安心を、うちのたちにも、わけてもらえないかい?」


「あ、や、あたしの神通力も花街の中までは効果ないかと。だったら、シャインのほうが役立ちますよ」


「そのシャイン様が、あなたを、べた褒めしてるのよ」


 頬を、ぷっくらと怒ったように膨らませて、ティファニーちゃんが言葉を発した。


「うそ。あいつ、あたしのこと、褒めたことなんかあったっけ?」


「本人の前では言わないんじゃない」


「へぇ」


 いいこと聞いたと、あたしは、にんまりした。絶対、後で揶揄からかおう。


「探索女子会は、探索者限定ではないのだろ? うちのたちも、まだ辞めてないと言っていたぞ」


 確かに。


 設立当初こそ、女性探索者の身の危険に対する抑止力たらんとした探索女子会だが、女子ギルド職員、探索者の奥さん、非探索者理事の奥さんまで会員になった今となっては、メイン活動は、探索に関わる女子の生活向上に向けた活動全般となっていた。


 街の行政を司る探索者ギルドに対する、最強の圧力団体だ。


 この街にいる女子は、ある意味、何らかの形で探索に関わっているため、会員であるか否かにかかわらず、全員が活動の対象者だ。


 しかも、探索者の英気を養う花街の皆さんは、探索関連のお仕事以外の何者でもない。


 仕事の性質上、花街は、この街で一番女性進出が進んだ職場でもある。


 全体で何人の女性がいるのかは、まったく知らない。


「じゃあ、いいんじゃない」


 あたしは、あっさりと返事をした。


「何か困ったことでもあるの?」


「探索者ギルドが、あたしたちの家族を立ち退きさせようとしているの」


 ティファニーちゃんが、憤慨したような口調で言った。


「それって、まさか?」


「そ、スラム」


 うお、そうきたか。

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