第80話 みんな

               15


「探索女子会ってのに、うちの店のたちも入れてはもらえないかい?」


 初対面の中年女性は、店に入ってくるなり、そう言った。


 あたしは、シャインから、もしかしたら花街から接触があるかも、という話を聞いていた。


 なんでも、あたしがどんな女か確認してから、花街の上役に話をつなぐべきかを判断するらしい。


 だとしたら、この女性が『お店のおかあさん』だ。


 陰から、あたしの様子を探ってくる可能性もあると思ったが、直接、接触する方針にしたようだ。


 ま、あたし、基本、お店の中に引き籠ってるし。その判断は当然だろう。


 それより、花街の沢山の綺麗どころを見慣れている『おかあさん』のお眼鏡に、あたしなんかが叶うかしら?


 っていうか、なんで、あたし?


 あたし、探索者ギルドの人間じゃないのに。


 気が重くなる。


 もう一人の物凄い美人は、多分、ティファニーちゃんだろう。


 花街で、その二人に話をしたと、シャインは言っていた。


 ティファニーちゃん、すげえ。


 隣に並ぶと、すっかり引き立て役にされてしまいそうだ。


 あたしも、そんな顔とスタイルに生まれたかった。


 持って生まれた人間はいいな、という話だ。


 ますます、気が重くなる。


 あたしは、車椅子をタップして、二人の前に出た。


「シャインから聞いています。シャインの『おかあさん』ですね」


 ありゃ、なんか混ざった。


 恥ずかしいので、素知らぬ顔で、間違えて言ったわけではないという振りをしながら、そのまま続ける。


「こちらへ」


 あたしは、ミキに声をかけた。


「お店番、お願いね」


「はい」


 あたしは、いつものように隣の厨房兼調剤室に、お客さん二人を案内した。


 厨房兼調剤室は、すっかり重要なお客さんとの応接室にもなっている。


 お店にだって本来の商談スペースはあるのに、どうして、うちには、そっちではできない話ばかりが集まってくるのだろう?


 二人は、ガチャガチャと、ゴーレムたちが全自動で薬剤を作っている様子を目にして、驚いていた。


 面倒な話をする時、この部屋を使うもう一つの理由は、そこにある。


 ここならば、誰に対しても圧倒的にあたしのテリトリーだ。


 アウェイの戦いと、地の利のある戦いでは、後者が有利に決まっていた。


「みんな、元気にやってますか?」


 二人を椅子に座らせ、お茶とお菓子を出してから、あたしは、何気ない風に『おかあさん』に訊いた。


『みんな』とは、『みんな』だ。


 難民から、探索者として街に入った女子の中には、どうしても探索者の仕事には向いていない者もいる。


 一つの選択肢として、あたしは、あたしの手をぎゅっと握ったそんな女性探索者たちに対して、花街という手もあるよ、というアドバイスを返していた。


 あたしには向いていないけれども、探索者よりは花街が向いているという人もいる。


 もちろん、あたしがそんな話をしたところで従うも従わないも本人の自由だ。


 実のところ、探索者として、街の中に入った難民は、最初の探索を生き延びさえすれば、後は自由だ。


 お金がないため、街に住むことこそできないが、逆を言えば、別に誰の奴隷でもないので、堂々と街を出て行くのは構わない。


 ただし、出るのは自由だが、ダンジョンの地下一階から生きて戻っただけの初心者ルーキーランクでは、もう一度探索者としては、街に入れない。


 せめて、地下二階へ到達して、初級ひとなみと呼ばれるランクにならなければ、探索者ギルドは、探索者として・・・・・・街に入る資格を認めていなかった。


 もしくは、他所の街の探索者ギルドで、既に経験豊富であるという実績を示すかだ。


 でなければ、門番に弾かれる。


 探索者になりたいからギルドへ行くといえば、誰でも門番が街に入れてくれるなんて、そんな都合のいい話は、どこにもない。だとしたら、何のための門番だという話である。


 確かに、この街だけの救済措置として、難民から探索者へなるという、エチーゴルートが存在していた。


 ギルドも、難民探索者の生残率を上げたいとは思っていたが、誰でも街に入れるわけではない点は、現在も変わらない。


 むしろ、入られては困るのだ。


 なにせ、住む場所がないのだから。


 初心者ルーキーのまま、街を出てしまうと、せっかく難民枠探索者として街に入れたのに、元の難民に逆戻りだ。


 再び、難民から探索者として街の中に入るためには、運と膨大な順番待ちが待っていた。


 となると、普通は一度探索に出た程度では、街から出ない。


 ただし、運良く初日の探索を生き延びたけれども、再び、探索に出たならば確実に死ぬという、絶対の自信があるならば、潔く街を出て、難民に戻るという選択肢はありだろう。


 人間、生きていてこそだ。


 難民に戻って、街の外で何か別のチャンスを待つ手もあったし、違う街や村へ移るという手もあった。


 探索をしたくないだけならば、街から出ずに、スラムに逃げ込むという手もなくはない。


 なくはないが、地下一階の探索もできない新参者が、スラムで一晩無事に過ごせる可能性は、ほぼなかった。


 寝込みを襲われ、身ぐるみを剥がれた上に、良くて、街中に放り出される未来が待っている。


 運良く、スラムで無事に過ごせたとしても、最後の晩餐場は、探索者以外に対しては開かれていない。


 だから、シャインの、スラムの子供たちにも炊き出しをするという条件は、画期的だ。


 探索から逃げた前科がある初心者ルーキーは、ギルドに見つかれば、強制的に壁外退去が待っている。


 街の中に居場所はない。


 唯一、可能性がある場所があるとすれば、花街の中だった。


 女であれ男であれ、花街の内側の人間になってしまえば、探索者ギルドにも手は出せない。


 だから、あたしは、探索者に向いていない女性探索者に対しては、花街という手もあるよ、というアドバイスだけはしているのだ。


 花街に入った女性が、はたして自由に花街を出られるのかどうか、外に家族がいた場合、呼び寄せられるのかどうかといった、細かい条件までは、あたしは知らない。


 どこにだって、ルールはある。


 どちらがいいとか、悪いとか、そんな不遜なことは、あたしは言わない。


 人間、生きていてこそだ。


 何処に行っても何をしてても、いいこともあれば悪いこともある。


 あたしは、ただ、自分で決めて前に進もうとする人間を、応援するだけだ。


 もちろん、探索者の道に残るという選択をした人間も応援する。


 街の外の難民に戻るという選択をした人間も応援する。


 どこか別の街や村に行く選択をした人間も応援する。


 応援は、商売人の本分だ。


 あたしが聞いた、花街に行った『みんな』の消息に対して、『おかあさん』は、だれそれ・・・・はどうしている、かれそれ・・・・はどうしている、と、一人一人の名前を上げながら、教えてくれた。


 多分、あたしがアドバイスをして、花街の門をくぐった女性探索者の中に、『おかあさん』がいるお店で働いている者は、一人もいないだろう。


 けれども、今日ここに来るにあたって、あたしから、そういう話題が出る可能性を考えて、『おかあさん』は、すべて調べてきてくれていた。


 その心遣いが、流石だ。


『みんな』の元気な消息を知れて、あたしは、嬉しい。


 ちょっと、うるっときた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る