第78話 門外不出
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魔物肉と並ぶ、『拙者の回復肉煮込み』の主要材料は、ポーションの搾りかすだ。
現在は、うちのお店で生産しているポーションの搾りかすを使っていた。
ボタニカル商店で販売しているポーションは、濃度が濃い。
少ない量でも効果が同じ、という点が一番の売り物だ。
あたしの独自レシピに基づいて生産している。
ポーションは、基本的に液体だ。
液体なので、最低でも一リットル当たり、一キログラム以上の重量になる。
濃度が濃ければ、探索者たちが、その分、重たい荷物を持ち歩かなくても良いというメリットが発生する。
だからといって、ただ、煮詰めれば濃くなるというものではない。
薬効成分が変質を起こして、ただの薬臭い飲み物になってしまう。
そのあたりの欠点を克服しているのが、あたしの独自レシピだった。
それだけで一財産ものである。
今までは、門外不出でやってきた。
教えたのは、ミキぐらいだ。
もっとも、彼女は他を知らないので、他所との違いをピンときていないだろうけど。
とはいえ、探索者たちには、うちのポーションの重量の軽さが受けて、常に品薄で、販売制限をかけるほどの人気商品となっている。
できれば、増産をしたいのだけれども、あいにく、生産者があたしとミキだけだ。
材料となる薬草も、敷地内で生産しているだけである。
ポーションの生産数には限りがあったし、同時に発生するポーションの搾りかすの量にも限りがあった。
したがって、今のままでは、『拙者の回復肉煮込み』の生産量は増やせない。
だからといって、他所のポーションの搾りかすでいいや、というわけにはいかなかった。
原材料に何が使われているかもわからない。
打開策は、ポーションの生産委託だ。
信頼できる誰かに、ポーションのレシピを提供して、対価を支払う代わりに、ポーションを生産してもらう。
今回の『拙者の回復肉煮込み』をスラムへ提供する話が持ち上がる以前から、その準備を、あたしはヨロッヅ・ヤオと進めていた。
ヨロッヅ・ヤオには、新しい全店長会長として、対外的に、全店長会が今までのエチーゴ体制とは決別した
そこで目を付けた分かりやすい証が、ポーションの品質改良だ。
エチーゴ屋で売られていたポーションは、同じ値段で他所より量が多いという点が、特徴だった。
要するに、水増しして薄めているだけなのだが、街で一番幅を利かせているチェーン店の商品であるだけあって、探索者経験が短いお客さんには、ポーションとは、そのような商品であるのだと、間違って認識されてもいた。
今回、エチーゴ屋系列の店舗が一掃されて、水増しポーションも街から一掃されている。
本物のポーションとは、かくある物だ、と品質向上を前面に打ち出して、今までの安かろう悪かろうのインチキな商売ではなく、生まれ変わった全店長会として、お客様を大切にするという姿勢を明確に示したい
というのが、ヨロッヅ・ヤオの意向である。
そこで、あたしと共同でポーションの生産に取り組むことにした。
あたしは、全店長会にポーションのレシピを提供して、レシピ使用料を得る。
全店長会は、直営のポーション工場を設立して、ポーションを製造する。
あたしが対価を支払って、自分の店で売るポーションを委託製造してもらうのではなく、全店長会が売るポーションをつくるために、あたしのレシピを利用させるという形だ。
もともと、ポーションは、全店長会の縛りがある商品だ。
仕入先の選択こそ各店の裁量に任されていたが、各店が独自に販売価格を設定するのではなく、全店長会の協定価格として、ダンジョンの中はさておき、地上では、すべての店で同じ値段で販売されていた。
基本商品なので取り扱わないわけにはいかないが、お店としては、うまみがない商品だ。
ヨロッヅ・ヤオは、全店長会直営のポーション生産工場の設立を全店長会の議決に諮り、承認された。
同時に全店長会を構成する各店舗に対して、ポーションの仕入れ先を全店長会直営工場とするよう、乗り換えを促した。
目的は、ポーションの性能の統一だ。
粗悪なポーションを街から無くして、最低品質のポーションの性能でも、最高水準となるように統一する。
もちろん、今までの仕入れ上のつきあいがあったり、ポーションの自家生産を行っているお店もあるので、直営工場からの仕入れは強制ではなかったが、時間の問題で、いずれすべてのお店が乗り換えざるを得なくなるのは明白だった。
既存の仕入れルートより安上がりで、製品の質もいいのだから、当たり前だ。
直営工場としては、材料仕入れの一元化と大量生産により、一本当たりのポーションの生産コストが下げられる点がメリットだ。
お店にとっては、ポーションの仕入れ価格が現在より下がることで、利益率が向上することがメリットとなる。
探索者には、軽くて効き目も良いという、ポーションの品質向上がメリットだ。
それから、
ここで間違えてはいけないのは、ポーションの価格を不当に吊り上げて、探索者からの搾取になってしまわないこと。
今までも同じ危険はあったわけだけれど、例えばエチーゴ屋の水増しポーションと、ボタニカル商店の特濃ポーションのどちらを選ぶかという選択肢は、探索者に用意されていた。
ポーションの不当値上げの監視役は、探索者ギルドに負ってもらおう。
いずれにしても、今後は、ボタニカル商店品質のポーションが大量に生産され、ボタニカル商店品質の搾りかすも大量に発生する。
実務はまだだが、魔物肉の確保と合わせて、『拙者の回復肉煮込み』の少なくとも材料については、何とか目途がついたと言えるだろう。
地下九階のバリケード設置と、魔物肉の運搬については、アイアンと探索者ギルドに一任した。
ポーション工場の設立と運営は、ヨロッヅ・ヤオと全店長会だ。
どっちも、突貫でやらせよう。
あたしは、知恵と口を出すだけ。
当面、ポーションの材料の多くについては、街の外からの仕入れに頼るしかないが、ゆくゆくは材料となる薬効植物の栽培も、すべて街の中で賄いたい。
そのための栽培場所も考えている。
街を囲んでいる壁の内側の壁面だ。
庭だけではなく、ボタニカル商店の屋根と壁面と天井で薬効植物を栽培しているように、街を囲む壁の内側の壁面すべてを使って、壁面緑化方式で薬効植物を栽培する。
全店長会としても、いいアピールになるだろう。
目に見えてわかる、過去の全店長会時代との明確な違いだ。
現在は、街の中からどちらの方角を見ても、無機質な積み上げた石の壁が目に入る。
壁面が、すべて緑化されれば、さながら森のように見えるだろう。精神的にもいい。
壁面利用について、探索者ギルドに、否とは言わせない。
あたしは、そんな今後の展開を漠然と思い描きつつ、店番についていた。
カランコロンと、お店入口のドアベルが鳴って、お客さんが入ってきた。
「いらっしゃいませ」と、ミキの元気な声が飛んだ。
口を閉じるや、そのミキの顔があたしを向く。
ミキの顔には、はっきりと疑問符が浮かんでいた。
入ってきたのは、あまり、ボタニカル商店には似つかわしくない層のお客さんだ。
ちょっと品がいい感じがする、中年の女性だった。
次いで、やたら豊かな胸を強調した衣服のお姉さん。
どちらも、どう見ても探索者ではない。
あたしより、むしろ、シャイン案件だ。
「
中年の女性が、口を開いた。
あたしは、久しぶりに初対面の人間から、自分の店の名前が、間違われずに口に出されたのを耳にした。
「はい」と応える。
「探索女子会ってのに、うちの店の
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