第74話 おさがり

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 花街で一番、と言われている大店おおだなにおいて、店でも一番の大きな部屋で、シャインは宴会の真最中だ。


 さすがにトレードマークの、縁取りに黄金で象嵌ぞうがんを施した、白金プラチナ色の全身鎧は着ていなかったが、同様に目立つ、金糸で刺繍がされた清潔感のある薄手の白い衣服を身に着けていた。


 シャインの、余所行きの服装だ。


 完全プライベートのシャインは、ぼさぼさの髪で穴の開いた服を愛する、いたって華のない男である。


 トップ探索者のオーラも何もない。贔屓にしている花街の女たちでも、どこかですれ違ったところで、気が付かないだろうモブだ。


 ただし、髪色が白金プラチナなので、そこから身バレする場合が多かった。


 なので、普段は、帽子かフードで、髪を隠している。


 現在は、『白い輝きホワイトシャイン』のシャインとして場にいるので、輝いていた。


 シャインの前には、大きな長テーブルがあり、一人・・では食べきれないほどの量の御馳走が、隙間なく並べられている。


 宴会の席ではあったが、客としては、シャイン一人だ。


 もちろん、シャインの周辺には、酌をする女たちがついている。


 部屋には、他にも、シャインとはテーブルを挟んだ反対側に、踊り手や歌い手やき手、き手といった芸事に長けた女たちが多数いた。


 誠心誠意、シャインを楽しませてくれるが、皆、お店の人間だ。


 うまい飯、うまい酒、華やかな舞い、演奏、歌、余興。


 花街は、訪れたお客様が、つらい浮世を、つかの間忘れて、楽しい時間を過ごすための場所である。


 宮廷で行われているらしい・・・、話に聞く晩餐会を庶民が模したものが起源と、一説に言われている。


 そこに、原初的な快楽行為も加わって、独特な花街文化が形作られたのだという。


「前に来てからしばらくたつけれど、このお店の子供たちは芸事が上手になったかな」


 シャインは、自分に酌をしてくれている女、ティファニーちゃんに訊ねた。


 花街一番の大店で、一番の乗客であるシャインにつくのは、もちろん、一番格式が高いとされている、いい女だ。


「ご自分で見てあげてくださいな。シャイン様にお披露目をするのだと張り切っていますから」


 ティファニーちゃんは、パンパンと両手を打ち合わせた。


 部屋の袖から、ぞろぞろと、まだ十歳にはなっていないだろう少女たちが現れ、き手、き手のがくにあわせて、舞い始めた。


 年相応に拙いが、一生懸命であることは、良く伝わる舞だ。


 少女たちの舞が終わると、シャインは、激しく手を叩いて褒めたたえた。


「みんな、上手になったね」


 挨拶のため、シャインの前に一斉に横並びにさせられた少女たち一人一人に、シャインは声をかけた。


 本来であれば、少女たちは、まだ客に舞いを披露できる腕前ではない。


 それでも、シャインは、何処のお店に通った場合でも必ず、そんな予備軍の少女たちを、場に呼んで、定期的に芸事を披露させていた。


 単純に、子供たちの成長ぶりを見る行為に趣きがあるという面もあったが、だけではなく、まだ店の裏方で、普段、腹一杯に食事をもらえるわけではない少女たちに、芸事の披露にかこつけて、飯を食わせようという、心遣いだ。


「僕は、おなか一杯になっちゃったよ。後はみんなで食べて。部屋は、朝までこのままにしておくから、食べきれない分は、お土産にしていいよ」


 シャインは、出されたまま、自分では、ほとんど手を付けていない料理を、子供たちに振舞った。


 もともと、そのつもりで必要以上に多く頼んでいる。


 子供たちも、シャインが来る日は、御相伴にあずかれることをよく知っているので、目が料理にくぎ付けになっていた。


 だが、いくらシャインが許したとはいえ、お店の人間の許可なく、お客様の料理に手を付けるなどもってのほかだ。


 そもそも、もし、シャイン以外の他のお客さんの宴席で、お客さんの料理を欲しそうなそぶりなど見せたら、店から御折檻は確実だった。


 シャインだからこそ、許される振る舞いだ。


 子供たちは、何も言わずに、ちらちらとティファニーちゃんに視線をやったり、あえて料理を見ない振りをしたりと忙しい。


「いいよね」と、シャインは、ティファニーちゃんに念を押した。


「いつもありがとうございます。みんな、シャイン様にお礼を言って、ありがたくいただきなさい」


 わあ、と、喜んだ子供たちは、口々にシャインにお礼を言って、料理を食べだした。


 そうなると、年相応の子供だ。


 シャインは、口いっぱいに食べ物を頬張る子供たちを、眺めやった。


 子供が、子供らしく振舞えるというのは、幸せなことである。


 不憫だからと、ただ料理を食べさせたのでは、施しになる。


 それでは、店が、女や子供に満足に食事を与えていないみたいだった。


 あくまで、宴席のおさがりであることが大切だ。


 店と女たちの尊厳だ。


 客に対して尽くすからこその見返りだ。


 物乞いではない。


 だから、子供であっても、シャインに対して、精いっぱいの芸を披露していた。

客が帰った後、食べ残しを女がいただくのは、見返りの一部である。


 粋な客は、最初から、そのつもりで、食べきれないだけの食事を注文した。


 シャインの場合は、それが派手すぎるだけである。


 そんなことを、毎日店を変え、さらには、日に何件も梯子をしてというのが、探索に出ていない日の、シャインの日課だ。


 店を選ばず、花街の高い店にも安い店にも、シャインは足を運ぶ。


 花街のすべての店を、ほぼ、ローテーションだ、


 シャインの目的は、花街の子供たちに満腹体験をさせること。


 そんな生活を、この街に来て、探索者として人より稼ぎが多くなって以来、シャインは、ずっと続けていた。


 シャインを、よくは知らない者たちは、シャインのことを、羽振りが良くなって、女遊びが派手になった奴とでも思っているだろう。


 だが、花街の者であれば誰でも、シャインが、そのような振る舞いをする人間ではないと知っていた。


 宴会をしている大部屋は、隣にある専用の寝室と、扉一枚隔ててつながっている。


 とはいえ、シャインが寝室を、お店本来の目的で利用することは、あまり・・・ない。


 大抵は、単純に睡眠をとるだけだ。


 店を梯子する場合は、そもそも寝室に立ち入りすらしなかった。


 だから、シャインは花街では、絶大な人気だ。


 勿論、羽振りのいい客であるために違いはないが、多分、それだけではない理由からも、シャインは、花街の人間たちに好かれていた。


「さて」


 嬉しそうに食べている子供たちからシャインは視線を外すと、ぴったりとシャインに身を寄せて隣にいる、ティファニーちゃんに向きなおった。


 ローテーションでは、シャインにとって、今日は、この店を訪れる予定ではない日だ。


 そこは、店の側でも、よくわかっていた。


 であるならば、何か特別に店に足を運ぶ用事が、シャインにできたのだろう。


 シャインは、まっすぐにティファニーちゃんの目を見て言った。


「お店の、おかあさんと話をさせてもらえるかな」

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