第73話 シャイン案件
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壁内にあるこの街の土地や建物は、すべて探索者ギルドの所有である。
個人所有の土地や建物はない。
うちの店もそうだ。
探索者ギルドに、毎月の賃料を支払って借りている。
探索者ギルドが、ギルドとして行っている商行為もあるが、基本的にはギルドは土地や建物を貸して賃料を取るだけで、商売そのものには関わらない。
もちろん、迷宮からの戦利品の鑑定や買い取りといった、本来業務は別だ。
フリーマーケットや屋台みたいに、日当たりの場所代を支払って、個人で商売ができる場所はあるが、限られた壁内の土地なので、建物としての店舗の数には限界がある。
だから、全店長会という組織があって、全体を管理していた。
商売を行いたいものは、全店長会に申請をして、空いている店舗があったら審査。
合格した者に対して、店舗が貸し出される。
代わりに、賃料を、探索者ギルドにお支払いする。
そういう仕組みだ。
流れの商売人は、一財産ができたら隠居して、どこか暖かい土地へでも移り住むのが一般的だ。
中には、ヨロッヅ屋のように、代々、店を引き継いで経営しているところもあるが、基本は、一代限りだ。
どの商売が、今後、うまくいくかなど時代によって変わるし、たまたま今までは続いてきたが、そもそもこの街が永続する保証もない。それこそ、ダンジョンから魔物が溢れでもしたら、一発だ。
基本的に、商売人は、景気のいい場所から景気のいい場所へ、時流を見定めつつ、移りすんでいく。
他の全
宿屋や食堂の土地と建物はギルドの物で、宿屋をやりたい者は全宿屋会に申請し、食堂をやりたい者は、全食堂会に申請して、空きがあれば審査が行われる。
宿をやりつつ食堂もやるという場合もあるので、区分けは明確ではなくなっているが、概ねそんな感じだ。
どこも、何らかのメイン業務の全
町全体を見て、もっと店を増やそうとか、宿を増やそうといった判断は、探索者ギルドの理事会で検討されている。
だからこその、各会を代表する理事たちだ。
減らす場合もしかり。
老朽化した建物の建て替えもしかり。
で、スラムだ。
シャイン御用達の花街の裏手に広がっている。
ある意味、花街と一体不可分の区域であった。
どれくらい前の話か知らないが、探索者ギルドと、各全
少なくとも、百年単位の昔の話だ。
いつ死ぬか分からない、男社会の探索者稼業で、そういったお店に需要があることは、よくわかる。
宿屋ではあるが宿屋ではなく、飲食ではあるが飲食でもなく、まさしく花街。花を売る場所だ。
時には、酔って暴れたり、女に凄む探索者を相手にするため、花街の各お店には、腕の立つ用心棒的な人材が置かれているのが常だった。
だけであればよかったが、各お店は、ライバルとなる他店と裏で暴力的なマウントの取り合いを行うようになり、それぞれへ筋の良くない犯罪者的な輩が協力した。
そのうち、そんな抗争に勝ち抜く者が現れ、いつしか花街のすべてのお店を傘下に収めて、誰からの介入も受けずに商売をするため、全宿屋会と
新規に、誰かが店を開くことは当然できない。
仮に、全宿屋会が認めた誰かが開業したとしても、裏での暴力的マウントにより、即、廃業か吸収に追い込まれた。
以後、表向きの店舗数こそ多いが、経営者は同じだ。一強状態が続いている。
エチーゴですら、全店長会を、大きくは三派閥までしか纏められなかったのに対して、圧倒的な独占状態になっている。
らしい。
内部事情は、本人たち以外は、誰も知らないので、現在の本当のところはわからない。
けれども、分裂の噂も抗争の様子もないので、誰もが、事実だと信じていた。
花街は、全宿屋会と、袂を分かっているため、当然、探索者ギルドとのつながりもない。
土地や建物は、不法占拠だ。
周辺の土地や建物を暴力的に占有していき、お金はあるので、良い場所が手に入れば、建物などは自分たちで立て替えてしまう。
働く女性の皆さんを住まわせるための場所も、自前で用意した。
ある意味、街の中に、もう一つ独立した別の街があるような状態だ。
やがて、メインの店の場所は、次第にこの街の一等地へ移っていき、今までお店がオープンしていた空いた場所へは、街に居場所がない者たちが住み着き、スラムとなった。
一等地ということは、探索者ギルドと同じ立地だ。
花街の一画は、街のメイン通りに面していた。
探索者ギルドからは、目と鼻の先だ。
そうであれば、探索帰りの探索者の皆さんも、すぐ立ち寄れる。
花街の裏手に広がるスラムは、元花街であった場所なので、実質的な花街の占有が続いていた。
スラムの住人は、花街からおこぼれのような何らかの仕事をもらって生きている。
正式には、この街に居場所がない者たちだ。
おこぼれ仕事の他は、探索者や街の住民から、ひったくったり暴力で奪ったりして、金品を手に入れる。
もちろん、スラムの住民同士でも、それは同様だ。
ただし、花街のエリア内での盗みや暴力は、御法度だ。
スラムの住民であるか否かに関わらず、たとえ、お客さんとして訪れた探索者であっても、花街で事件を起こした者がいた場合には、花街独自の治安維持ルールにのっとり、徹底的に処分された。
花街は、ある意味、通常の街の中よりも安全な場所である。
花街と探索者ギルドは、取り締まりや抗争が続いた時期もあれば、蜜月だった時期もあるといった関係性だ。
現在は、どちらでもない。
お互いに存在を黙認し合って、あえて関わらないでいきましょうという、スタンスだった。
探索者ギルドは、探索者たちに需要があるから、花街をなくせないし、なくならない。
なくせば、探索者ばかりか、ギルドの理事や職員からだって暴動が起きるだろう。
シャインなんか、真っ先に大反対しそうだ。
花街側も、自分たちの経営に支障がない限りは、わざわざギルドと事を荒立てる必要もないので、現状ラインを維持している。
そもそも、今いる理事も探索者たちも、花街の人間にとっても、自分たちが生まれる以前から、花街は、探索者ギルドと黙認しあう関係として、この街にあったのだ。
最初からそうなのだから、お互いに、そんなものだと思っている。
黙認しあっている限りは、問題は起こらない。
とはいえ、壁の中に真っ先に新たに使える土地を見出すとしたら、花街が占有している、スラムしかないのは、事実だった。
しかも、現状、特に有効に利用されている土地ではない。
『スラムを立ち退かして、再開発したい』という、アイアンの考えも分からないではなかった。
だからといって、現状維持を望んでいる相手に、何の見返りもなく、俺の物だから返してくれという提案ができる話ではない。力づくで、ことを進めようという気じゃないならば。
そもそもの話として、相手側の誰に、どんな提案をすればいいのだろう?
「あんたたち、花街の誰か偉い人を知ってるの?」
「いや」と、アイアンが応えた。
ヨロッヅ・ヤオとホッシノも首を振る。
「ギルドと花街は無接触だ」
あたしは、息を吐いた。
この堅物たちじゃ、話にならない。
「多分、エチーゴだったら、何らかの伝手を持ってたと思うのよねぇ。まったく、惜しい人材を亡くしたわ」
三人は、微妙な顔をした。残念。あたしの冗談は、受けなかった。
「そういう引継ぎを前任者から受けてないの?」
エチーゴは、おそらく引き継ぎなんかしなかっただろうけれど、街に残された、側近なり秘書なり、お店を仕切っていた誰かがいるだろう。
全店長会業務ではなく、エチーゴ屋の業務を、そういう者たちから引継ぐ中で、ヨロッヅは、何か話を聞いていても不思議はない。
アイアンについても同様だ。
こちらは穏便な交代だったから、何かあれば、懸案事項として、前ギルドマスターから引き継がれているはずである。
ホッシノはわからない。けれども、普通は、全宿屋会長の引継ぎがあるはずだ。
三人は、誰も花街関連の引き継ぎを受けていなかった。
探索者ギルドのギルドマスターと、全宿屋会の会長と、全店長会の会長。
この街の表側の重鎮が、この場に揃っているのに、誰も相手の上層部を知らないということは、上の方では、本当に接触はないのだろう。
花街側が、警戒をして近づかないようにしてきたのに違いない。
だとすると、提案とか交渉以前の問題だ。
「一応確認しておくけれど、力づくで何とかしようという気じゃないんでしょ?」
「もちろんだ」
アイアンは、断言した。
花街のお店だって仕入れとか何とか、表の商売との付き合いはあるはずだ。
自分たちで、街の外から、全部、仕入れてきているわけではない。
面倒くさいけど、そこらあたりから少しずつ、辿っていくしかないかしら?
でも、この場の誰も知らないということは、そちらのルートも巧妙に隠されてきたのに違いない。ちょっと調べたからといって、わかるものか?
だとすると、
「シャイン案件ね」
あたしは、良くは知らないけれども、シャインがよく行くようなお店には、お店のランク分けがあるらしい。
腐ってもシャインは、トップ探索者だ。
だから、ランク分け一番のお店の、常連だった。
花街の経営のトップに立つ者ならば、当然、花街のトップのお店とは関係が深いだろう。
そこから、シャインに、うまく繋ぎをつけてもらう道筋が探れないか?
シャイン、引き受けてくれるかな?
ああ見えて、家に仕事を持ち込むことを嫌う硬派なのだ。
お店を、家と呼ぶべきかどうかは、わからないけれど。
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