第69話 味見役

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 完全に煮詰まった。


 鍋が、焦げ付いた話ではない。


 ポーションの搾りかすを、食材に転用する話だ。


 確かに鍋は焦げ付かせたが、焦げた方が、むしろまだ食べられる気がするのは、謎である。


 調剤と料理は違う。


 一介の魔導士風情では解き明かせない、深淵な領域が、広がっていた。


 何度も試作を繰り返しては試食をしたので、もはや、味が良くなっているのか、食べ慣れて、舌がマヒしてしまったのかは、よくわからない。


 慣れれば食べられる味になっているならば、もうこれで、いいんじゃないか。


 そう思ったが、かろうじて踏み止まった。


 そんな味が、本当に最後の晩餐になるだなんて、まっぴらだ。


 最後の晩餐っていうのは、死ぬ前に食べたいと思う味である。


 あたしは、少なくとも、食べたい味じゃない。


 何だかよくわからなくなったので、味見役を呼ぶことにした。


 アイアン、シャイン、新兵衛しんべえ百雲斎ひゃくうんさいの爺様だ。


 アイアンは、依頼人なのだから、協力して当然だろう。


 古巣である、『白い輝きホワイトシャイン』のメンバーたちも、当然、呼んだ。


 持つべきものは、昔の仲間だ。


 マルくんは、今回案件に限り、役立たずなので除外。


 生憎、多忙のため、ギルドマスターは、ご欠席。


 シャインは、安定の色街へのご出勤で欠席だ。


 爺様は、持病の『おしりかいかい病』が悪化したとのことで、無念の欠席。


 みんな、流石の危機回避能力だ。


 来てしまったのは、五月雨さみだれ新兵衛、一人だけだった。


 侍だ。


 朝から晩まで、仮想敵を思い描いてひたすら素振りをし続けていたかと思うと、座禅を組んで瞑想にふけったまま、いくら呼んでも、意識がこの世に戻って来なかったりする。


 ストイックな修業バカだ。


「なぜ、拙者だけなのだ?」


「さあ?」


 あたしは、にっこりと微笑んで、肩をすくめた。


 途端に腰が引けた新兵衛を、まあまあと宥めて、厨房兼調剤室の食卓に座らせた。


「最後の晩餐場で出す、元気が出る料理をつくれって、アイアンの依頼なのよ。どれが一番マシか選んで」


「マシ!」


 新兵衛は、声を上擦らせた。


「そこは、どれが一番うまいかではなかろうか?」


「いいからいいから」


 ラン、スー、ミキ、それにあたしの自慢の一皿を、テーブルに並べていく。


 どれも、甲乙つけがたく、まずそうだ。


 見た目じゃないわ。料理は愛情よ。


 新兵衛は、ごくりと唾をのんだ。


 ほら、食欲をそそられているじゃない。


 でも、覚悟を決めた様子に見えたのはなぜだろう?


艱難かんなんなんじを玉にす」


 新兵衛は、何か呟いてから、順番にみんなの料理に手を付けた。


 一口食べるごとに、「う」とか「ぐ」とか言いながら、水を口にする。


 味見なのだから、一口ごとに、水で口内をリフレッシュするのは当然だ。


 とはいえ、各料理、一口ずつしか、食べていない。


 それでは正確な味などわからないだろう。


「もっと食べていいわよ」


「いや、結構」


 新兵衛は、毅然と断った。


「拙者、今日ほど百斬丸ひゃきりまるの我慢強さに感服したことはない」


 はて?


 どういう意味だろう?


 新兵衛は、席を立つと、あたしたちの顔を順番に見回した。


 そんな憐れむような目で見ないでほしい。


 しかも、ミキまでをも。


「借りるぞ」


 新兵衛は、あたしたちが脱いだエプロンの一つを手に取ると、首からかけて、後ろ手に紐を縛った。


 着こなしが、何か様になっている。


「ちょ、あんた、料理なんかできたっけ?」


「男子三日会わざれば刮目して見よ、だ。引退したら、小料理屋を開こうと思っていてな。近頃、包丁を握らん日はない」


 いつのまにか、修業バカの修行の方向が変わっていた件。


 それはさておき、できた料理は、絶品だった。


 見た目は、緑色の、ポタージュ的などろりとしたスープだ。


 同じ緑色なのに、あたしたちと違って、ちゃんと食べ物に見えるのはなぜだろう?


 新兵衛は、素材の甘みを出すために、薬草の搾りかすが焦げ付かないよう、かき混ぜながら、ひたすら炒めるのがコツだと言っていた。


 惜しい。


 あたしも、焦げ付かせるところまでは辿り着いたんだ。


 あとは、焦げ付かせないだけだったのに。


「うま」と、ランが言った。


「絶品です」と、スーが言った。


「とてもおいしいです」と、ミキが言った。


「「「「おかわり」」」」


 三人は、新兵衛に、がっちりと胃袋をつかまれた。


 いや、あたしもだ。


 塩だけで、搾りかすを食べ物に仕上げるだなんて、新兵衛ってば、天才的。


 ポーションの、微かな回復効果も、ちゃんとある。


 新兵衛は、胸の前で腕を組んで、食べているあたしたちを、満足そうに見つめていた。


 未来の小料理屋の客の姿と、あたしたちを重ねているのかもしれなかった。


 何やら、自信を深めたような顔だ。


 花柄エプロンが微笑ましい。


「本当は肉を入れたいのだがな。最後の晩餐とくれば、肉は欠かせまい」


「確かにこれじゃ食いごたえはねえな。ごろっとした肉の塊がほしい」


 ランだ。


「ギルドの慈善事業で、肉の無料提供までは無理だと思います」と、スー。


「だよなぁ」


 食材に費用をかけられないから、何だかわからない野菜の切れ端が入った薄い粥が、最後の晩餐場の定番メニューなのだ。薬効成分が含まれるようになるだけでも御の字だろう。


「探索者ギルドに、ダンジョンで肉を手に入れてもらえばいいのではないでしょうか? 両親が遭難した際には、鼠の肉で飢えをしのいだと聞いています」


 ミキが言った。


 それだ。

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