エピソード6 ラティメリア顛末

第67話 人生相談

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 新ギルドマスターのアイアンが、ふらりと店に来た。


 一人だ。


 昼前の、一番、空いている時間帯である。


「いらっしゃいませ」と、ミキの元気な声が飛んだ。


「なに、あんた、暇なの?」と、あたし。


「暇なわけあるか」


 アイアンは、ぶっきらぼうに言った。


「こんな時間にやってくるからさ」


「相談したいことがあってな」


「却下」


 あたしは、素気すげ無く振ってやった。


「うちは、自家製アイテムとゴーレムのお店です。人生相談は受けつけておりません」


「まあ、そう言うな」


 アイアンは、店の商談スペースにある椅子を、手に持った。


 あたしがいるカウンターの前に置いて、座ろうとする。


「そんなところに居座られちゃ、お客さんの迷惑よ」


 あたしは、車椅子をタップしてカウンターの裏から出ると、アイアンに対して、あたしの後をついてくるよう、顎をしゃくった。


「長くなる話なんでしょ」


 隣にある、厨房兼調剤室へ連れて行く。


 厨房兼調剤室では、全自動で各種ゴーレムが、薬草を切ったり、煮たり、混ぜたりと、ポーションづくりに勤しんでいる。


「で?」


 アイアンを、部屋にある椅子に座らせて、あたしは訊いた。


 もちろん、お茶くらいは出している。


「おまえ、ギルマスやらんか?」


「帰れ」


 新しいギルドマスターを決める際の会議で、シャインがあたしの名前なんか出したものだから、それ以来、あたしは、店に来るみんなに揶揄からかわれていた。


 会議に出ていなかった、ギルドの理事でない探索者たちからも揶揄われる。


 誰だ、言いふらした奴は!


 すっかり、あたしは、影のギルドマスター呼ばわりだ。


 アイアンも、揶揄っているのだと思うけれども、あわよくば、本当にあたしにギルドマスターを押し付けようとしている気配が、なきにしもあらずだ。


 そういえば、アイアンの目の下には、くま・・ができていた。


 慣れない事務仕事で、睡眠時間を奪われたのだろう。


 魔物相手ならば力づくですむけれども、行政となると、そうはいかなかった。


 この街に領主はいない。


 ダンジョン自治都市という扱いになっている。


 街を囲む壁の外の土地は領主の物だが、壁の中は、領主不可侵の領域とされていた。


 領主をさておき、国王から、探索者ギルドによる都市の自治を認められている。


 探索者ギルドのギルドマスターは、ダンジョン自治都市の行政責任者でもあった。


 各分野は、それぞれの全ほにゃらら・・・・・会が司るが、商売とならない、純行政的な分野については、探索者ギルドに一任されていた。


 街が良くなるのも悪くなるのも、アイアンの手腕次第だ。


「温泉行きてぇなぁ」


 アイアンは、しみじみと口にした。


「知るか」


 アイアンの現実逃避なんかに付き合ってはいられない。


「厄介ごとは嫌よ」


 あたしは、アイアンに釘を刺した。


 アイアンは、頷いた。


「最後の晩餐場で息を引き取る探索者が多いんだ」


「思いきり、厄介ごとじゃない!」


 厄介ごとでなければ、アイアンが、相談になんか来るわけない。


 わかってはいたが、突っ込まない訳にはいかなかった。


『最後の晩餐場』とは、探索者ギルドの、無料食堂だ。


 文字通り死地に赴く、一文無しの探索者たちのために、ギルドが、せめて腹を膨らませてあげようと用意した施設だった。別名を、『最後の残飯場』


 メニューは、ほぼ具のない、汁だけのスープだ。


 膨れる腹は、水っ腹である。力なんか出ない。


「『救急くん』のお陰で、地下二階以深の探索者の生残率は向上したんだがな」


 あたしの抗議を、アイアンは、完全にスルーした。


「地下一階へ始めて降りた奴らが、何とか生きて地上へ戻っても、宿にも泊まれず、薬も買えずで、朝になると最後の晩餐場の床に転がって、冷たくなっている。何とかならんか?」


「簡単よ。食事と一緒に、ポーションも配ればいいじゃない。お値段は勉強するわよ」


 探索者ギルドが、ポーションを大口注文してくれるならば万々歳だ。


 最近は、需要に対して生産力が追い付いていないけれど。


 何か増産の方法を考えないと、機会損失が莫大である。


「そんな金があるなら相談になんか来ない」


 確かに。


「エチーゴの負の遺産ね。訓練もせずに、素人をいきなりダンジョンに行かせるからよ」


 世界では戦乱が続き、何処の国や街にも、戦火で住む土地を失った難民があふれていた。


 国境線を完全に閉鎖する壁はなかったが、どの街や村も当たり前のように周りに壁があって、部外者の侵入を拒んでいる。


 見知らぬ不特定多数を街に入れて、内部の治安を乱すわけにはいかない。


 門番が、厳格に街への人の出入りを管理していた。


 日当たりの人数制限と、人品の確認だ。


 だが、少しでも安全な場所近くにいたいという思いや、職にありつく可能性の高さから、住処を失った難民たちは、少しでも大きな街へと流れて、流れた先で街を囲む壁の外に、仮設の住居を作っては勝手に住み着いていく。


 運が良ければ、日雇いの仕事にありつけるかも知れないし、食い物の配給にあずかれるかもしれない。


 かすかな希望だが、それまでは、勝手に住み着いた街の外で、狩猟や交易、物乞いのような真似をして生きていくのだ。


 もちろん、犯罪に手を染める者も多い。


 壁外の治安は悪い。


 この街もそうだ。


 だが、この街が、他の多くの街と異なるのは、迷宮探索者として街に入る抜け道があることだ。


 毎日、一定の人数の難民が、新規の迷宮探索者として探索者ギルドに登録され、街への入場を許可されていた。


 エチーゴ時代に、確立された手法である。


 難民からの新規探索者ギルド登録者は、各自なけなしの財産をはたいて、最低限の装備を整えた後、最期の晩餐場を経由して、地下迷宮へ直行させられる。


 運良く、何度か迷宮から生きて帰ってきた者に対して、市民として、いわゆる街の中に住む資格が与えられる。


 壁外で待っている家族も、呼び寄せられることになっていた。


 そういう抜け道だ。


 希望にあふれた難民や食い詰め者たちは、迷宮探索者になれたと喜ぶが、毎日、一定の人数が新たに迷宮に入るということは、ほぼ同数が戻らないためだという事実に、即日、直面する。


 それでも壁外には、順番待ちの難民が多くいるのである。


 あぶれて食えない難民たちに、この街の地下迷宮がいかに一攫千金の望める場所であるかを吹き込めば、ぞろぞろと迷宮探索志願者が手を上げた。


 大半が、ダンジョンに飲み込まれて二度と戻らない。


 この街のダンジョンの一攫千金の魅力を吹聴して、難民たちが、街へ集まってくるように仕向け始めたのが、若き日のエチーゴだ。


 その結果、他の街や村へ流れついた難民たちが、ダンジョンの噂を聞き付け、黙っていても、さらにこの街へ流れてくるという、膨大な人間の流れが確立された。


 そんな彼らに迷宮装備の斡旋をして、なけなしの財産を巻き上げてから迷宮へ送り込む。


 エチーゴ屋には、難民たちの財産没収機関として発展した経緯があった。


 否。この街自体が、難民たちの財産没収機関であったのだ。


 運良く、初日の地下一階の探索から戻った探索者たちが直面するのが、稼ぎの少なさだ。


 地下一階の探索から帰ったところで、宿に泊まれるほどの十分な稼ぎは見込めない。


 いつか稼ぎが増えるまでは、最後の晩餐場に入り浸るしかないのだった。


 怪我をしていても治療は受けられず、満足な食事も食べていないことから、体力も落ちている。


 そうこうしている内に、手遅れとなり、最後の晩餐場で息を引き取るのだ。


 この街へ来る難民の流れは、エチーゴがいなくなった今でももちろん変わらない。


 他の街や村では、自分のところが難民で溢れかえるよりはと、やって来た難民を追い払うための良い方便として、積極的に、この街のダンジョンを紹介していた。


 したがって、壁外には、大量の難民が溢れている。


 難民たちに暴動を起こさせないためにも、新規探索者として、難民から市民になる可能性がある抜け道を、探索者ギルドは、閉ざしてしまうわけにはいかないのだった。


 結果として、最後の晩餐場には、毎朝、遺体が転がっている。


 ダンジョン内ならば、遺体の処理は魔物や虫がしてくれるが、最後の晩餐場で死んだ者の処理は、ギルドで行わなければならない。


 死ぬなら、他所でやってくれという話だった。


 というか、死ぬな、だ。


「お金をかけられないんだとすると、あれね」


 あたしは、ポーションを作っているゴーレムの作業工程の終点を見るように、アイアンを促した。


 腕だけのゴーレムが、雑巾を絞るように、煮詰めた薬草やその他の材料を布袋に詰めた物を捩じって、ポーションを絞り出している。


 もちろん、ポーションは瓶に詰められて商品として販売をする。


 だが、捩じられた袋の中身は廃棄物だ。


 とはいえ、ポーションの出がらしである。


 若干のポーション成分が残留していた。


 ポーションの出がらしを、最後の晩餐場の材料に流用すれば、少しは探索者の体力回復に効果があるだろう。おまけに無料だ。


 問題は、


「でも、あれ、とても不味まずいのよね」

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