第66話 裏の裏

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『救急くん』破壊パーティーを地下に放置したアイアンたちが、地下迷宮から戻って来た。


 入れ替わりに、俺は『救急くん』を出発させた。


 空荷だ。


 ポーションの一本も持たせてはいない。


 そこから、きっかり丸一日後に、俺は、顛末を見届けるべく、地下に潜った。


『救急くん』は、まだ戻ってはいない。


『救急くん』には、万一、夫婦石の近くに到着しても相手からの指示がない場合、体内時計で丸一日が経過した後、帰還するよう、事前に指示が出されている。


 アイアンたちが戻ってきてから『救急くん』を出発させたので、放置地点に到着後丸一日経過するまでには、少なくとも、『救急くん』が、相手の元に辿り着くまでにかかった時間分、まだ残っている。


 本気で走れば、俺の方が『救急くん』よりも、よほど早い。


『救急くん』が帰還行動に入る前に、現場に着けるはずだ。


 相手をどこに放置してきたかは、アイアンから聞いている。


 地下四階の、ほぼ最奥部だ。


 確か、どん詰まりの行き止まりだった。


 地下四階は、装備が整っている状態の『救急くん』破壊パーティーならば、問題なく、行動できるはずの階層である。


 実際に、『救急くん』破壊パーティーが、『救急くん』を破壊するために行動した範囲の中に入っている。


 だが、武器も防具も、回復アイテムもない身では、難易度は段違いだ。


 迷宮の御意思により、本当に魔物と遭遇しない奇跡でもなければ、帰還は難しいだろう。


 手頃な石を拾って、魔物を殴りつけるだけでは限界がある。


 地下四階中央部。


 俺は、前方の闇の中に魔物の気配を感じた。


 周囲は、石材のブロックを積み上げて組んだ通路である。


 前方に明かりはない。


 俺が持つカンテラの明かりがあるだけである。


 地下一階から、ここまでずっと走ってきたが、歩きに切り替える。


 俺は、竿先にぶらさげたカンテラを突き出して、前方を照らしながら、魔物の気配がする方向へと慎重に近づいた。


 通路のど真ん中で、魔物の群れが、くちゃくちゃと獲物を喰っている姿が、明かりに浮かび上がった。


 地下四階を主な根城とする、大口鼠ラージマウスラットだ。


 耳の根本付近までガバリと口が開き、最大限に開いた口腔の直径は五十センチメートルにも及ぶことから、その名がつけられた大型の鼠系モンスターだった。


 獲物は、人間だ。


 人間一人に、数匹の大口鼠ラージマウスラットがとりついた小山が、見える範囲に、六つあった。


 六つということは、六人。


 全員、迷宮のお眼鏡には叶わなかったのだ。


 固まりあって、ここまでは進んでこれたが、大口鼠ラージマウスラットの群れに囲まれ、力尽きた。


 そんなとこだろう。


 大口鼠ラージマウスラットは、俺が近づいても全く気にせず、獲物の腹に頭を突っ込んでいる。


 多分、死んでから大分時間が経過しているため、小山は原形をとどめてはいなかった。


 どれが誰であったのか、判断がつかない。


 魔物が人を襲うのは、獲物として狩りをする時だけである。


 既に、十分な食べ物がある状況であれば、向こうも人間に用などない。


 獲物を横取りされないようにという警戒はするが、こちらにその気がないと思えば、わざわざ襲ってはこなかった。


 カンテラの明かりに浮かぶ小山の一つの近くに、『救急くん』の姿があった。


 俺が、『救急くん』破壊パーティーの元に送り込んだ、『救急くん』だ。


 本体の脇に、『28』とあるため、『救急くん28号』であると、すぐわかる。


『救急くん28号』に一番近い小山が、おそらく夫婦石を持っている人間なのだろう。


 だとすると、リーダーか。


『救急くん28号』は、ここまで辿り着いたが、夫婦石所有者からのリアクションがないため、体内時計による現場待機を実行中だ。


 貪り食われた小山の状況を見る限り、『救急くん』到着以前に、パーティーは力尽きていたのだ。


 だから、実際に辿り着いた『救急くん』の姿は、見ていないだろう。


 食い物ではない、鉄の塊である『救急くん』は、魔物から見向きもされていなかった。


 俺は、さらに無造作に、小山と魔物の群れに近づいた。


 威圧を放てば、逃げだすに違いない程度の魔物だが、あえて放たない。


『救急くん』が、脇で待機している小山の近くまで、俺は進んだ。


 リーダーであったらしき小山を、俺は見下ろす。


「『救急くん』の到着を信じて、どこかに籠っていれば良かったんだ」


 俺は、リーダーの残骸に語り掛けながら、さらに近づいた。


 もちろん、聞いているわけもない。


 近づいてくる俺に対して、さすがに、小山にたかっていた大口鼠ラージマウスラットの群れが、一度、離れた。


 俺に、獲物を横取りされると思ったのか、首筋の毛を逆立てて、俺を威嚇する。


 俺は、しゃがみ込み、リーダーの残骸をまさぐった。


 大口鼠ラージマウスラットは、今にも、飛び掛かってきそうである。


『救急くん』が追っていた、夫婦石の片割れは、すぐ見つかった。


 夫婦石を手に取り、俺は立った。


 その動きで、飛び掛かろうとしていた大口鼠ラージマウスラットの群れが、一旦、踏み止まった。


 もし、このパーティーがどこかに籠って、『救急くん』の到着を待っていたならば、どうなっただろうか?


 駆けつけたとしても、『救急くん』の中に、荷物のポーションは入っていない。


 無意味な到着だ。


 回復アイテムはないのに、『救急くん』だけが、パーティーの手元にいる。


 だが、それは、本当に遭難したパーティーの元に、回復アイテムを持った『救急くん』が到着したとしても、あり得る状況だ。


 怪我がひどく、『救急くん』が持ってきたポーションだけでは、十分な回復が見込めない。


 帰る途中に、さらに何度も魔物に遭遇して、再度、回復手段がなくなる。


 普通に、そんな状況は考えられた。


 もちろん、我がボタニカル商店では想定済みだ。


「お前ら、他の探索者とつるまないから、本当の裏技を知らなかっただろ」


 まだ、遭難していない内から安全な場所に籠って、『救急くん』にポーションを運んでもらうというのは、初級の裏技だ。


 裏技には、さらに裏の技が隠されていた。


 少なくとも、ボタニカル商店の顧客であれば、全員が知っている。


 もし、地下で『救急くん』到着後に回復手段が尽きた場合は、どうすべきか?


 遭難したパーティーを、無事に地上へ連れ帰ってこその『救急くん』だ。


「『救急くん28号』」


 俺は、俺に飛び掛かろうとしている魔物の群れを指さした。


 地下四、五階の魔物ごときに壊されるようなヤワな仕様には、もともとしていない。


「たいあたりだ」


『救急くん28号』は、魔物の群れに突入すると、瞬く間に相手を蹴散らした。


 電光石火の速さだった。





◆◆◆お礼・お願い◆◆◆


『ボッタクル商店ダンジョン内営業所配達記録』エピソード5を読んでいただきありがとうございました。


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                                  仁渓拝

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