第65話 空荷

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 結局、エチーゴ屋系列の直営店舗は、ほぼ原価割れの状態で、従業員もろとも、ヨロッヅ屋とディコク屋に売り渡された。


 当面、従業員の雇用は継続されるが、永久ではない。


 終身雇用などという幻想は、どこの世界にも存在しなかった。


 フランチャイズであった店は、それぞれヨロッヅ屋かディコク屋に親元を変え、仕入れのみをエチーゴ屋系列に頼っていた店は、仕入れ先を、やはりヨロッヅ屋かディコク屋の系列に変更した。


 宿などのサイドビジネスの類も、いずれかの系列に移っている。


 結局、ヨロッヅ屋が、より多くの店を引き受けて、売り上げ第一位に躍進し、ディコク屋は、不動の第二位の地位を守った。ディコク曰く、名より実、だ。


 エチーゴは、全財産を、持ち運びがしやすいよう宝石に変えると、すべてを身に着けて街を去った。


 この街で、ひっそり生きていくという選択肢はなかったのだろう。


 どこへ行くのかを、俺は知らない。


 少なくとも、秘境温泉ではないはずだ。


 俺は、『救急くん』のゴーレム核として使用した精霊石を、すべて元の紙のお札に交換していた。


 夫婦石にするために割ってしまい、半減どころではなく価値が落ちた精霊石の代金は、必要経費としてアイアンに認めさせ、探索者ギルドに支払わせた。


 百体の注文の残りの『救急くん』の製作を終えれば、探索者ギルドからの依頼は達成だ。


 ところで、誰かが、迷宮の御意思に委ねられる当日、迷宮への探索者の立ち入りは禁止される。


 迷宮の御意思が乱されるため、というのが、その理由だ。


 もちろん、俺の配達も休みだった。


 その日、俺は、『救急くん』保管庫で、残りの『救急くん』製作に勤しんでいた。


 本来、保管庫もダンジョンの一部ではあるが、ダンジョンであって、既にダンジョンではないとして、立入禁止範囲から除外されていた。


 新ギルドマスターのアイアンが、『鉄塊』と数人のギルド職員と共に、『救急くん』破壊パーティーを連れてやってきた。


 保管庫で、パーティーの身ぐるみを剥いだ後、全員に魔法の使用を封じる呪いの腕輪を装着させ、魔法で眠らせた後、『はいたつくん』に地下深くまで運ばせるという段取りだ。


 自分の足で歩かせて、現地についてから眠らせるという方法もあったが、それだと行きの道を覚えてしまう可能性があるとして、不採用だ。


 目隠しをして歩かせる手もあったが、意識があるままだと、途中で逃げたり暴れだしたりする恐れがあるため、やはり不採用。


 眠らせたパーティーを、地下の適当な場所に放置した後、お情けで一本、火のついた松明を近くに置いて、相手をその場に放置してくるという流れだった。


 松明が消える前に、眠りから覚めるか否かも、その後の生存の可能性に関わってくる。


『救急くん』破壊パーティーの武器や防具、宿屋にあったリュックサックなどの荷物は、すべて保管庫に運び込まれていた。


 もし、彼らが地上に戻ってこなかった場合は、初心者パーティーのための無料貸し出しアイテムとして、以後、有効に活用される予定になっていた。


 それまでは、この場所で保管だ。


 手続きとして、預かるべき武器や防具、リュックサックの中身を、ギルド職員と『救急くん』破壊パーティー本人で照らし合わせて、リストを作成する。


 いずれにしても、探索者ギルドのすべき仕事で、俺には関係ない話だ。


 俺が、『救急くん』を製作している傍らで、『救急くん』破壊パーティーとギルド職員が、持ち物の照らし合わせを行っている。


 もともと、静かな作業ではあったが、突然、嫌な沈黙と空気が流れた。


 俺は、顔を上げ、様子を見た。


 机を挟んで、机の上に広げられたリュックサックの中身を、『救急くん』破壊パーティーとギルド職員が見つめ合っている。


 アイアンと、『鉄塊』のメンバーも、同様に、机の上を見ていた。


「どうした?」


 立ちあがって、何歩か近づいて、俺も机の上のそれを目にした。


 夫婦石の片割れだ。


『救急くん』のゴーレム核として使用されていた物ではない。


 探索者ギルドで売られている、『救急くん』に助けに来てもらうための夫婦石だった。


 誰が所有している夫婦石か、ギルド側の記録と齟齬が生じると困るため、探索者間の夫婦石の譲渡は禁止されている。


 だとすると、奪った物か?


 こいつら、『救急くん』だけでなく、直接、探索者も手にかけていたのだ!


「誰のだ?」


 俺は、訊いた。


「お前ら、誰を殺したんだ?」


 判断に困る、『救急くん』破壊だからこそ、迷宮の御意思に委ねるのであって、直接、探索者に手をかけていたのだとしたら、判断は簡単だ。速やかな、死罪である。


「この街に来てすぐ、自分たちのために買った物だ。初めてのダンジョンで、噂に聞く、『救急くん』による安心が欲しかった」


 うつむきながら、リーダーが応えた。


「事実か?」


 いつもの『救急くん』担当職員に、俺は訊いた。


 職員は、夫婦石所有者のリストをめくり、パーティーの名前が確かにあることを確認した。


 持ってきた、控えの夫婦石とも反応した。


 リーダーの言葉は事実だ。


「ということは、地下で『救急くん』を待つ者がどういう気持ちかは想像できてたんだな」


 不安を感じたからこそ、夫婦石を買ったはずだ。


 俺は、彼らの夫婦石の片割れを手に取ると、親指で弾いて、ぴんと飛ばした。


 リーダーがキャッチする。


「じゃあ、次は、想像じゃなく、待つ気分を実際に味わってみろよ」


「百斬丸。こいつらを、助ける気か」


 アイアンが、声を上げた。


「助けるかどうかは、俺じゃなく、迷宮が判断する。俺は、『救急くん』を送るだけだ」


「回復アイテムを送っては、意味がない」


 俺は、首を横に振った。


「送るのは空荷からにだ。武器や回復アイテムじゃないんだから、石ころ一つ、取り上げなくても構わないだろ。せっかく夫婦石を買ったのに、『救急くん』が届きませんでしたじゃ、ボタニカル商店の信用にかかわるんだよ。そのへんの魔物じゃ、『救急くん』は壊せない。持ち主が先に死ぬか、誰かに破壊されない限り、アイテムが必ず届くようにつくったんだ」

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