第64話 新会長

               20


 俺と『鉄塊』が、簀巻きにした『救急くん』破壊パーティーを、理事会会場に運び込んだのは、そんな折だった。


「ちわぁ。配達です」


 最近、ゴーレム屋しかしていなかったので、久しぶりの配達業務だ。


 当初の予定では、ここからエチーゴが『救急くん』破壊の黒幕であるという事実を明らかにしていき、探索者ギルドから、エチーゴを排除しようという手筈であった。


 のだけれども、多分、ドヤ顔で部屋に入った俺たちを迎えたのは、間の悪い人を憐れむような痛い視線と、「ああ、ご苦労様」という、ヴェロニカの気のない言葉だった。


「ごめんねぇ。そのくだり、もう終わっちゃったのよ」


 しゅんとする俺たちを尻目に、探索者ギルドの臨時理事会は滞りなく進められ、各ほにゃらら・・・・・会の会長の職指定ではなく、各会から推薦された一名を、探索者ギルド理事会の議決による承認を経て、ギルドの理事とする仕組みに、規約が改正された。


 とはいえ、通常は、各会とも自分たちの会長を推薦するため、実際は何も変わらない。


 エチーゴみたいな特殊事例を排除するための、予防措置だ。


 臨時理事会が閉会し、暫時休憩となっていた全店長会の総会が、オブザーバーとして探索者ギルドの全理事参加の下、再開され、ヨロッヅ・ヤオが後任会長に選出された。


 エチーゴ屋系列の各店舗の店長たちは欠席だ。とても、会議どころではないだろう。


 順当ならば、売り上げ第二位のディコク屋がなるところだが、本人が固辞したため、ヨロッヅ屋が繰り上がった。


 常にニコニコとしている、ディコク曰く、二番手にいて漁夫の利を攫う方が性に合っている、とのことだった。


 公の場で、言うべき発言であるか否かは、わからない。聞かなかったことにしよう。


 現役探索者理事の誰かから、「ヴェロニカを会長に」の声が上がり、面白がったヨロッヅとディコクが、「ぜひに」と、本気でヴェロニカを口説く一幕があったのは、余談である。


「探索者ギルドと全店長会の間にできた溝を埋めたい」という、大手二商店の希望だったが、「嫌よ、面倒くさい」のヴェロニカの一声で、話は消滅した。


 ただし、全店長会の総会の際には、なるべくヴェロニカも出席する、という条件付きだ。


 ヨロッヅが、ヴェロニカと話をつけた。


 ヴェロニカも承知しているという前提の話であれば、今後、全店長会から探索者ギルドに要求を突き付けても、ギルドも無碍むげには取り扱えまいという、判断だろう。


 だとしても、その前に、ヴェロニカを納得させるくだりが必要となるわけだが、そこは何とか話をつけられるという自信が、ヨロッヅにはあるようだった。


 実際、ヴェロニカも、たった今、ヨロッヅの話を断り切れずに条件を飲まされた。


 俺も、ボタニカル商店ダンジョン内営業所の店長として参加していたが、ヨロッヅの怖いもの知らずぶりを、ひやひやと見守ったものである。実際、なかなかのタマだった。


「わかったけど、あたしだけ会議なんかに出さされるのは嫌だから、あんたらも、ギルドの理事会がある時には、絶対に・・・出席しなさいよ」


 とばっちりが、ギルドの現役探索者理事に飛んだのは、ご愛嬌だ。


「へーい」と、全員、一言も不満を言わずに、了承した。


 ヴェロニカの御威光の凄さに非探索者理事全員が、ぽかんとした。


 うちのかみさんは、『魔王の玉座』が似合う程度には、俺も含めて、荒くれ者たちから崇拝されているのだ。


 エチーゴは、誰を敵に回そうとしているか、よく確認をしておくべきだった。


 その点、懐柔策を取ったヨロッヅ・ヤオの判断は、適切だ。


 全店長会の総会が閉会した後、再度、探索者ギルドの臨時理事会が開かれ、ヨロッヅ・ヤオの非探索者理事就任が承認された。


 次いで、今回の一連の騒動の責任を取るという名目でギルドマスターが辞任し、後任ギルドマスターに『鉄塊』のアイアンが、就任した。


 面白がった現役探索者理事の誰かが、「ヴェロニカをギルドマスターに」と言い出し、一盛り上がりあったくだりは、やはり余談だ。


 シャインが、一番騒ぎを面白がっていた。


 さては、こいつ、裏で誰かに言わせたな。


 ヴェロニカギルドマスター案は、ヨロッヅ・ヤオとアイアンが大乗り気だった。


 ヨロッヅは、全店長会の探索者ギルドへの影響が高まるため。


 アイアンも、できれば、本当は苦労などしたくないという理由からだ。


 二人とも、ヴェロニカの、うっせぇわ、の一言で沈黙した。


 引退したギルドマスターの今後はというと、かみさんと、のんびり温泉を回るらしい。


 もうすっかり、俺には他人事ひとごとだという顔をしていた。


 人気だな、秘境温泉。


 最後に臨時理事会は、『救急くん』破壊パーティーの処遇を決定した。


 エチーゴが退場したからといって、実行犯を不問にはできない。


 エチーゴ曰く、最大八十四人もの探索者の命が失われた事件である。


 けじめは、必要だ。


 処遇は、『迷宮の御意思に委ねる』だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る