第63話 不誠実

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 大会議室の中央に陣取っているあたしに、


「姐さん、その姿は久しぶりだね。やっぱり似合ってるよ」


 シャインが軽口を叩いた。


「まだ、捨てたもんじゃないでしょう?」


「少し、窮屈そうだぜ」


 誰かが言った。


「焼くよ」


 あたしは、空中に火の玉を発生させた。


 すぐに消す。


 ハハハハハ。


 と、現役探索者理事たち皆が笑い合った。


 非探索者理事たちは、居心地が悪そうだ。


 そもそも、現役探索者理事たちは、探索者ギルドに控えていた。


 伝令役のギルド職員から、エチーゴ屋本店の店内で時間を潰していた非探索者理事たちが大会議室に入ったという報告を受けて、やって来たのだ。


「臨時理事会の成立が確認されたところで、さっそく議案説明に入りたい」


 ギルドマスターが、重々しく口にした。


 エチーゴは、呆然とした顔だ。


 現役探索者理事が、これだけ集まる機会は、経験豊富なエチーゴ理事であっても、在任中に一度もなかったはずである。


「その前に確認しておきたいのですが」


 空気を読まずに、ヨロッヅ・ヤオが手を上げた。


 大手商店系売り上げ第三位、ヨロッヅ屋グループの会長だ。


 多分、あたしより、マルくんよりも若い。


 おかっぱで、糸のように細い目の男だった。


 ヨロッヅ屋は、最近、会長が交代したと聞いていたが、あたしとは、初対面だ。


 前会長の孫である。


 父親もグループにいるはずだが、祖父である会長が後継者に指名したのは、孫であるヤオだった。


 グループの経営を、長期間、盤石にするためとか何とか、そんな理由らしい。


 業界では、一時、話題になったようだ。


 あたしも、業界の端っこにいる人間だが、元々、興味がない話なので詳しくは知らない。


「何ですかな?」と、ギルドマスター。


「『救急くん』に納められるポーションは、どこの店からの仕入れでしょうか?」


 ヨロッヅ・ヤオが訊ねた。


 今、訊くような話題ではない。


 ギルドマスターは、怪訝そうな顔をした。


「全店長会さんに納品をお願いしましたが、具体的な店名までは」


「なるほど」


 ヤオは、頷いた。


「以前、『救急くん』の保管庫を視察しましたが、エチーゴ屋さんのポーションが置かれていました。我々への依頼とは知りませんでしたが、ディコク屋さんは、ご存じでしたか?」


「いや、知りませんな」


 全店長会、ナンバー2のディコクは、ニコニコと微笑みながら、首を振った。


 まだ若いヨロッヅ・ヤオとは違って、こちらは、好々爺だ。


「そうですか」と、ヨロッヅは、エチーゴに顔を向けた。


「エチーゴ会長。あなたは、我々に対してすら誠実ではありませんね」


 ヨロッヅは、断言した。


「ここは、潔く身を引かれては?」と、さらに畳みかける。


「何を!」


 エチーゴは、怒りのあまり、口をパクパクと開閉させた。


「このまま、会長が探索者ギルドの理事を解任されてしまうと、全店長会の外聞は、非常に悪くなります。もし、ボタニカル商店さんのおっしゃるとおりであれば、ギルドは、エチーゴ屋系列の店舗を、『要注意商店・・・・・』に認定せざるを得ないでしょう。早晩、廃業は確定かと」


「ボッタクルが、儂を陥れようと嘘をついているのだ」


「かも知れませんが、将来、認定を覆すまでの売り上げ減少を、乗り越えるだけの体力がグループにはおありですか? 個人的には、今のうちに店を畳まれ、すべてを換金されて、街を去られた方が得策と存じます」


 ディコクは、ニコニコと微笑んでいるだけである。


 ヨロッヅを肯定も否定もしないが、心の天秤がどちらに傾いているかは明らかだ。


 ヨロッヅ・ヤオも、ディコクも、さすがの変わり身の早さだった。


 もはや、エチーゴ屋には、探索者ギルドに対する勝ち目がないとみるや、容赦なく、切り捨ててくる。


 事実、エチーゴは、誰に対しても誠実ではなかったのだから、仕方ないだろう。


「くどい。ボッタクルが、儂を陥れようと嘘をついているのだ」


 エチーゴは、強気に繰り返した。


「ところで、ギルドマスター、もう一つ確認したいのですが」


 ヨロッヅ・ヤオが、ギルドマスターに問いかけた。


「なんでしょう?」


「探索者ギルドの理事の扱いは、探索者のそれに準じるのでしょうか? 判断に迷う事態が生じた場合、迷宮の御意思に委ねられるのか否かという話なのですが」


 現役探索者理事であるならば、もちろん、当然、迷宮の御意思に委ねられる。


 だが、非探索者理事の場合は、どうなるのだろう?


 仮にも、探索者・・・ギルドの理事である。


 準じて当然、といった考えがあっても不思議ではない。


 だが、探索者ではないからこそ、現役探索者が、理事の三分の二以上を占めるようにというルールが、意味を持つ。


 極めて黒に近いと思われるエチーゴの言が、それでも正しいか否か、判断しようという場合に、迷宮の御意思に委ねるという決定は、『あり』や『なし』や?


『あり』となれば、エチーゴを待っているのは、もちろん死だ。


 だが、店を売ってお金に換えれば、一生、困らずに生きていける財産は残るはずである。


 エチーゴは、老人の独り身だ。余生など、残り少ない。


「く」


 ギルドマスターが見解を口にする前に、エチーゴは、屈服した。


「突然だが、一身上の都合により、全店長会の会長を辞任したい。あわせて、探索者ギルドの理事も辞任したい」


 急な体調不良を利用に、そのまま、エチーゴは大会議室を後にした。


 あたしも、ギルドマスターも、現役探索者理事も、非探索者理事も、全員、ぽかんとして、部屋を出ていくエチーゴを見送った。


 ヨロッヅ・ヤオとディコクの二人だけは、満足げだ。


 こいつら、エチーゴを失脚させる機会を、ずっと狙っていたな。


 全店長会終身会長などという立場のエチーゴを、ずっと邪魔に感じていたのは、あたしたちよりも、二人の方が上だろう。


「失礼。お騒がせしました」


 ヨロッヅ・ヤオは、清々しい笑みを見せた。

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