第62話 根回し
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昨晩。
「店がなくなるわけじゃないんだろう? もし、ボッタクルが、ギルドの『
ある探索者パーティーのリーダーは、アイアンに言い放った。
「いや、使うな」
アイアンは、苦笑しつつも、即答した。
「だろ。むしろ、そのほうが店がすいて嬉しいくらいだ」
ボタニカル商店を利用している、多くの深層階探索者の意見は同じだろう。
最近のボタニカル商店は、とにかく利用者が多すぎる。
一人当たりの、アイテムの販売制限すらある始末だ。
回復アイテムは、ある程度、魔法で賄うからいいとしても、『はいたつくん』の納期に、時間がかかるのはいただけない。
深層階を探索するパーティーは、誰もが『はいたつくん』を求めていた。
唯一無二のサービスであるため、ボタニカル商店以外での代替は効かない。
酒場で、色街で、宿屋の一室で。
昨晩、街の各所で、密やかに会合がもたれていた。
ギルドマスターとアイアンが手分けをして、現役探索者理事であるパーティーのリーダーを訪ねてまわったのだ。
明日、探索者ギルドの臨時理事会を開催するので、何はなくとも出席してほしい、という、お願いである。
返事は、誰もが、面倒くさいから嫌だ、の一言だった。
まったく探索者らしい回答だ。
このままでは、ボタニカル商店が、ギルドの『
さもありなん、と感じた、アイアンだった。
自分の命を、信頼できない奴に託すのは、まっぴらだ。
『
アイアンも、異論はない。
「全店長会は、ゴーレムを入洞禁止にするつもりだ。自分の店で取り扱えない商品の存在が気に入らないのだろう」
「それは困るな」と探索者。
「うちもボッタクルに『はいたつくん』を頼んだばかりだ」
そもそもエチーゴは、探索者が生き残って古参の探索者になることが気に入らないのだ。
経験を積んだ探索者は、初心者騙しのエチーゴ屋系列の店を利用しなくなるし、初心者は、古参の探索者を真似したがる。
生き残っている古参の探索者が増えれば増えるほど、真似をする初心者探索者も、エチーゴ屋系列の店を利用しなくなるのだ。
単純に古参の探索者になればなるほど、発言に重みが増すので、万が一、理事となり、探索者ギルドの理事会に出て来られるようだと、意のままに操られなくなるので迷惑だ。
エチーゴの真意は、そんなところだ。
だからこそ、探索者ギルドの臨時理事会へ、現役探索者理事に出席するよう求めているアイアンなのだが。
「だが、まあいいだろ、俺まで行かなくても。誰か他の奴が出てくれるさ」
というのが、次の言葉だった。
とはいえ、今まで、誰も出てこない実績があるからこその、今回のお願いだ。
「そうするとヴェロニカが困ることになるな。エリクサーを買う金が溜まらなくなる」
「わかった。必ず行く」
と、そこまでが、アイアンやギルドマスターと、現役探索者理事で取り交わされた一連の流れだった。ほぼ、どこのパーティーでも同じ展開だ。
古参の探索者であれば、ほぼ全員が直接、間接に、ボタニカル商店に命を救われていた。
最近は、『救急くん』の運用もあり、新人探索者たちであっても、ボタニカル商店に命を救われた経験があると言っても過言ではない。
ボタニカル商店が、ヴェロニカの足を治すために、エリクサーを探し求めている経緯は、深層に潜れるほどの探索者であれば、誰もが知っていた。
いつか、エリクサーがオークションに出された時に、競り落とせるだけの金を稼ごうとしていることも。
誰もその邪魔はしたくない。
もしも、自分が地下でエリクサーを入手する奇跡に恵まれたならば、誰がいくらの値をつけて欲しがろうとも、まずはボタニカル商店に運び込むとも決めている。
値段交渉は、その後だ。
その程度には、ボタニカル商店と古参の探索者たちの信頼関係は深かった。
「臨時理事会をやる話は、身内にも内緒だぞ。どこで、エチーゴが聞きつけて邪魔が入るかわからん」
「わかった」
「じゃあ、明日、探索者ギルドで」
「うむ、明日」
そう言いあって、アイアンやギルドマスターと、現役探索者理事たちは別れたのだ。
昨晩、密かにそのような根回しが行われていた。
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