第60話 臨時理事会

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「何を言い出すかと思えば」


 エチーゴは、呆れたような目で、あたしを見ると、軽く笑った。

まったく動じていない。


 もともと、あたしが、『救急くん』破壊を魔物の仕業だとは思っていないことなど、お見通しだろう。


 当然、自分が疑われているというか、真犯人だとばれているぐらいは思っているはずだ。


 あたしが乗り込んできた時点で、何か言いだすのは分かり切っている。


 虚を突けたわけではないのだから、天下のエチーゴが顔に出すようなヘマはすまい。


 虚を突かれても、素知らぬ顔で話を続けられなければ、商人失格だ。


「やはり、議決の邪魔ではないか。妄言はさておいて先に進みたいが、皆さんいかがか」


 大手三商店系列に属している各店長から、異論の声は上がらない。


「聞き捨てがならないな。エチーゴ会長が、『救急くん』破壊の黒幕だという理由は?」


 もともと、あたしと示し合わせていたギルドマスターが、声を上げた。


 あたしは、答えた。


「『救急くん』が魔物に破壊されたって言うけれど、うちとしては、地下四、五階の魔物に壊されるようなヤワな子はつくっていないのよ。だから、壊したのは誰か人間」


 あたしは、懐から精霊石を取り出し、皆に見えるよう、親指と人差し指でつまんで右手を上げた。


 皆の視線が、あたしの指につままれた精霊石に集中する。


 気は引けたようだ。誰も、議決の続きを、とは言いださない。


「で、犯人を突き止めようと、『救急くん』を改良したの。もともと『救急くん』のゴーレム核には、紙のお札を使っていたのだけれど、今は、これと同じ精霊石を使っている。おかげで、大赤字よ」


 出席者たちから、息を吐く声がした。


 想像した赤字の大きさに、ため息が出たのだろう。


「『救急くん』を壊しているのが探索者で、壊した『救急くん』から、こんなのが出てきたら、どうするかしら? 依頼人から何も拾うなと言われてても、拾わないという手はないんじゃない。でもね」


 あたしは、上げていた手を下げると、右手でつまんでいるのとは反対側から、左手の親指と人差し指でも精霊石をつまんだ。


 指を引くと、精霊石が二つに分かれる。


「この石は、夫婦石にもなってるの」


 あたしは、左手の精霊石から手を離した。


 離された精霊石は、床には落ちず、右手にある精霊石に吸い寄せられると、切断面で磁石のように、ぴたりとくっついた。


「壊れた『救急くん』の精霊石を持っていた犯人が捕まったわ。エチーゴに依頼されたと言っているそうよ」


 室内の出席者たちから、どよめきがあがった。


 エチーゴが、そこまで探索者ギルドに対して挑戦的な悪事を働いているとは、思っていなかったのだろう。


 せいぜい想像していたのは、既得権益を奪われまいとするために、うちの店を潰そうとしている、といったところか。


「嘘だ」


 エチーゴは、立ちあがった。


「この女は、儂を陥れようと嘘をついている」


 あたしは、にこりと微笑んだ。


「かもしれないわよね。あたしの言葉が正しいかの調査は、探索者ギルドに任せるわ」


 あたしは、ギルドマスターに丸投げした。


「仕方あるまい」


 ギルドマスターは、事務局の人間に声をかけた。


「外に探索者ギルドの理事がいるはずだ。呼んでくれ」


 担当職員が、会議室後方の扉を開けて出て行った。


 すぐに戻る。


 全宿屋会、全食堂会といった、探索者ギルドの理事を務めている、他の全ほにゃらら・・・・・会の会長たちが続々と入って来た。


 入って来た面々の顔を見たエチーゴは、唖然とした顔立ちだ。


 理事と言っても、せいぜいアイアンぐらいだと思っていたのだろう。


 だが、実際に入って来たのは、普段、そのへんにいるはずのない忙しい人たちだ。


 ギルドマスターが、事前にここへ来るように手配していたのでなければ、この場にいることはありえない。


 なのだけれども、その事実を、エチーゴは聞かされていないのだから、唖然とだってするだろう。


「どういうことだ!」


 エチーゴが、ギルドマスターに詰め寄った。


「これから、探索者ギルドの臨時理事会を開きます」


 ギルドマスターは、淡々と答えた。


「儂は、何も聞いてないぞ」


「臨時ですからな。今、言いました」


「何も聞かされていないのは我々も同じですな」


 ギルドマスターとエチーゴの会話を聞きつけた、全宿屋会だか、全食堂会だかの理事が、口にした。


「ぜひ、説明していただきたいところです」


 部屋に入って来た理事たちの多くは、座るべき席もなく、立ったままだ。


 まだ、全店長会が開催されている最中だ。


 座席は、すべて埋まっていた。


 事務局職員が、慌てて、椅子を取り出して並べている。


 ギルドマスターが、立ちあがって、室内の全店長会出席者に対して告げた。


「あー、これから探索者ギルドの臨時理事会を開く。悪いが、ギルドの理事ではない全店長会の方々は退室してくれ」


 席についている、全店長会出席者たちが、一斉に、議長席のエチーゴの顔を見た。


 エチーゴが頷く。


「全店長会は、暫時休憩だ」


 各大手商店系列の店長たちが席を立ち、椅子を理事たちに明け渡した。


「はい」と、あたしは手を上げた。


 ギルドマスターとエチーゴが、あたしを、じろりと見た。


「あたしは、もう帰ってもいいわよね。調査は、ギルドマスターに預けたし」


「いや、同じ話を臨時理事会でもしてもらいたい。議案の補足になる」


 ギルドマスターだ。


「それから、全店長会の両副会長にも残っていただきたい。経緯を未届ける者が必要だ」


 指名されたのは、三大大手商店系列の二番手と三番手の会長だった。


 売り上げ第二位ディコク屋グループと第三位ヨロッヅ屋グループだ。


 出るべき人間が去り、入って来た全員が、何とか、席に着いた。


 ギルドマスターとエチーゴは、お互いの席を交代している。


 全店長会では、エチーゴが議長席についていたが、探索者ギルドの臨時理事会となった今、議長席には、ギルドマスターがついていた。


 あたしは、変わらずに、□の中央だ。


「それで議題は何だ?」


 開催中の自分たちの会合を邪魔され、不機嫌を隠そうともせずに、エチーゴが口にした。


 理事会は、理事会長の招集により開催される、と規約にある。


 ギルドマスターが立ちあがり、本日の招集の趣旨を説明する。


「各会出身の理事の皆さんには、これまで各会の長の職にある者を指定して探索者ギルドの理事とさせていただいておりましたが、この度、職指定では探索者ギルドとして適当ではない人物が理事の職に就く可能性が懸念されましたので、今後は、各会から一名を理事とする総枠は変えずに、各会からの理事候補の推薦に対して、理事会での議決による承認を得た者を、探索者ギルドの理事とする方法に改めたいと考え、本日の臨時理事会の招集に至ったものであります」

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