第59話 自白

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 エチーゴ系列の探索者たちは、目を覚ました。


 手足を縛られているので、芋虫のようにもごもごと動きながら身を起こして、床に座る。


 猿轡さるぐつわはしていない。


「リーダーは誰だ?」


 俺は、縮こまっている六人に問いかけた。


「俺だ」


 案の定、俺の前の男が返事をした。


「おまえらが『救急くん』を破壊したんだな」


「何のことだ?」


 俺は、リーダーの股の間に、先ほど回収した精霊石の布袋を、口を開けたまま、ぽんと投げた。


 中身の精霊石が二つほど、転がって表に出る。


「その石は、『救急くん』の中にあったものだ」


 男は、薄く笑った。


「確かに『救急くん』の中にあった物だが、拾ったものだ。ギルドに報告して、言いくるめられて取り上げられたくはないから黙っていた。遭難した探索者の持ち物は、見つけた人間の物になるのが本来だろ」


「ああ」


 俺は、頷いた。


 命を懸けて地下に潜るのだから、それぐらい、当然の報酬だ。


 志半ばで、地下で倒れる探索者にとっても覚悟の上である。


 ただし、他人の縄張りで仕事をする以上は、相手が決めたルールに従う義務があった。


 ダンジョンは、探索者ギルドの縄張りだ。


 ギルドは、探索者間の私闘を禁じている。


『救急くん』は、探索者に準じる扱いだと、ギルドは決めていた。


 したがって、『救急くん』の破壊は禁止事項だ。


 べつに、ルールを守れ、と言っているわけではない。


 そんなもの、俺だって、散々破ってきた。


 ルールを守りたくないならば、ルールを覆らせるだけの力を示せというだけだ。


 ギルドが何を禁じたところで、ギルドの追っ手を、全員、返り討ちにするだけの力を持っていれば、ルールなど最初からないのと同然だろう。


 自分のやりたいことだけ先にやってしまって、実力不足でした、許してください、というわけには、生憎、いかない。


 ここで、俺たちを退けてみせてくれれば、いいだけだ。


 俺だって、今でこそ、たまたま探索者ギルドの側についているが、仕事の内容と報酬が釣り合えさえすれば、何だって引き受ける信念に揺らぎはない。


 今までも、そうしてきた。


 大体は、釣り合いが取れないから、やらないだけである。


 もし、エチーゴが、エリクサーをやるから見逃してくれと言うなら、よろこんで見逃す。


 探索者ギルドが、俺がエリクサーを手に入れる邪魔をするというなら、相手になろう。


 もっとも、エチーゴ側の釣り合いが取れないだろうから、そんな話はでてこないが。


 そもそも、エチーゴは、エリクサーを持ってなどいないはずだ。


 持っていないよな?


「本当にお前らが『救急くん』を破壊していないならな」


 まったく、相手を信用していない俺は、冷たく言った。


「本人に聞いてもいいか? ゴーレムは自分を倒した相手の顔をおぼえているぜ」


「あん?」


 男は、怪訝そうな顔をした。


 男だけではなく、パーティー全員だ。


 アイアンほか、こちら側の面々は、俺がこれから何をしようとしているか知っているから、無反応だ。


 俺は、懐から、紙のお札の束を取り出した。七枚ある。


「破壊されていた『救急くん』のゴーレム核だ」


 ゴーレム核が、まだ、お札だったころの話である。


 俺は、相棒の『はいたつくん5号』に視線をやった。


「『はいたつくん5号』、テーブルを破壊しろ」


『はいたつくん5号』は、鉄のかぎづめを振り上げた。


 振り下ろす。


 テーブルは、粉々に砕け散った。


 事前に騒がしくすると言っておかなかったら、また、主人が確認に来るところだ。


 これくらいならば、俺の中では、ほどほどの範疇に入っている。


 俺は、『はいたつくん5号』の背中を開いた。


 中身は、空っぽだ。


 奥に貼られた、ゴーレム核であるお札が、露になった。


 俺は、『はいたつくん5号』のお札を剥した。


 代わりに、『救急くん』のゴーレム核だったお札の一枚を貼り付ける。


 俺は、『はいたつくん5号』が転じた『救急くん』に命令を出そうとして戸惑った。


 今貼ったのは何号だ?


 ゴーレム核が、お札時代の『救急くん』で破壊されたのは、2号、4号、5号、6号、8号、9号、13号だ。


 今度から、お札をゴーレム核にする時には、片隅に名前も書いておくことにしよう。


 とりあえず、若い番号から試す。


「『救急くん2号』、お前を倒した相手を殴りつけろ」


 無防備な状態で、かぎづめで殴りつけられれば、ただでは済まない。


『救急くん』は、動かなかった。


「ふむ。『救急くん4号』、お前を倒した相手を殴りつけろ」


 はずれ。


「『救急くん5号』、お前を倒した相手を殴りつけろ」


 はずれ。


「『救急くん6号』、お前を倒した相手を殴りつけろ」


 はずれ。


 どうして、こういう時の引きは、こうもうまくいかないものだろうか?


「『救急くん8号』」


 ぴくりと、ゴーレムが反応した。


「待て!」


 俺の言葉を遮るように、リーダーの男が叫んだ。


「目の前のベッドを殴りつけろ」


『救急くん8号』は、かぎづめを振り上げ、振り下ろすと、ベッドを粉砕した。


 あたりだ。


「何か言ったか?」


 あらためて、俺は、男に訊いた。


「『救急くん』を破壊したのは、俺たちだ」


 力なく、男はつぶやいた。


「なぜ?」


「エチーゴ会長から依頼された」


 聞きたかったのは、その言葉だ。


「キャシー」


 俺は、ロイヤル三姉妹の一体の名前を呼んだ。


 途端に、緑がかった丸い発光体が天井付近に現れる。


 もともといたが、光量をしぼっていたため、目立たなかったのだ。


 連絡手段として、ヴェロニカがお供につけてくれた、ロイヤル・ウィスプだ。


「ジェーンに連絡だ」


 応えるように、緑のキャシーが、ぱしゅっ、と光った。

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