第57話 合図

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 エチーゴ屋本店三階大会議室。


 事務局から出席人数と委任状人数の報告があり、本日の総会が成立する旨が確認された。


 規約により、全店長会の終身会長であるエチーゴが、総会の議長の任につく。


 あたしの真ん前だ。


 議題は、探索者ギルド理事会への全店長会からの議案の提出について。


 事務局から、全店長会として探索者ギルドに提出を行いたい議案の内容と提案の趣旨が説明された。


 曰く、


『救急くん』の廃止と運搬・販売用ゴーレムの入洞禁止を提案したい。


 いつでも地下で回復アイテムを入手できるという状況は、三分の一ルールの形骸化を招いており、十分な回復手段を持たずに探索に出てしまう探索者が増えている。


 運搬や販売用のゴーレムが誤作動を起こさないとは限らず、魔物による破壊で、『救急くん』が、必ず遭難した探索者の元へ辿り着けるとも限らない。


 いつか、重大な事故が起きてからでは遅いので、即刻、廃止するべきである。

といった内容だ。


 補足説明として、各種ゴーレム運用開始以前と以後の、探索者パーティーが所持する回復アイテム数と持ち物全体に対する回復アイテムの割合の推移が、グラフで提示された。


 魔法による回復は、ひとまず、除外されている。


 なるほど、グラフは、どちらも右肩下がりに下がっている。


 懸念が事実であるとするならば、探索者たちの身の安全を守るためにも何か手を打たなければならないだろう、と考えてしまう程度には、衝撃的だ。


 調査元となるデータは、普段、エチーゴ屋系列の店舗を利用している、地下二階以深へ潜れる探索者へのアンケート結果ということであった。


 さすがに地下一階止まりの初心者ルーキーを対象にしてしまうと、三分の一ルール以前に、回復アイテムを持っているかいないかの二択になる。


 とはいえ、エチーゴ屋を利用するような探索者に、そもそも『はいたつくん』を所有できたり、地下七階の安全地帯で『販売くん』を利用できるような実力者は、ほとんどいないはずだ。


 浅層階での探索が、メインの連中である。


 まだ、十分な装備も整っていないため、回復アイテムを買わなくてもすむのであれば、その分の費用を、装備の拡充に回したいだろう。


 であるならば、最低限の回復アイテムのみを持って、万が一の事態への対応は、『救急くん』に託すという選択を取るのは当然だ。


 エチーゴ屋系列の店舗を利用するような、世間知らずの駆け出し探索者たちほど、その傾向は高いはずである。


 要するに、エチーゴ屋系列は、ゴーレム一般化のせいで売り上げが落ちていた。

ゴーレム禁止を、エチーゴが言い出したとしても、我儘ではない。


 全店長会のあらゆる商店は、探索者に商品を売ることで成立している。


 何か商品の売り上げが落ちる問題があるならば、会として、障害を取り除こうとして当然だった。そこまでは間違ってはいない。


「由々しき事態だな」


 事務局の説明に対して、しかつめらしく、エチーゴは口にした。


「なんでも裏技とかいう方法があるそうではないか。回復手段がなくなったら、安全な場所に潜んで、『救急くん』がアイテムを持ってくるのを待つという。探索者たちが、事前に回復アイテムを買わなくなっては売り上げも落ちるし、そもそも危険だ。ギルドマスター」


 エチーゴは、オブザーバーとして、総会に参加しているギルドマスターに声をかけた。


 オブザーバーは、議決の権利こそないが、発言は許されている存在だ。


 議決の参考となる、様々な説明や助言を行う役割である。


「『救急くん』は、今までどれくらい魔物に破壊されたのか?」


「魔物の仕業によると限ったものではありませんが、当初十五体導入したものに対して、七体が破壊されています」


「ほぼ半数ではないか。追加分に対しては?」


「今日現在で三十二体の納入があったところ、同じく七体の破壊ですな」


「約二割か。探索者たちは、そんな来るか来ないかわからん物に命を託しているわけだな。『救急くん』が間に合わなかったために、死んだ者の数は?」


「今のところ、直接の因果関係が確認された事例はありません」


「ふむ。破壊された『救急くん』が全部で十四体。待っていたパーティーが、仮にすべて六人組だとすると、最大八十四人もの探索者が、『救急くん』のせいで死んだわけだ」


 エチーゴは、聞こえよがしに断言した。


 あからさまな、意識への刷り込みだ。


 議長として、適切な態度ではない。


 しかも、大分、詭弁である。助かった側の人数も、計算に入っていない。


 ギルドマスターは、苦々しく、エチーゴを睨みつけた。


「誘導発言ですな。『救急くん』ほか、各種ゴーレムを利用するようになって以降、探索者たちの生残率は上向いています」


「誤差だろう」


 エチーゴは、切って捨てた。


 生残率向上方面の話はしたくないらしい。


 ギルドマスターは、さらに何か言おうと口を開きかけたが、あたしは、首を振って止めた。


 今、取り交わしているのは、どうせ、茶番劇だ。


 議論の中身と関係なく、お互いのゴール地点は、双方、決めてある。


「皆さん、何か質問は?」


 エチーゴは、ギルドマスターが口をつぐんだのを見て、議決権のある出席者全員を見回すと、声をかけた。


 もちろん、あたしも含まれている。


「ボッタクルは? 特にないようならば、そろそろ議決をしたいのだが」


 わざわざの言い間違いありがとう。


 あたしの方も、そろそろだ。


「なぜ、『救急くん』を破壊しているのが魔物だと思うの? 人間かもしれないでしょ」


 あたしは訊いた。


「事務局、説明を」


 エチーゴに話を振られて、事務局担当者が応える。


「破壊された『救急くん』の元には、壊れていないポーションがそのまま残されています。人間ならば、ポーションを拾うでしょう。魔物が、獲物と誤認して『救急くん』を破壊したものと考えられます」


 あたしが、聞きたかった言葉だ。同時に、みんなに聞かせたかった言葉でもある。


「そう思わせる作戦ではないという根拠は?」


 担当者は沈黙した。


 その時、あたしの目の前の空間に、突然、光の精霊ロイヤル・ウィスプが、ぱしゅっと現れて、途端に消えた。


 やや、赤みがかっていた。ジェーンだ。


 マルくんからの合図である。


 捕らえた『救急くん』破壊犯の口から、予想通り、黒幕がエチーゴであると突き止められたならば、赤のジェーン。予想に反していれば、青のドミニクを、マルくんに同行させた緑のキャシー経由で連絡させ、光らせる。そういう手筈が整っていた。


 で、ジェーンだ。赤だが、エチーゴは、黒である。


「なんだ!」


 突然の閃光に、室内がざわついた。


 手筈を知っているギルドマスターは、動じていない。


 エチーゴも、すぐにあたしの仕業だと見抜いたようだ。


「議決の邪魔をする気か?」


「とんでもない。あたしも議決したいのよ」


 あたしは、エチーゴに微笑みかけた。


「緊急動議を提案いたします。『救急くん』破壊の黒幕である、全店長会会長の解任を求めます」

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