第56話 撒き餌

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 時間としては、全店長会の総会開始の少し前。


 俺は、アイアンら『鉄塊てっかい』のメンバー六人と共に、ある宿を見張っていた。


 エチーゴ屋系列の、ちょっと高級な宿である。


『救急くん』を破壊した犯人は、まだ捕らえられてはいない。


『救急くん』担当のギルド職員からの連絡を受けて、俺は、帰還したすべての『救急くん』のゴーレム核を、早々に精霊石に交換していた。


 ギルドマスターから注文を受けた百体の『救急くん』の補充も、順次、進めている。


 補充した『救急くん』のゴーレム核には、すべて精霊石を使っていた。


 大赤字だ。


 事態が収拾した暁には、『救急くん』のゴーレム核を、再び、紙のお札に戻すつもりだが、それまで、探索者たちに対しては、秘密である。不届きな考えを抱く者が出かねない。


 地下から戻らなくなっていた、2号、4号、5号、9号の残骸も回収している。


 他の壊された『救急くん』と同様、やはり打撃による破壊だった。


 救助に向かった各階の片隅で、何者かにより叩き潰されていた。


 救助を待っていた探索者たちは全滅だ。


 救助が遅れたためなのか、もともと、即死に近い全滅だったのかはわからない。


 破壊の衝撃で、『救急くん』の中身であるポーションの大半は割れていたが、偶々無事だったポーションは、他の破壊事例同様、持ち去られてはいなかった。

残骸の中に残されたままである。


 相手の目的は、もともと、ポーションではないのだと考えられた。


『救急くん』の破壊そのものだ。


 行きがけの駄賃としてもポーションを奪わない理由は、やはり、魔物の仕業であるという可能性を残しておくためだろう。


 偽装と呼ぶほどではないような、偽装工作だ。


『救急くん』を破壊したいだけの愉快犯という可能性もあるが、だとしたら、ただのバカだ。高いリスクを冒してまでやるような行為ではない。


 バレなきゃそれまでだが、探索者間の私闘は、探索者ギルドにより固く禁止されていた。


 バレた場合、軽くても、街からの追放。


 重い場合は、迷宮の御意思に委ねる、という裁きになる。


『救急くん』の破壊は、ギルドでは、探索者間の私闘に準じる扱いと定められており、複数の探索者の生死にかかわる案件であるため、重い罪だ。


 もし、探索者の仕業であるならば、迷宮の御意思に委ねなければならなかった。


『迷宮の御意思に委ねる』


 とは、武器・防具・アイテムの一切を取り上げ、さらに魔法も封じた状態の探索者を、眠らせた後、地下迷宮の奥深くに放置するという裁きである。


 無事、生きて地上まで帰還できたならば無罪、戻らなければ、死をもって罪を償ったと判断する裁き方だ。


 長く、地下での探索を続けていると、どういう偶然か、まったく魔物に出会わないまま、何処までも進めてしまえる瞬間がある。


 探索者たちは、その現象を、迷宮の御意思と呼んでいた。


 実際は、ただの偶然かもしれないが、迷宮が、探索者たちの前に魔物が現れないように望んだ結果だと考えられている。


 本当に迷宮に御意思があるのであれば、自身の中を歩くに足ると迷宮が認めれば、御意思に委ねられた探索者は、無事に地上へ戻れるだろう、


 そういう裁きが、『迷宮の御意思に委ねる』だった。


 別の言い方をすれば、わずかに生き残りの可能性を残した死刑である。


 ギルドが、自分の手を汚さない死刑という言い方もできる。


 今まで、迷宮の御意思に委ねられて、無事に戻ってきた者はいない。


 魔物の仕業か、愉快犯の仕業か、誰か悪意を持って『救急くん』の邪魔をすると決めた者の仕業かはわからないが、迷宮内を走るすべての『救急くん』のゴーレム核が、精霊石に置き換わって以降も、救助に向かった『救急くん』が戻らない事件は発生していた。


 幸い、補充により、一つの遭難に対して同時に複数以上の『救急くん』を向かわせられるようになっていたため、間に合うはずの遭難者が手遅れとなる事態とはなっていなかったが、いつ、そうなってもおかしくはない状況だ。


 もちろん、戻らない『救急くん』は、何者かによって破壊されていた。


 俺は、残骸を回収した。


 相変わらず、偶々、割れてはいなかったポーションの類は、残されている。


 担当ギルド職員に対しては、『救急くん』の能力向上のための交換だと、うそぶいたが、精霊石をゴーレム核としたのは、実は餌である。


 安価なポーションであれば拾わずに放置できるが、超高価な精霊石が、破壊した『救急くん』から転がり出てきて、見ている者が他に誰もいないというのに、拾わずにいられるものだろうか?


 もし、誰かがエチーゴからの依頼で、『救急くん』を破壊していた場合、魔物の仕業に見せかけるためにと、『救急くん』内のアイテムには手を出すなという指示が出ていることだろう。


 だが、エチーゴが、その誰かに対して、精霊石よりも高額の依頼費を支払っているとは思えなかった。


 俺だったならば、エチーゴの依頼をすっぽかして精霊石を拾って、即刻、街を出る。


 この街で売っては足がつく可能性があるからだ。


 はたして、新たに破壊された『救急くん』から、ゴーレム核である精霊石がなくなった。


 もしかしたら、ゴーレム核を交換した当初は、犯人も、ゴーレム核がお札から精霊石に変わった事実に気づいていなかったのかも知れない。


 精霊石は、お札同様、本体内に残されたままだった。


 ずっと、そのままだったならば、『救急くん』を破壊したのは、やはり魔物の仕業だったかと思ってしまうところだったが、いつからか、破壊された『救急くん』の中から、無事なポーションには変わらず手を付けず、精霊石のみがなくなるように状況が変化した。


 犯人は、強い意志で見つけた精霊石を拾わないよう、誘惑に抗っていたわけではないようだ。


 もしかしたら、最初は、抗っていたけれども、ついに心が挫けたのかも知れない。


 精霊石は、名前のとおり、一種の石である。


 石なので、ヴェロニカの魔法で、夫婦石の機能を負荷できた。


 俺は、『救急くん』のゴーレム核にする精霊石のすべてを、夫婦石にしていた。


 割るのが惜しくない、なるべくクズな精霊石を使ったが、食い詰め探索者たちには、それでも一財産だ。


 片割れは、もちろん、俺が持っている。


『救急くん』のゴーレム核である精霊石のどれかに、もし、地上に出たという反応があったならば、誰かが持ち出したためである。


『救急くん』の保管庫は、ダンジョン内の訓練場の一画だ。


『救急くん』として、活動している限りは、地上へ出ることはありえない。


 誰かが、地上へゴーレム核である精霊石を持ち出したためだと判断できた。


 だから、地上に精霊石の反応があった時が、捕らえ時だ。


 幸い、追跡は夫婦石の力で簡単である。


『救急くん』のゴーレム核を精霊石に変更したのは、そういう罠だ。


 はたして、ある時、『救急くん』の精霊石の一つが地上に出た。


 俺は、すぐに後を追った。


 街を出ようとしたところで捕らえるつもりだ。


 街の出入口であるならば、門番がいる。


 どの門番も、探索者ギルドとは昵懇じっこんだ。


 ギルドの指名手配だと伝えれば、捕縛に協力してもらえる。


 もし、俺ならば、精霊石を一つ拾った時点で、潮目が変わったと考えて、すぐ街を出る。


 けれども、相手は、俺より慎重な性格ではなかったらしい。


 相手は、その日、街を離れず、ただ、常宿に戻っただけだった。


 翌日以降も街に留まり、普通に地下へ潜る生活を続けていた。


 他にも、『救急くん』を壊そうというのだろう。


 精霊石が手に入る可能性に味を占めたかも。


 俺は、相手を泳がせることにした。


 相手が持っている精霊石が一つだけだと、たまたま、破壊された『救急くん』を見つけて手に入れた物だと、しらを切られる可能性もある。


 遭難した探索者の荷物は、本来、見つけた探索者の物である。


『救急くん』が探索者に準じる存在であるならば、遭難した『救急くん』から精霊石を拾っても、拾った探索者に罪はない。


 あるとしたら、ギルドに報告をしなかった罪だけだ。


 だが、複数の精霊石を持っているところを抑えれば、たまたま拾っただけという言い訳は通用しない。そんな偶然があってたまるか。


 もっとも、相手が一つしか精霊石を持たずにしらを切っても、だからといって、見逃すつもりはさらさらなかった。


 吐かせる方法は、いくらでもある。


 しばらく、泳がせようという判断は、穏便な対応だ。


 泳がせている間に、相手は、さらに四体の『救急くん』を破壊していた。


 五つの夫婦石の反応が、今、俺たちが見張っている宿の中にある。


 相手は、六人組パーティーであることが判明している。


 もしかしたら、あと一つ精霊石を手に入れれば一人に一つ、とか考えているのかも。


 俺と、アイアンらで、こちらは七人だ。


 人数的には、わずか一人だけの優位だが、実力的には圧倒をしているはずである。


鉄塊てっかい』は、現役最強パーティーの一角だ。


 通りに潜んで、宿を見張っている俺たちの目の前に、突然、光の精霊ロイヤル・ウィスプであるキャシーが現れた。やや緑がかった光の玉だ。


 ヴェロニカから、全店長会の会合が始まったという合図だった。


「行こう」


 俺は、アイアンたちに声をかけた。


 俺たちは、宿に乗り込んだ。

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