第55話 魔王の玉座
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全店長会の総会当日。
あたしは、エチーゴ屋グループ本店前に止めた馬車の荷台から、椅子型ゴーレムに座ったまま、ゆっくりと地面に降りたった。
荷台を幌で隠した、幌馬車だ。
馬車が止まるや、荷台から馬車後部の地面まで、御者が斜めに板を這わせて、ゴーレムが降りられるようにしてくれた。
あたしが座っているのは、店内用の、いつもの車椅子ゴーレムではない。
もっと幅広で、華美な装飾を施した、巨大な椅子だ。
四足歩行型のゴーレムになっている。
通称、『魔王の玉座』
以前、廃墟となった城で見た覚えのある、かつて、魔王が座っていたという玉座を真似して、この日のために、マルくんがつくってくれたものだ。
本当は、王侯貴族が乗るような馬車で乗り付けたかったのだけれども、流石に馬車の扉をゴーレムが通過できない。だから、諦めて幌馬車にした。
代わりに、幌自体を、滅茶苦茶、派手にしている。
白地に金糸で、お城のお姫様の天蓋付きベッドもかくやというほどの刺繍付きだ。
見たことはないけれど。
まあ、あたしの現役時代の魔女ローブとお揃いである。
同時に、今着ているあたしの衣服ともお揃いだ。
ていうか、現役時代の魔女ローブを、久々に引っ張り出して着ているのだ。
ほんのちょっとだけ、おなかが窮屈に感じたのは、マルくんには内緒だ。
幌馬車から降りるあたしを、すぐ下で、ギルドマスターが待っていた。
エチーゴ屋グループ本店は、探索者ギルドの目の前である。
ギルドは街の中心部にあるので、流石エチーゴ屋と言うか何と言うか、この街の一等地だ。
あたしがこの場所へ馬車で来るのにあわせて、ギルドマスターは、探索者ギルドを出て、あたしの元へやって来てくれた。
全店長会の総会へは、オブザーバーとしてギルドマスターも出席することになっている。
敵地へ一人で乗り込むのは心細いだろうからと、一緒に建物に入る約束をしていたのだ。
本当の敵地なら、外から火をつけて焼いてしまえばいいのだが、そういうわけにはいかないところが面倒くさい。
人間相手なので、きちんと言葉で、誠意を尽くして議論を交わす必要がある。
あたしは、エチーゴ屋グループ本店の建物を見上げた。
三階建てだ。
つまらないたとえ話だが、お城のように立派な建物だ。
本当のお城には勿論敵わないが、探索者ギルドの建物よりは、遥かに大きい。
エチーゴ屋グループが、いかに探索者を食い物にして育ってきたかを物語っていた。
エチーゴにとっては、自分が今まで築き上げてきた、グループの城そのものだ。
一階二階が店舗になっており、三階は事務方が働く階である。
縦よりも、横や奥に広い建物だ。
三階には、執務室だけではなく、大会議室も存在していた。
今まで出席した経験はないけれども、全店長会の総会は、いつも、エチーゴ屋本店三階の大会議室というのが、定番だ。
流石、本店だけあって、売り場面積も広かったが、売り場内の通路や、階段、玄関の扉そのものまで広く作られていた。
あたしの『魔王の玉座』でも、壁にぶつからずに悠々と歩ける。
この建物の通路も階段も広いという事実は、事前にギルドマスターから教えられていた。
だからこその『魔王の玉座』だ。
あたしは、のしのしと『魔王の玉座』を歩かせて、店に乗り込んだ。
客や店員が、遠巻きに様子を眺めている。
誰からの制止もない。
露払いを、ギルドマスターが務めてくれているためだ。
あたしが、魔女ローブを着ている理由は、死地に乗り込む際と同じ覚悟という意味だ。
対応する側は、それ相応の覚悟を持って迎えてほしい。
軽い気持ちで、喧嘩など売ってくれるなよ。
あたしは、エチーゴ屋本店の階段を、のしのし上ると、三階の大会議室に乗り込んだ。
大会議室内は、机が□の形になるように並べられていた。
上座には、総会の議長となる会長が座るべき椅子がある。
今は、まだ総会が始まっていないので、議長席には誰も座っていない。
エチーゴは、上座に一番近い□の右側の辺の最前列にある、控え席に座っていた。
総会開催の定刻後、規約により議長は会長が務めることになっている旨の宣言が事務局からなされるのを受けて、エチーゴは、議長として議長席に座ることになる。
定刻よりは、まだ少し前だが、大会議室内には本日の出席予定者全員が、既に集まっているようだった。但し、オブザーバーであるギルドマスターと、あたしを除く。
大会議室入口は、□の形の下座側にある。
対面が、議長席がある側である。
見回したが、あたしの席はない。
あたしの参加は伝えてあったし、たった今まさに、階段を上っているという報告も届いていたはずだが、地味な嫌がらせだ。
「ごめんなさい。ちょっと通らせていただくわ」
あたしは、目の前の下座に座る人たちに声をかけた。
答えを待たず、両手を振ると、椅子に座ったままの下座の人たちと机を、魔法で浮遊させて、空中で左右へ移動させる。
あたしは、『魔王の玉座』を部屋の中央、□の真ん中まで進ませた。
あたしの背後で、浮遊したままの椅子と机と人間を元に戻した。
ちょっとしたアトラクション気分を味わってもらえただろうか。
楽しんでいただけたならば、申し分ない。
ギルドマスターが、□の外側を回って、前にある自分の席に向かった。
エチーゴの隣だ。
ギルドマスターとエチーゴの対面にあたる、□の左側の辺の最前列の席は、三大大手商店グループの残り二つのそれぞれの会長の席である。
二人とも、全店長会では副会長という肩書になっている。
部屋の中心の『魔王の玉座』で、あたしは、踏ん反りかえった。
会議室の他の椅子より座面が高いので、全員を見下ろす形だ。
周囲から、びしばしと視線が突き刺さってくる。
珍しい出席者を見るという目ではなく、何か恐ろしい物を見るような目であるのはなぜだろう?
失礼な人たちだ。
誰も、あたしと、目を合わせようとはしてくれない。
せっかく、晴れの日の服を着てきたのに。
あたしは、エチーゴ終生全店会長様を見下ろしながら、気さくに笑いかけた。
「自分の椅子を持ち込ませてもらってすまないね。なにせ、歩けないからさ」
マルくんから、エチーゴが、あたしについて、歩けないと言っていた話は聞いている。
「いや構わんよ。こちらこそ用意できずすまん。ゴーレムの勝手などわからんのでな」
エチーゴは、横柄な口調なのに、にこにこと笑っていた。流石は大商人。
「今日は、主役級の扱いだそうじゃない。あたしも出て良かったんだよね?」
「もちろんだとも。全員出席が本来だ。会員の皆様の慎重審議あっての全店長会だよ。
「ボタニカルよ」
あたしも、にこにこと笑いながら訂正した。
それなのに、部屋の空気が凍り付いているように感じるのはなぜだろう?
エチーゴ屋本店の従業員でもある事務局職員が、エチーゴに近づき、何か耳打ちした。
定刻になったと告げたのだろう。
「うむ」と、鷹揚に、エチーゴが頷いた。
事務局職員は、顔を上げ、会合の出席者に対して向きなおった。
「それでは定刻となりましたので、只今より全店長会の総会を始めさせていただきます」
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