第53話 核交換

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「戻ってきていないのは何号だ?」


「2号、4号、5号、9号」


 職員は、そらんじた。


 当初に納品した『救急くん』は、十五体だ。


 約半数になってしまっている。


 毎日四、五体は出動すると聞いていたから、追加がなければ明日の運用も危ない状況だ。


「それぞれ何階に行ったのか教えてくれ。破壊報告はないんだな」


「はい」


 職員は、それぞれの救急予定階を教えてくれた。


「配達のついでに探してみるよ」


「ありがとうございます」


 破壊された『救急くん』の発見報告があったわけではなく、単純に戻らないだけの『救急くん』は捜索されない。


 壊されていたとしても、現場がどこなのか、場所が分からないからだ。もしかしたら、探せば簡単に見つかるのかもしれないが、調査チームのリスクが高すぎる。


 光物を巣穴に持ち帰る類の魔物に壊されていた場合は、なおさら発見が困難になる。


 残骸が、破壊場所に残されていない可能性が高いためだ。


 せっかく、『救急くん』が到達したけれども、すでに手遅れで、丸一日後に『救急くん』のみ帰還してきた場合の遭難パーティーも、それ以上は捜索されない。


 運が良ければ、親切な探索者が痕跡を見つけて、遭難場所の報告ぐらいはしてくれる可能性があるだけだ。


『救急くん』運用以前のルールどおり、遭難したパーティーの持ち物は、見つけた探索者の物になる。


 遺体の処理は、魔物や虫任せだ。


 破壊現場の発見報告があった『救急くん』に対して、探索者ギルドが調査チームを送り込むのは特別である。原因を究明するためというのが、一番の理由だ。


 もちろん、場所が特定されているからこそできる行為で、なおかつ浅い階だからだ。


 深くなれば、調査をするギルド職員の身が危険になるため、やはり見送られる。


 せいぜい、地下二、三階どまりだ


 俺は、棚にある出動待ちの『救急くん』の一つを手に取った。


 三体残っている。


 12号、14号、15号だ。


 加えて、今日補充した三体。16号、17号、18号が、出動待ちである。


 1号、3号、7号、10号、11号が、現在、救助に出動中だ。


 12号の本体を外し、内部を露にした。


  本体裏に貼られた、ゴーレム核のお札をはがす。


「な!」


 職員は、声を上げた。


 ゴーレム核を剥してしまったら、ゴーレムとしての機能が失われるためである。


「そんなことしたら」


 俺は、みなまで言わせなかった。


「ゴーレム核を交換する。今から12号は19号、14号は20号、15号は21号だ」


 俺は、本体脇に書かれた号数を、携帯式の筆とインクで書き換えた。


『救急くん』の内部には、夫婦石を納めるための専用の場所がある。


 蓋をしたコップのような部品だ。


 俺は、コップの蓋を開けた。出動前のため、夫婦石は入っていない。


 俺は、店から持ってきた精霊石を、ゴーレム核としてコップの中に入れ、蓋を閉じた。


『はいたつくん12号』や『はいたつくん13号』と同じ仕組みだ。


 消耗品の『救急くん』に対しては、分不相応なゴーレム核である。


 どれかに使った精霊石一つで、今までの『救急くん』、百体分を作ってもお釣りがくる。


 実際には、今日補充した16号、17号、18号のゴーレム核にも精霊石を使っていた。


「なんで、そんな高価な物を」


 職員が、唖然とした声を上げる。


「頑丈にしたいんだろ。賢くなった分、そう簡単には壊されなくなるはずだ」


 本当の理由は別にあったが、とりあえず、俺は、そう応じた。


「探索者たちには、絶対内緒だ。ばれたら、壊そうとする奴が出るからな」


 こくこく頷く、担当職員。


「もちろん、あんたも盗むなよ」


 さらに、こくこくと頷いた。


「なに、当面の間だよ。抜本的な解決策を見つけるまでだ」


 俺は、残る二体のゴーレム核も、精霊石に交換した。


「今出ている『救急くん』が戻ったら知らせてくれ。そいつらの核も交換したい」


「はい」


「もちろん、こいつらが戻らない場合もだ。誰にも内緒にだぞ」


「わかりました」


 職員は、神妙な顔で頷いた。


 さて、後は。


「戻っていない『救急くん』が探していたパーティーの夫婦石は、他にもあるか?」


 職員は、棚から夫婦石を保管している箱を取ると、中からパーティー単位に束ねた袋を取り出した。


 パーティーメンバーほぼ全員が、それぞれギルドに夫婦石を預けているが、実際に『救急くん』の捜索で使われるのは、一つだけである。


 二体目の『救急くん』を向かわせるために、もう一つ使ったとしても、まだ残りがあるはずだ。


 それを追えば、少なくとも戻らなかった『救急くん』と同じルートを辿れるだろう。


 発見の可能性が高まる。


 俺は、ギルド職員から遭難パーティーの夫婦石を受け取った。


「最近の入洞記録を見せてくれないか」


 恥ずかしながら、『販売くん』と『救急くん』の導入以来、ゴーレム製作にかまけて、地下での流しの商品販売を怠っていた。


 地下七階の『販売くん』への商品補充と、地下五階への配達は行っていたが、回復アイテムを持てるだけ持って、売り終わるまで、地下を行商する行為はしていない。


 同じ時間で、ゴーレム製作に勤しんでいた方が、実入りがいいためだ。


 実際に、時間もない。ゴーレム製作の注文が溜まってしまっていた。


『救急くん』の百体追加案件があるため、なおさらだ。


 したがって、現在、どの階に人気があるとか、どういったパーティーがどこにいるといった、見込み客の移動状況がよくわからない。


 俺は、入洞記録に目を通した。


 一流どころとして、『白い輝きホワイトシャイン』や『鉄塊てっかい』、中堅どころとして、『幸運と勇気ラッキー・プラック』や、『同じ中学校オナチュー』といった、いつもの顔ぶれが見受けられた。


 他にも多くの見知った名前が残っていることから、引退していなくなる場合はともかく、遭難により消えたパーティーは少なそうだ。


『救急くん』による、生残率の向上効果は、確実にあるだろう。


 もちろん、新顔の名前もあった。


 俺は、将来の見込み客となりそうな新顔パーティーのいくつかに目を付けた。


 深く潜れる探索者であればあるほど、金に糸目をつけずに、『はいたつくん』を購入してくれる可能性がある。


 というのは建前で、本当は単純に『救急くん』破壊の容疑者として気に留めた。


 見知った顔より、知らない奴らを怪しいと考えてしまうのは、仕方ないだろう。


「さて」


 俺は、職員に入洞記録を返却した。


「そろそろ配達に行かないとな」


「お気をつけて」


 職員は、俺を見送ってくれた。

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