第52話 黒幕

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「まいどあり」


 ギルドマスターとアイアンは、帰って行った。


 うちは、回復アイテムよりも、最近、すっかりゴーレム屋だ。


「どう思う?」


 俺は、ヴェロニカに問いかけた。


 実際問題、『救急くん』は、地下二階や地下三階の魔物に壊されるほどヤワじゃない。


 大蜘蛛ヒュージスパイダーごときに、後れを取っているとは思えなかった。


「探索者よ」


 ヴェロニカは断言した。


「回復アイテムが残されていたのは、魔物の仕業に見せかけるため。もしかしたら、『救急くん』に、ミスリルや精霊石を期待して破壊した誰かがいて、ないと気づいて、魔物の仕業に見せかけようとアイテムに手を付けなかった可能性もなくはないけど、だったら、何体も・・・は壊されない。偶然、同じような探索者が他にいない限りは、誰かが、魔物の仕業にして、『救急くん』を破壊してるのよ」


「だよな」


 俺も同意見だ。


「何でまた?」


「『救急くん』の信頼を落とすため」


「誰が?」


「実行犯は知らない。でも、黒幕は決まってるでしょ」


 もちろん、エチーゴだ。


「落としてどうする?」


「さあ? うちへの嫌がらせ? もしかしたら、『救急くん』の使用を禁止したいのかもね。あ!」


 ヴェロニカは、何かに思い当たったのか、声を上げた。


「まさか、『救急くん』を百体も作っちゃってから、やっぱりお金が払えない、なんてならないわよね。理事会が、支払いの決裁をしてくれないとか」


「あるかもな」


 俺は笑った。


 ヴェロニカは、エチーゴの嫌がらせに対して、少しも動じていない。


 まあ、『救急くん』が禁止されたところで、うちとしては、ゴーレム屋から、元のアイテム屋、配達屋に戻るだけだ。


「だが、初級探索者ひとなみに、『救急くん』を倒せるとは思わないな。地下六階程度には強くしたつもりだ」


 でないと、地下五階まで、救助に向かえない。


「なら、実行犯の特定は簡単じゃない。そんなにいないわよ」


 ふむ。


 俺は、地下六階以深への探索ができるパーティーを、頭に思い浮かべた


 大体は、うちの顧客だ。違うと思いたい。


「探ってみよう」


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 翌朝、俺は、探索者ギルドの『救急くん』保管庫に納品に赴いた。


 三体分だけ、未組み立ての『救急くん』の材料が揃っていたので、完成させて、『はいたつくん5号』に納めて運んでいく。


『救急くん』保管庫は、ダンジョン内の訓練場の一画を、衝立で仕切って作られていた。


『救急くん』と回復アイテムが、棚に並べて置かれているだけのスペースだ。


『はいたつくん』を作る際の実験を訓練場で行っていたため、『救急くん』の実験も同じ場所で行うようになり、『救急くん』運用後は、流れでそのまま保管庫と化していた。


「ギルマスに『救急くん』の追加を頼まれた。取り急ぎ三体だ。受け取りにサインをくれ」


 探索者ギルドの制服を着た、若い担当の職員に声をかける。


 入洞予定までに戻らない探索者がいた場合は、入洞届けの探索予定階の記載に従って、この場の担当職員が、『救急くん』に必要そうな回復アイテムを持たせて送り込んでいる。


「よかった。今朝も二体戻ってないんです。もっと、頑丈になりませんかね?」


 職員は、納品伝票にサインをしながら、口にした。


「何階で?」


「地下四階と地下五階です」


「そんなヤワにはつくってないんだがな。遭難したパーティーはどうなった?」


「わかりません。戻らないので、パーティーメンバーが持つ別の夫婦石あてに、次の『救急くん』を送ったところです」


 遭難パーティーが、まだ全滅しておらず、地下で『救急くん』の到着を待ちわびていた場合は、二度目の『救急くん』の送り込みにより、運が良ければ助かるかもしれない。


 既に全滅していた場合は、もちろん、『救急くん』に出番はない。


『救急くん』から、誰も回復アイテムを取り出そうとする者がいないので、遭難したメンバーが持つ夫婦石の近くに寄り添ったまま、『救急くん』は次の指示を待つばかりだ。


 そのような場合、体内時計で丸一日経過したならば帰還するよう、『救急くん』には、事前に指示が出されていた。


 だから、『救急くん』が手ぶらで戻った場合は、探索者は遭難したものと認定される。


 逆に、『救急くん』が遭難パーティーの元に辿り着いたと想定される頃から、丸一日と帰還に必要な時間を経て、なお、『救急くん』が戻らない場合は、『救急くん』に不測の事態が起きたと判断される。


 魔物に破壊されたり、途中で故障して、『救急くん』が遭難パーティーに辿り着けていないという状況だ。


 その場合、念のため、再度、別の『救急くん』が遭難パーティー向けに送られる。


 当初の帰還予定から、丸二日以上経過しているため、おそらくは、絶望的だろう。

けれども、俺が『幸運と勇気ラッキー・プラック』を救出した際のように、運よく、籠城状態がとれていれば、間に合うかもしれない。


 とはいえ、予備の『救急くん』が保管庫に残っていなければ、二度目の送り込みなど不可能だ。


「各パーティーに一体ではなく、最初からメンバーが持つ夫婦石の数だけ『救急くん』を送り込むことができれば、どれかは辿り着けると思うんですがね」


 ギルド職員が、ぼやきをあげた。


「ギルマスは『救急くん』を百体増やすと言っていた。そうできるようにする気なんだろう」


「良かった」


 ギルド職員は、安心したのか、嬉しそうに笑った。


「遭難認定の帳簿をつける際、もしかしたら助けられたかも、と考えてしまうのはしんどいです」


 いい職員だ。


 探索者の無事を願ってくれている。


「残りも、なるべく急いで納品しよう」


「お願いします」


「壊された『救急くん』は?」


 ギルドマスターは、探索者から破壊された『救急くん』の破壊報告を受けて、確認チームを派遣したと言っていた。当然、回収しているはずだ。


「こちらに」


 回収された『救急くん』は、木箱に入れられて、保管庫の端に置かれていた。


 6号と8号と13号だ。本体脇に、ボタニカル商店のロゴマークと号数がある。


 剣や槍による破壊ではない。


『救急くん』は、打撃によって潰されていた。


 考えられるのは、やはり魔物。


 もしくは、鈍器だ。


「ポーションは?」


「ほとんど割れてしまい、無事なのは二本だけでしたが、残されていました」


 職員は、木箱から、緩衝材に包まれたポーションを取りだした。


「ゴーレム核は?」


「中に貼られたままです」


 俺は、潰れた『救急くん』の本体を逆さにした。


 裏側に、ゴーレム核である、おふだが貼られたままになっていた。


 俺は、三体からお札を回収した。

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