第51話 わび
6
「俺としては、ボタニカル商店を表彰するのは、わびのつもりだったんだ」
ギルドマスターが言った。
「夫婦石の委託販売を受けた際、うちの職員が、遭難しても捜索する、なんて安請け合いをしたせいで、お前らには、余計な苦労をかけた」
「まったくだ」
俺はにべもない。
「捜索しても大抵は既に全滅しているから、ボッタクル商店では死体あさりをして手に入れた物を売っているなんて、悪評もたっている」
「ボタニカルだ」
俺は、訂正した。
結果的に、俺の捜索の大半は、死体あさりだったが、さすがに剥いだ遺品を売ったりはしていない。
手に入れた装備品の多くは、何も持たずに地下へ降りざるを得ない、探索者以前の素人たちのために、ダンジョンの入口に並べて、無料貸し出しを行っている。
登山道入口にある、無料貸し出しの杖のような扱いだ。
生きて帰って、ダンジョンを出る際に返してくれれば、それで良い。
管理は、探索者ギルドに任せている。
もっとも、数に限りがあるので、実際に無料貸し出し装備を使用できる素人は、ごく少数だ。
毎朝、
その無料装備も、多くが戻らずに、迷宮一階の露と消える。
中には、うまく帰還した探索者の私物になったり、売られている物もあるはずだ。
そこを、深くは追及していない。
「『救急くん』に持たせる回復アイテムの納入を、ボタニカル商店に独占させるのはおかしい、という声が、多くの商店からギルドに届いている」
「その納入は、うちじゃないよな。実際は、どこから仕入れてるんだ」
「全店長会に任せている。にもかかわらず、そういう話がでるということは、エチーゴ屋系列で独占しているのだろう」
「あっきれた。全部、ギルドのせいで、うちに風評被害がきてるんじゃない」
ヴェロニカが声を上げた。
「だから、わびのつもりだったんだ。そんな話は、全部誤解で、実際はボタニカル商店のおかげで探索者の生残率は向上しており、ギルドも高く評価しているというアピールのつもりだった」
「何でエチーゴが表彰を?」
「もともとは、俺が渡す気でいたんだ。だが、他の店の嫉妬心を消すという目的を考えれば、儂から渡す方が雪解けみたいでいいだろう、という話を、エチーゴが、自分から言い出した。その結果があれだ」
「雪解けね」
俺は、鼻で笑った。
「
「挑発すれば、ご破算にできるという読みがあって、まんまとそのとおりに話が転がった。さすが
アイアンが、ギルドマスターの話を引き継いだ。
「エチーゴは、探索者あがりでないからギルドマスターにはなれないが、今いる誰よりも探索者ギルドの理事を長く務めていて、すっかり他の理事たちを手なづけている。自分が実質の会長だぐらいのつもりでいるのだろう。もともと、表彰なんかする気がないのに賛同しておき、そこまでいってから潰すのだから、相手の裏技が
立志伝中の人物であるエチーゴは、全店長会の終生会長という立場にある。
終生
実績を考慮して、死ぬまで会長ということだ。
もうそろそろ、だとか、さっさとそうなれ、だとかいう声は多々あるが、本人は、いたって元気だった。あと十年は、楽に行けそうだ。
「そんなわけで、お前らの表彰は、ボタニカル商店の
「もともといらなかったけどね」と、ヴェロニカ。
「埋め合わせは目に見える誠意でしてちょうだい」
「そのつもりだ」
ギルドマスターが、重々しく頷いた。
「そこで、依頼だ」
「エチーゴ暗殺か?」
半分冗談で、俺は口にした。
本気で依頼された場合、受けるかどうかは、条件次第だ。
もし、エリクサーと引き換えであるならば、即決で引き受ける。
ギルドマスターとアイアンは、俺を、じろりと睨んだ。
ヴェロニカは、ほほえましそうな表情だ。暗殺者の方が俺らしい、とか、思っているのだろう。
もちろん、ギルドマスターの依頼は、暗殺ではなかった。
「『救急くん』を百体ほしい」
俺とヴェロニカは、絶句した。
意味がわからん。
「どういうこと?」
ヴェロニカが問い返した。
「世間に、生残率向上へのボタニカル商店の貢献をわかりやすく見せつける。一体で一パーセントアップ。地下二階以深の探索者生残率百パーセントだ」
もちろん、実際は不可能だ。
単純に魔物に全滅させられた場合は、後から回復アイテムが届いたところで意味がない。
一体増で生残率一パーセントアップなど、数字遊び以外の何ものでもなかった。
だが、その意気は買ってやる。エチーゴ屋系列には、嫌われそうな取組みだが。
「いつまでだ?」
俺は、納期を確認した。
「できた都度、随時、補充したい。魔物に壊されて何体か減っている」
俺は、ヴェロニカと顔を見合わせた。
廉価版だが、そう簡単に、『救急くん』が破壊されるとは思わない。
しかも複数。
「何階で?」
「地下三階だ」
「遭難者は無事だったのか?」
「いや」
あっさりと、ギルドマスターは口にした。
「他の探索者から、『救急くん』が破壊されているという報告を受けたので、職員チームを現場確認に向かわせた。その際、遭難パーティーの別のメンバーが持つ夫婦石を追跡させたが、既に全滅していたよ。もともとだったのか、『救急くん』が間に合わなかったためかは分からない。他にも、行ったきり戻ってこない『救急くん』がいる」
「そうか」
「魔物じゃなくて探索者のせいなんじゃない?」
ヴェロニカが、俺と同じ疑問を口にした。
「いや、魔物だろう。『救急くん』の破壊現場を確認した職員の話では、偶々、割れていなかったポーションが、そのまま残されていたそうだ」
地下三階に、『救急くん』と相性が悪そうな魔物は何かいたか?
俺は、地下三階の魔物を思い浮かべた。
ふむ。
蜘蛛ならば、もしかしたらありえるか。
バッタもカマドウマも、蜘蛛には餌だ。
だとしたら、改良の余地ありだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます