第50話 エチーゴ
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その晩、探索者ギルドのギルドマスターと、『鉄塊』のアイアンが、店を訪ねてきた。
もう、店は閉めている時間帯だ。
当然、ミキは、いない。
探索帰りに『
ギルドマスターとアイアンは、人目に付かぬよう、店が完全に営業を終了するまで、わざわざ待ってから訪ねてきたらしい。
俺は、ギルドから今朝受けた仕打ちを思い出し、不機嫌さを隠そうとはしなかった。
とはいえ、「入れよ」と、とりあえず、二人を店に招き入れた。
店内に入るなり、「すまん」と、ギルドマスターが、その場で俺とヴェロニカに土下座で謝罪した。
「まさか、エチーゴが、あの場であんなつまらん挑発をするとは思わなかった」
確かに、ギルドマスターの土下座は、探索者たちには見せられない姿である。人目は避けるべきだ。
だが、俺とヴェロニカは、べつに、そのような謝罪は望んでいない。
ただ、あの表彰は、どういう茶番だったのかという説明ぐらいはしてもらいたいものだ。
「まあ立てよ」
俺は、ギルドマスターの頭を上げさせた。
俺の現役時代から、ギルドマスターはギルドマスターだ。
当時はトップ探索者、今はしがない商店の配達担当の俺だが、当時からのざっくばらんな関係は続いている。
ギルドマスターは、立ち上がった。
アイアンは、ギルドマスターと一緒に土下座をするわけではなく、もともと立っていた。
自分に非はないという、意思表示なのだろう。
まぁ、そりゃそうだ。
俺にも、アイアンを責めるつもりは、まったくない。
むしろ、あの場で俺を止めてくれて感謝している。
俺は、ギルドマスターとアイアンを、商談用の席に案内して、椅子に座らせた。
ギルドマスターは、現在、五十歳を過ぎた頃だろう。
アイアンは、四十歳過ぎだ。
現在のギルドマスターが、探索者を引退して、ギルドマスターの座に就いたのが、四十過ぎ。そろそろ、アイアンにその座を譲るつもりではと噂されている理由は、そこにある。
二人を座らせ、俺とヴェロニカは、二人の対面の席に着いた。
「なんだよ、アイアンまでついてきて」
「おまえが、ギルマスの首を撥ねるかも知れないからな」
「本気で俺がそう思っていたならば、止められないぜ」
「だから見届け人だよ」
「なら、わかる。ま、あの場は止めてもらってありがたかった。殴ってたところだ」
「それがエチーゴの狙いだったのだろう」
ギルドマスターが言った。
「どういうこと?」
ヴェロニカが問いかけた。
「奴は、お前らの店を潰したがっているからな。他の理事たちもいる前で百斬丸がエチーゴを殴れば、それを理由に、探索者ギルドの
「要するに、うちのお店ができる前の街に戻るわけね、そうなれば、エチーゴ屋の売り上げも元に戻ってくるだろう、と」
「そういうことだ」
エチーゴ屋グループのエチーゴは、この街の商店業界では、立志伝中の人物である。
薄利多売を旨として、徹底的なコストカットと悪徳経営で、裸一貫から自身が立ち上げた店を、街で一番のフランチャイズチェーンに築き上げた。
もう、七十を超えている。
家族はなく、店を大きくすることだけを生きがいに、生きてきたような男である。
直営だけで十店舗、フランチャイズ三十店舗が、この街で営業をしている。
この街には、俗に大手と呼ばれる商店グループが三つあるが、断トツの最大手だ。
本当の意味で、探索者たちを、食い物としている人間の筆頭である。
現役時代、俺は、この街に来たばかりの頃、一度、エチーゴ屋グループの店の一つを利用した経験があったが、典型的な安かろう悪かろうの見本だった。
接客態度もなっていないが、何より、肝心のポーションが粗悪品だ。
価格自体は、協定価格として、街のどの店で買っても同じ金額だが、エチーゴ屋グループのポーションは、容量が概ね二割多かった。
そのくせ、効き目は八掛けだ。
二割増しの八掛けは、ほぼ一である。
要するに、普通のポーションを水で薄めて、容器を大瓶にしただけだった。
何も知らない素人探索者であるほど、お値段が同じならば、量が多い方が得したような気分になるので、つい、エチーゴ屋グループのポーションを購入してしまう。
大きな間違いだ。
量が多ければ、その分、重量も増えてくる。
運ぶために必要な労力は二割増しだ。
いいところなしだった。
だから、正解は、効き目が同じならば、量が少ないポーションを選ぶべき、だ。
水増しではなく、濃縮である。例えば、うちの商品がそれだった。
もっとも、素人探索者が、自分の失敗に気が付くのは、地下に降りた後である。
けれども、失敗を痛感した頃には、手遅れだ。
もう一本、ポーションを多く持てていたならば助かったのに。
そんな事態になったならば、目も当てられない。
そういった事実を思い知った探索者たちは、次第に、エチーゴ屋を利用しなくなる。
目の肥えた古株の探索者であればあるほど、金額ではなく、商品に質を求めるようになっていく。
エチーゴ屋の商売は、何も知らない、新規の探索者相手の商売だ。
一流の探索者であるほど利用しない。
ダンジョンで、真に生き残りたいと願うのならば、生き残る行為が上手な人間を真似するべきである。
新規の探索者は、生き残っている探索者たちの行動を手本にした。
真似すべき、生き残っている探索者たちが増えていくほど、彼らを真似する新米も増え、エチーゴ屋は、敬遠対象になっていく。
悪循環である。
逆に言えば、新米探索者が見本とするような古参の探索者は、いなければいない方がエチーゴ屋にとっては都合良い。
できれば、
探索者を生かすためにあるはずの店が、本質的に探索者の帰還を望んでいないというのは商売として致命的だ。
探索者たちに店の内面を見透かされれば、売り上げだって落ちるだろう。
元々が巨大だから、まだ断トツの最大手ではあったが、二番手、三番手の大手グループとの差は、一人負けの形で、実際に縮んでいた。
事実、数年前までは、エチーゴ屋一強と呼ばれていたのだ。
現在は、三強となっている。
仮に、ボタニカル商店開店以前の街に戻ったとしても、その傾向は変わるまい。
エチーゴ屋グループにいる多くの店は、自分たちが斜陽にあると気づいていた。
もう、今までの商売のやり方の時代ではない。
エチーゴ本人すら気づいているだろう。
だが、気づくことと、気づいたことを正しいと認めることは別の話だ。
エチーゴ屋グループを率いるエチーゴが、時代に合わせて変化ができればいいのだろうが、その変化ができるような歳では既になかった。
仮に、エチーゴが今よりも若かったとしても、人は自分の成功体験を簡単には変えられない。
エチーゴは、ライバルを蹴落とし、客を食い物にする現在のやり方で、今の地位を築いたのだ。今までやって来た商売は、もう通用しないのだとは認め難い。
生き残るのが一番上手だった探索者が、真に探索者の生残率向上を望んだ店を出す。
ボタニカル商店の存在は、開店当初から、エチーゴにとっては邪魔だったのだ。
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