第49話 運用要領
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壱 二つに分かたれた石のそれぞれが、分かたれた自身の半身と向き合おうとする性質を魔法により持たせた石を『夫婦石』と呼び、『夫婦石』を利用して、遭難した探索者に対して、探索者ギルドが、回復アイテムその他の品物を自動で届けるゴーレムを、『救急くん』と呼ぶものとする。
弐 『夫婦石』は、探索者ギルドのみで販売し、ボタニカル商店は、探索者ギルドへ委託販売の手数料を支払うものとする。但し、手数料の金額は、両者の協議により決定する。
参 探索者同士の持ち合い利用ではなく、探索者が、遭難救助目的で『夫婦石』の一方を探索者ギルドに預ける場合、探索者は、別途定める日当りの預け料を、事前または入洞届け提出の際、探索者ギルドに支払うものとする。
肆 探索者ギルドは、預けられた『夫婦石』を適正に管理し、帰還予定日の
伍 遭難した探索者のパーティーは、救助に到着した『救急くん』が所持する『夫婦石』に対応する『夫婦石』を所持している場合に限り、『救急くん』から回復アイテムを受け取って使用しても良い。然る後、探索者は『救急くん』を伴い、自力で地上へ帰還するものとする。
陸 『救急くん』の回復アイテムを使用した探索者は、地上へ帰還後、使用した回復アイテムの代金を、探索者ギルドに支払うものとする。万が一、帰還した探索者が支払えない場合は、割賦とする。但し、回復アイテムの代金は、地上での全店長会協定価格とする。
漆 一つのパーティーに対する『救急くん』の出動は、パーティー内の複数メンバーが、それぞれ『夫婦石』を探索者ギルドに預けていたとしても、一体限りとする。パーティー内でのはぐれ対策は、メンバー間の『夫婦石』の持ち合いにより対処するものとする。
捌 万が一、探索者救助に向かわせた『救急くん』が戻らない場合の回収作業は、探索者ギルドが実施するものとする。
玖 ボタニカル商店は、探査者ギルドからの依頼により、『救急くん』を製作、納入するものとする。但し、『救急くん』の製作代金及び納入期限は、両者の協議により決定する。
拾 『救急くん』は、探索者に準じた存在であり、探索者同士の私闘の禁止同様、『救急くん』に対して破壊その他の危害を与える行為を、すべての探索者に禁止する。
といった、十項目の規定である。
要するに、探索者ギルドは、夫婦石の販売と探索者からの夫婦石の預りを行い、夫婦石を預けた探索者の遭難の有無の確認と、『救急くん』の出動、回収を管理する。
ボタニカル商店は、夫婦石及び『救急くん』の製作を行い、委託販売の手数料を除いた夫婦石の販売代金と、『救急くん』の製作代金を、探索者ギルドから受け取る。
『救急くん』の製作代金は、探索者ギルドが探索者から受け取る、『救急くん』の預り金と夫婦石の委託販売手数料から賄われる。
使用された回復アイテムの代金は、最終的に救助された探索者が支払うため、探索者ギルドが一時的に立て替える形になったとしても、探索者ギルドに損はない。
もちろん、ボタニカル商店には、『救急くん』と夫婦石の代金が入るので損はない。
両者、ウインウインの商売だ。
実際には、救出された探索者の中に、どうしても回復アイテムの代金を支払えない者や支払わない者が出てくるので、その代金分、探索者ギルドが割を食う場面もあるが、必要経費として想定の範囲内だ。
そのような探索者が、その後、どうなるかは、俺の関知するところではなかった。
探索者ギルドと、探索者個々人の問題だ。
そんなこんなで、俺が、遭難した探索者を捜索する必要はなくなった。
ところで、実際の『救急くん』の形状は極めてシンプルだ。
直径三十センチメートル程の逆さにした洗面器に、バッタのような六本の足がついているだけである。
本体が丸いので、バッタというよりも、カマドウマに近い。
鉄製だ。
足には、何かに引っかけられるように曲がった爪がついているため、迷宮の壁や天井にも掴まって、動き回れる。
後肢は、バッタやカマドウマと同じで、力強いジャンプができた。
翼はないが、ちょっとした裂け目や障害ならば、飛び越え可能だ。
もし、ジャンプで越えられなくても、天井や壁伝いに進めるので問題ない。
逆さにした洗面器状の本体は、蓋兼ヘルメットの役割を担っていて、外すと中に、回復アイテムとゴーレム核であるお
ゴーレム核が、精霊石ではなく、お札であるのは、ゴーレムの製作単価を下げるためだ。
『
一粒で、『
そもそも、夫婦石の預り金額を、よほど高く設定しないと、『救急くん』プロジェクトそのものが成立しなくなる。
それでは、探索者が手を出せない。
『救急くん』は、安くて頑丈でなければならなかった。
必然的に、ゴーレム核は、お札となる。
ゴーレム核がお札だと、精霊石をゴーレム核にする場合に比べて、低位の精霊しか宿らせらない。
精霊石に比べてゴーレムの学習能力は落ちるが、メインの活動場所が、迷宮構造が複雑でない浅い階ならば、まあ何とかなるんじゃないの、とはヴェロニカの弁である。
何度も繰り返し、救急出動を繰り返せば、そのうち地図だって覚えて、救助も早くなるでしょう、だそうだ。
そのような理由で、『救急くん』のゴーレム核は紙製のお札にして、本体のお値段を抑えている。その分、数を沢山用意して、救急事態に対処しようという基本方針だ。
もちろん、『救急くん』の側面には、ボタニカル商店のロゴマークと、何号であるかを示す数字が描いてあった。
『救急くん』に収容される回復アイテムは、探索者が地下何階の捜索を予定していたかで変化する。
例えば、地下二階を捜索する探索者の場合は、初級ポーションが七本と解毒薬が一本だし、地下四階を探索する探索者の場合は、中級ポーションが六本と、解毒薬、麻痺止め薬が一本ずつだ。
想定される魔物や罠による被害を見込んで、探索者ギルドが、組み合わせを考えていた。
どちらも、魔力の回復薬は入っていない。
体力を回復した後、安全な場所で休息を続ければ、時間経過とともに若干の魔力は回復するためだ。
魔力の回復薬は高価なので、地下二階や地下三階程度で遭難するような探索者では、地上に帰還したとしたところで支払えない可能性が高いという、現実的な理由もある。
実は、『救急くん』による遭難救助の仕組みには、裏技がある。
回復アイテム準備の三分の一ルールを守らなくても、比較的、安全な場所に隠れて帰還予定日が過ぎるまで時間を稼いでさえいれば、『救急くん』が、地上価格で回復アイテムを運んできてくれるという裏技だ。
自分たちで運ぶ荷物が軽くなるよう、回復アイテムの運搬は、最初から『救急くん』を当てにしてしまう。
実際の遭難との区別がつかないため、取り締まりのしようがない裏技だ。
回復アイテムがなくなり身動きが取れなくなったのだとしたら、それはもう遭難だろう、と言われれば、まあ、そのとおりだ。
俺個人としては、生き残り、なおかつ稼ぐためならば、それもありだなと思っている。
探索者は、地下において、自身のあらゆる能力を駆使して生き残ろうとするべきである。
そのために裏技の利用を思いついたのだとすれば、それは駆使する能力の内である。
余談だが、地下一階の探索を卒業して、初めて地下二階に足を踏み入れた探索者に対して、我がボタニカル商店では、新たな探索者の誕生祝いとして、帰還後に、ちょっとしたサービスを提供している。
地下二階に落ちている小石を拾って、ボタニカル商店に持ち込めば、もれなく、ヴェロニカが、魔法で夫婦石へ変化させるという、無料サービスだ。
一人一回限りの限定。但し、将来の魔力チャージは、自費である。
他所から流れてきた、もともと実力のある探索者はともかく、素人から地下一階で成長を遂げた探索者に対しては、ほぼ全員に、これでうちの唾が付く。
顧客の囲い込みに対する、販売戦略の一環だ。
だから本当に、大手商店が、うちの存在を苦々しく思う気持ちも、わからなくはなくもないのだ。
エチーゴは、絶対に許さんが。
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