エピソード5 裏技

第46話 表彰式

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 探索者ギルド二階にある、大会議室。


 配達前の、朝一番の時間帯である。


 俺は、自分の席を立つと、部屋にいる人間たちからの好奇の視線の中を、前方へ歩み出て、ひな壇に上がった。


 普段であれば、ギルドの理事会や総代会、緊急の依頼に対する探索者への説明会等が行われる部屋である。


 概ね、二百平方メートル程度の広さがあり、前後左右に列を作るように机を並べれば、百人、二百人は座れる空間だ。立たせれば、それ以上でも楽々入れた。


 俺は、ヴェロニカから、余所よそ行きの服装を着させられている。


 要するに、正装だ。そりゃあ、好奇の視線にだってさらされる。


 先日、探索者ギルドのギルドマスターから、探索者の生存率向上に対して、ぜひ、ボタニカル商店を表彰したい、という内々の打診があった。


 ギルドと共同で実用化した『救急くん』が、予想以上の効果を上げてくれたのだ。


 地下で遭難した探索者に対して、回復アイテムを持ったゴーレムが、自動で配達に行くという仕組みである。


 お堅い場が大嫌いなヴェロニカが、速攻で逃げ出したため、俺が代わりに出る羽目となり、今日に至ったというわけである。俺だって、堅いのは大嫌いだ。


 ボタニカル商店としては、商売さえ繁盛すれば、表彰など別に望んではいないのだが、ギルドマスターの顔を潰すのも申し訳ないので、仕方なく、顔を出しているという状況だ。


 もし、ボタニカル商店おれたちに望みがあるとするならば、ヴェロニカの足を治療するための、『賢者の石液エリクサー』だけである。


 六十歳を少し過ぎたぐらいに見受けられる、横に、ぶよっと体格のいい男が、俺と向き合うようにして、目の前に立っている。


 仏頂面だ。


 ギルドマスターではなく、探索者ギルドの理事の一人だった。


 表彰状を持つ、芋虫のような太くて丸っこい指には、きらきら光る悪趣味な指輪が、指の数だけ、はめられている。


 部屋では、この後、まさに探索者ギルドの理事会が開催される予定だった。


 本日の議題が何であるかを、俺は知らないが、理事会の開催日に合わせて、理事会開始前の時間を借り、ボタニカル商店への表彰を行おうというものである。


 俺が配達前の時間帯を指定したため、朝早くからの開催になっている。


 大会議室内には、約二十名の人間が、着座していた。


 表彰式だというから、もっと多くの人間の目にさらされるのかと思っていたが、幸い、少人数でありがたい。


 探索者ギルド理事会の会長であるギルドマスターを筆頭に、理事や監事といった、ギルド役員の面々だけである。


 何でも、時節柄、出席者を絞ったそうだ。


 どういう時節柄なのかは、よくわからない。


 おそらく、探索者ギルドには、探索者ギルドの都合があるのだろう。


 探索者ギルドは、そもそも、探索者の互助組織であるため、理事の三分の二以上を現役探索者とする大原則があった。


 だが、実際は、探索者なんて組織活動が大の苦手な奴らばかりであるため、そもそも理事になどなりたがる輩は、ほぼ、いない。


 仮に理事になったからといって、理事会当日まで、生きているという保証もなかった。


 したがって、理事会開催通知発送時点で到達深度が深いパーティーのリーダーを、上位から順番に、既定の人数まで強制的に理事として扱っていた。


 当然、最高深度到達パーティーである『白い輝きホワイトシャイン』隊のリーダーのシャインも理事だが、生憎、色街への出張と重なり、本日は欠席だ。


 その他の現役探索者からなる理事も、概ね、欠席となっている。


 出席している現役探索者は、『鉄塊てっかい』のアイアンくらいか。


『鉄塊』は、新生『白い輝きホワイトシャイン』隊と同じく、先日、ついに地下二十階到達を達成していた。


 そのうえ、アイアンは、シャインと違ってお堅い男だ。


 次期、ギルドマスター候補の筆頭である。


 その時期は、ぼちぼちではないだろうか、というのが、もっぱらの噂だ。


 もちろん、『鉄塊』も、うちの顧客だ。


 現役探索者理事が、ほぼ出席していないということは、この場にいる人間の多くは、ギルドマスターのように元探索者が現役を引退して理事になった例は別として、実際の探索への参加経験はなく、探索の周辺に関する業務で食っている者たちだ。


 例えば、食堂や宿屋、うちみたいな商店といった具合である。


 違う言い方をすれば、探索者を食い物にしている者たちだ。


 ぶよっとした理事は、この街にある探索者相手の商店主の集まりである、全店長会ぜんてんちょうかいの会長として、職指定で、探索者ギルドの理事となっていた。


 アイテムショップのナンバーワンチェーン店、エチーゴ屋グループ会長、エチーゴその人だ。


 なのだから、全店長会の会長であるのも、職指定で探索者ギルドの理事であるのも、ある意味、当然だ。


 全店長会には、うちだって一応所属しているが、うちみたいな零細商店とは規模が違う。


 そのエチーゴ理事が、直々に、俺に対して表彰状を読み上げようというのだった。


 本来、ギルドマスターの役割だろうが、商店系の表彰であるため、エチーゴにお鉢が回ったということだろうか?


 エチーゴが、声を張り上げる。


「探索者の生存率向上に対するボッタクル・・・・・商店の貢献、大である。よって、ここに表彰する」


「ボタニカルだ」


 反射的に、俺は不機嫌な声で、訂正した。


 まさかの公式行事での主役の名前の読み間違えだ。


 大会議室内の空気が、一瞬で凍結した。


 誰も、失笑すらしない。


 俺は、ぎろりと、エチーゴを睨みつけた。


 さっきまで仏頂面だったエチーゴは、間違えたと焦るわけではなく、むしろ、にやにやと笑っていた。


 こいつ、わざとか?


 言うまでもなく、うちは、大手商店たちから、いつも嫌がらせを受けている。


 大手商店の売り上げに比べれば微々たるものだが、新参者のボタニカル商店が、探索者たちからの絶大な支持により、わずかでも大手商店の顧客を奪っている現状が気に入らないのだろう。


 うちは自家生産が基本だから、どこかの大手商店系列から商品を仕入れているわけでもない。


 大手商店の連中としては、そのあたりも、気に入らない理由に違いない。


 要するに、うちは、誰の指図も受けないのだ。


 誰かに尻尾を振るなんて、まっぴらごめんだ。


 仕入れの生命線を握られるなんて、冗談じゃない。


 そう思っているからこその一匹狼だ。


 とはいえ、まさか、この場でまで、そんな嫌がらせがあるとは思わなかったが。

だったら、最初から表彰なんてしないでくれ。


「そうだったかな」


 エチーゴ理事は、うそぶいた。


「ところで、店長はどうしたのだ?」


「生憎の体調不良で」


 俺は、大人だから軽く受け流す。


「ああ。歩けないんだったな」


 かちん、ときた。


百斬丸ひゃきりまる!」


 瞬間、理事席のアイアンから俺に対して、素早く鋭い声がかかった。


白い輝きホワイトシャイン』隊以外の探索者に、俺を、『百斬丸』と呼び捨てにできる相手は、そうはいない。


 アイアンは、数少ないそのうちの一人だった。俺の現役時代を知る探索者仲間だ。


 危なかった。


 もし、今、アイアンに声をかけられなかったならば、首絶ちはしないまでも、確実にエチーゴを殴りつけていた。


 エチーゴ屋グループを筆頭とする大手商店が裏からギルドに手を回して、ボタニカル商店を『要注意商店・・・・・』認定する、いい口実を与えてしまうところである。


要注意商店・・・・・』認定を受けた商店は、探索者ギルドから、ギルドに登録しているすべての探索者に対して、当該商店の利用を推奨しない・・・・・旨が伝えられる。事実上の、廃業勧告だ。


 危ない危ない。


「失礼。うちが表彰されるものと思い込んでいたが、どうやら、店違いだったようだ」


 俺は、エチーゴ理事に背を向けた。


 座っている理事たちの脇を抜けて、大会議室後ろの扉を目指して、俺は歩き出す。

 ギルドマスターが、慌てて立ち上がって、俺に駆け寄った。


 いかつい顔をした、五十がらみの男である。


 俺をとどまらせたいのだろう。


 知るか!


 なぜ、ギルドマスターが、エチーゴなんかに表彰の役目を任せたのか、理解に苦しむ。


 何か理由があったのだろうが、目論見もくろみ違いだ。


 俺は、制止するギルドマスターを振り払って、大会議室を出た。


 口は開かない。


 開いたら、無理やり腹の中に押し込んでいる怒りが、溢れ出しちまう!


 エチーゴには、いつか、ヴェロニカを馬鹿にしてくれた、然るべき報いを受けさせてやる。


 その前に、今日の配達が俺を待っていた。

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