第45話 サプライズ
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マルくんが、お店の外まで帰って来た。
早い。
いつもの配達の帰宅時間より、遥かに早かった。
やっぱり、『はいたつくん12号』とトラブったのだ。
おそらく、地下で、『はいたつくん12号』と闘い、倒したその足で、すぐ戻った。
そう考えられる時間帯だ。
あたしは、閉店の看板を出し、表の扉を締め切っていた。
普通なら、絶対に、まだ店を閉じていない時間帯である。
マルくんは、どういうことだと、店の様子を、いぶかしく思っているのに違いない。
今、道路から、店を見ている。
気配を消す達人のマルくんの気配が、駄々洩れだ。
ただの気配ではなく、殺気の類だ。
あたしは、ごくりと唾をのんだ。
マルくん、怒ってる!
店内には、あたしとミキ、『
もちろん、マルくんは、店内に誰がいるか、中の気配を察しているだろう。
なぜ、いるのか? と、やはり、いぶかしく思っているのに違いない。
あの後、あたしたちは、全員で、マルくん対策に取り組んだ。
本気で、マルくんを怒らせたら、
お怒りを解かないと。
今のあたしでは、絶対勝てない。
『
マルくんは、現役を引退したとはいえ、毎日、持てる限界量の荷物を背負って、地上と地下を往復していた。
現役時代は、探索に行ったり、休んだりだ。
シャインが、色街で酔いつぶれてばかりいたので、探索頻度は多くなかった。
或る意味、現役時代よりも、今のマルくんのほうが肉体に負荷をかけている。
現役だった頃、地下深くに降りたからといって、強すぎて、あたしたちが勝てないという魔物に、出会った覚えはない。
地下二十二階は例外だ。
あたしの足を石にしたあれは、多分、魔物ではない。
魔物とは違う何かだ。
じゃあ何か、という話はさておき、結局、あたしやマルくんにとって、浅い階でも深い階でも、等しく、自分より弱い魔物しか、ダンジョンにはいないのだ。
自分より強い相手と戦った時だけ経験が詰めるというわけではないのだから、何日か置きの地下二十一階より、毎日全力の地下七階を繰り返すほうが、鍛えられて当然だろう。
衰えただけのあたしと違い、現役時代よりも今のマルくんのほうが強くなっていると、あたしは思う。
多分、事実だ。
魔物を倒す行為だけが、自分を鍛える経験ではない。
命の危険がある空間に身を置くという行為も、十分に心身を鍛える経験だ。
マルくんは、以前よりも強くなっている。
道路から、マルくんが、店の扉の前まで移動した。
あたしたちは、扉一枚隔てた店舗室内で、マルくんを待っている。
店内は、真っ暗だ。
表の扉だけでなく、すべての窓を閉め、雨戸も閉めてある。
ロイヤル・ウィスプの召喚は解除済みだ。
明かりは、表戸の隙間から僅かに差し込んでいるだけだった。
あたしの額から流れた汗が、顔の表面をツウっと伝わって、顎から落ちた。
暑さのためか、緊張のためかは、わからない。
店内では、あたしが、最前列で、扉の正面。
あたしは、車椅子に座っている。
あたしの左右には、ラン・デルカとスー・デルカが立っている。
『
ミキと『
3-3-3のフォーメーションだ。
「いい? あんたたちの魔法が頼りよ」
あたしは、左右の、デルカ姉妹に念を押した。
「思いっきり、派手なの頂戴」
ランとスーの手には、杖がある。
ここぞという時の、細かい魔法操作には、杖が必須。
今が、ここぞだ。
「ああ」
かすれた声で、ランがうめいた。
「はい」と、スーも頷く。
結果は、一瞬で出るだろう。
マルくんは、店内のどこにいるのがあたしか、気配で察しているはずである。
店内の全員の配置と緊張も。
明らかにあたしがつくったゴーレムに襲われて、マルくんはどう思ったことだろう?
あたしに裏切られたとでも思ったかな?
自分で言うのも何だけれど、マルくんにとって、あたしは『光』だと思っている。
暗い暗殺者の世界からあたしは、マルくんを救い出した。
あたしにとってもそうだ。
マルくんは、あたしに、今の普通の暮らしを与えてくれた『光』だった。
マルくん、あたしに捨てられたとか思ってないかな?
お前を殺して俺も死ぬ、なんて、思い詰めてなけりゃいいけど。
もし、そうならば、今度は殺されてあげてもいいかな。
相手が、マルくんならば、べつにいい。
いや、駄目だ。
それだと、マルくんまで死んじゃうもの。
扉の前の、マルくんの気配が強くなった。
もちろん、わざとだ。
今から、ここから入っていくぞと、知らせている。
来る!
がちゃりと、扉が開いた。
あたしにとっての『光』である、『闇』が入って来た。
あたしは、正面だ。
ランとスーが、呪文を放った。
繰り返す閃光と破裂音によるコケ脅し。
「マルくん、お誕生日おめでとう」
あたしは言った。
あたしの言葉に、マルくんの言葉が重なった。
「ヴェロニカ、ごめん、俺が悪かった」
マルくんは、あたしの目の前の床に土下座していた。
え? 何が?
あたしは、土下座するマルくんを見下ろした。
マルくんが、恐る恐る顔を上げた。
マルくんが、あたしの顔を見る。
あたしとマルくんの目が合った。
マルくんは、きょとんとした顔だ。
段取りどおり、あたしの言葉に続いて、みんなが唱和した。
「「「「「「「「「サプラぁイズ!」」」」」」」」
あたしは、三体のロイヤル・ウィスプを召喚した。
店内が明るくなる。
外から入って来た正面奥の壁に、『マルくん、お誕生日おめでとう』の横断幕が貼られている。
その前のテーブルには、ケーキやお料理が所狭しと並べられている。
あの後、手分けして、用意したのだ。
間に合って良かった。
みんなが、窓を開け、店内に外の明かりを取り込んだ。
マルくんが土下座した右手には、『はいたつくん12号』の頭が、握られていた。
まさかの捩じ切りだ。
「え、え、えーっ!」と、マルくんが声を上げた。
ようやく、事態が呑み込めたようだった。
「ひっでぇよ、俺、何かヴェロニカを怒らせるようなことしたんじゃないかって」
マルくん、サプライズの誕生パーティーなんて、初めてだろう。
少なくとも、あたしと知り合ってからは、ない。
あたしの中からは絶対に出てこない
ミキの発案だ。
「旦那さん、『はいたつくん12号』に、きっとびっくりするでしょうから、そのままサプライズで誕生パーティーにしてしまいましょう」だって。ミキってば天才。
「マルくん、何が『ごめん』なのかな? 謝るってことは、思い当たる節があるんだよね?」
あたしは訊いた。
「ないよ。何も」
「本当に? じゃあ、何で謝ったの?」
「かみさんが怒ってたら、とりあえず謝れって、お客さんから聞いた」
素晴らしい先輩の処世術だ。
「ふーん。じゃあ、そういうことにしておいてあげる」
大成功、とりあえずごまかしきれたみたいだ。
「食べよっ。主役は早く席について」
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オチがある。
倒してしまった『はいたつくん12号』はさておき、プレゼントとして『はいたつくん13号』を、マルくんに見せたところ、
「派手だな。もっと派手じゃない奴はないの?」
マルくんは、結局、普段使いとして『はいたつくん5号』を選択した。
『はいたつくん13号』は、『
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仁渓拝
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