第44話 疑心暗鬼

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 地下五階の安全地帯。


 今日の配達予定は、ここまでだった。


 地下七階への配達の注文は入っていない。


 持ってきた販売用の回復アイテムも概ね売り切れた。


『時間があるから、帰りは素材となる魔物を狩って帰ろうか?』


 俺は、部屋のほぼ中央付近で、そんなことを考えながら、中身が減った大小のリュックサックをたたんで、一つにまとめ上げる作業をしていた。


 安全地帯の出入口付近が騒がしくなる。


 俺は、そちらに目をやった。


 壁の下方には、横穴があいていて、這いずりながら穴を抜けると、地下迷宮の通路本体へ出ることができる。


 横穴に内側から蓋をして塞ぐと、室内に魔物は入って来られない。


 外から中に声をかければ、中の人間が、穴を塞いでいる蓋をどかして、外の人間を部屋に入れる。


 中に人がいない場合は、蓋には重りを載せてあるので、力づくで蓋をどかして、中に入ればいい。


 そういう仕組みで、安全地帯が成り立っている。


 安全地帯内は、我がボタニカル商店提供の明かりで照らされているため、俺がいる部屋の中央から、出入口付近まで、十分に見渡せられた。


 誰かが室内に入ってこようとしているようだ。


「おい」とか「誰だ?」とか、見張り役の探索者たちが、蓋越しに横穴の中に声をかけているが返事がないらしい。


 返事がないのは、魔物が入ろうとする場合だ。


 時折、人の匂いを突き止めた魔物が、中に入ってこようとする場合がある。


 その場合には、わずかに蓋を内側へ退いて、魔物の頭が入ってきたところで、周囲から一斉に串刺しにする。


 問題は、出入口が血まみれになることだが、安全には変えられない。


 今回もそうなるだろう。


『これから出入口を通るのに、血で汚れるのは嫌だな』


 とは思ったが、俺は、蓋の向こうに魔物の気配を感じてはいなかった。


 何だろう?


 何か無機質な命?


 思った瞬間、蓋が、蓋を抑えていた探索者もろとも、内側に吹き飛ばされた。


 探索者たちが、地面に転がる。


 入って来たのは、青銀ミスリル色に光る、四輪式の荷車だった。


 だが、両脇に、かぎづめのついた腕がある。


 押す人はおらず、荷車だけだ。


 荷車は、かぎづめを地面に突っ張ると、前輪を上げ、後ろにのけぞるようにして、起き上がった。


 後輪と、背後に突き出していた持ち手の部分で、接地する。


 持ち手が後肢になった。


 車輪と後肢。ヴェロニカの車椅子と同じ構成だ。


 荷車は、立つと、丸みを帯びた四角い人型に見受けられた。


 半球状の頭がある。


 おそらく、ゴーレムだ。


 胸に大きく、ボタニカル商店のロゴマークと『13』が書かれていた。


「おまえさんとこのマークだぞ」


 俺の近くにいた探索者の一人が、俺に言った。


 だとすると、ゴーレムが用があるのは俺だろう。


 やはり、妻のヴェロニカの仕業に違いない。


 ゴーレムは、俺の方を向いた。


 後肢で押すようにして、車輪を回転させながら、俺の方へ進みだす。


 弾き飛ばされた探索者たちが立ち上がった。


 流石に、みんな、胸のボタニカルマークに気が付いたらしい。


「おい、ボッタクル、なんだこいつ?」


「知らん。それから、ボタニカルだ」


 俺は、店名を訂正した。


 ゴーレムは、部屋の明かりに、金属光を、きらきらと乱反射させている。


 俺に向かって、進みだしたゴーレムの進路を塞ぐように、


「もしかして、ミスリルか?」


 探索者の一人が、じろじろ見ようと立ちはだかった。


 探索者の言葉に、俺も、ゴーレムがミスリル製だと気がついた。


 マジか、こんなものをミスリルでつくるだなんて!


 ゴーレムは、向きを変えると、速度を上げて探索者を躱し、再度、向きを変え、そのままの速度で俺に向かって走ってきた。跳ね飛ばしそうな勢いだ。


 俺は、背後に跳び退った。


 ゴーレムは、かぎづめのついた両腕を、前方に突き出し、俺に向かって、さらに進んだ。


 俺は、再び、跳び退った。


 ゴーレムの狙いが、俺にあるのは明らかだ。


 他の探索者には、見向きもしない。


 俺には、ヴェロニカの意図がわからなかった。


 俺をる気か!


 なぜ?


 自分の手を汚す代わりに、ゴーレムを遣わした?


 意味がわからない。


 探索者たちは、執拗にゴーレムに追われる俺を、闘技場の拳闘試合でも見るでもかのように、取り囲んで、眺めている。


「何か、かみさんに怒られるようなことしたんじゃねえのか」


 俺と同じ疑問を抱いたのだろう、探索者の一人からヤジが飛んだ。


「浮気とか」


 ぎゃははは、と、その他の探索者がはやし立てる。


「そりゃ、殺されるだろ。命知らずだな」


 ゴーレムに吹き飛ばされた探索者たちは、少なくとも、誰も怪我はしていないようだ。


 ボタニカル商店のマークを付けたゴーレムに怪我をさせられた、とでも訴えられたら、流石にごまかしのしようがない。ギルドにも、かばいきれまい。


 大手商店による、ボタニカル商店排斥運動に、良い口実を与えることになる。


 この場の全員、口封じに首絶ちクリティカルしてしまうわけにはいかなかった。


「してねえよ」


 俺は、探索者たちのヤジを否定した。


 否定しておきながら、本当にそうだろうか、と、密かに考える。


 もちろん、浮気なんかしていない。


 ではなくて、ヴェロニカを怒らせると殺されても仕方ないというのが、みんなの共通認識である点だ。


 みんなは、俺がヴェロニカを怒らせたから、殺されそうになっていると思っている。


 ゴーレム如きに俺がやられるだなんて、俺の過去を知る古参の探索者たちは思っていないだろうが、ヴェロニカが、俺を懲らしめてやろうとしてこんなことをしているのだろう程度は、思っているだろう。


 怒らせた?


 俺が、ヴェロニカを?


 何やっただろ?


 あれか?


 最近ちょっと太ったんじゃないか、って、言ったこと?


 まさか、それぐらいで、命まで狙われる?


 そんなの普通の会話じゃないか!


 その時、ひっぱたいてくれりゃいい。


 ヴェロニカの場合、手よりも先に、魔法が飛んできそうだけれど。


 いらっときた。


 とりあえず、この邪魔なゴーレムを何とかしよう。


 ヴェロニカを問い詰めるのは、その後だ。


 首絶ちクリティカル


 俺は、一撃必殺のスキルを、ゴーレムに放った。


 ゴーレムは、わずかに身を捻ると、顔の周りの立てた襟状のガードで、刃を受けとめた。


 失敗だ。


 なんと、だからのミスリルか。


 ミスリルは、軽量かつ頑丈な金属だった。


 首絶ちクリティカル対策済みである。


 おいおい、ヴェロニカ、まさか本気か?


 瞬間、ゴーレムの気配が明らかに変化した。


 ゴーレムが、俺を睨む。


 目も鼻も口もない、のっぺら坊の半球だけの頭に、確かに、俺は睨まれた。


 標的認定ロックオンだ。


 ゴーレムは、わずかに下がって俺から距離を置いた。


 ただ突き出していた、かぎづめのある両手を、左右に開き、まるで二刀を構えるかのように、俺に向けた。


 一見、隙が無い。


 その構えは、俺に、五月雨さみだれ新兵衛しんべえを彷彿させた。


白い輝きホワイトシャイン』時代の相棒だ。


 新兵衛は、隊の前衛で、いつも俺の左側に立っていた。


『こいつ、新兵衛を真似してやがる!』


 俺は、ゴーレムを睨み返した。


 おそらく、新兵衛が動きを覚えさせたのだ。


 だとすると、ゴーレムを製作したのはシャインか。


 俺が加入する前のゴーレム製作担当は、シャインだった。


 もちろん、ゴーレムに命を宿らせるのは、ヴェロニカの仕事だ。


 どういうことだ?


 なぜ、三人が、俺を殺しにかかってくる?


 何か、事情があるのかも知れないが、さっぱり、わからない。


 だからといって、簡単に殺されてやるわけにはいかなかった。


 こちとら、三年も夫婦やってんだ。


 理由ぐらいは突き止めないと。


 本人に、聞き出せばわかるだろう。


 必要ならば、力づくにでも。


 俺は、ゴーレムに威圧を放った。


 ゴーレムは、何処吹く風だ。


 部屋にいる、探索者たちの方が、脅えている。


 俺は、試しにゴーレムに斬りかかった。


 ゴーレムは、新兵衛らしい動きで、俺の短刀を、受けて、弾いた。


 やはり、遊びの攻撃では通用しない。


 その程度には、新兵衛の動きを学習しているようだ。


 ゴーレムは、二刀を振り回し、しゃにむに俺に斬りかかってくる。


 適当に、ゴーレムのかぎづめをあしらいつつ、俺は退いた。


 退きながら、俺は、ゴーレムを、部屋の出入口から反対方向に誘導した。


「さっさと部屋を出ろ」


 俺は、探索者たちに言い放った。


 意図が通じた探索者たちが、慌てた様子で、全員逃げていく。


「何だか知らんが、かみさんが自分に怒ってるようなときは、とりあえず謝っとけ」


 古参の探索者が、よくわからないアドバイスをして、最後に去った。


 よし。


 巻き込む心配のある邪魔者たちは、全員消えた。


 ここからは、全力だ。

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