第43話 やらかし

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「『13号』の分の夫婦石も必要ね。ミキ、一組頂戴」


 あたしは、ミキに、新しい夫婦石の封筒を一組取ってくれるように頼んだ。


「いや、姐さん。『13号』は、キリマルへの誕生日プレゼント用だから」


 シャインが言った。



「え?」


「もともと、そのつもりで『はいたつくん』を作り始めたんだろ? キリマルには何号を渡す気だったの?」


「『5号』だけど」


 マルくん同伴でダンジョンへ潜るゴーレムであれば、『はいたつくん5号』で能力は十分だ。


 少なくとも骨格はミスリル製であるため、足腰は強い。


 マルくんを追いかけて、迷宮内を走って行ける。


 いつも、マルくんが使っている大きい方のリュックサックをベースにしているため、収納量にも問題はない。


 体の前後にリュックサックを括らなくても良いようになるので、マルくんの配達の苦労も半減する。


 マルくんが一緒にいるから、『はいたつくん5号』が探索者や魔物に壊される心配や、中身を盗まれる心配もないだろう。


 必要十分だ。


「あんた、そういうとこよ」


 あたしの頭の中を読んだかのように、ランが言った。


「効率優先主義者です」と、スー。


「わたくしたちが連れ歩くゴーレムより、旦那様へのプレゼントが貧相でどうするんですか?」


「いや、どうもしないけれど」


 だって、必要十分だ。


「いいか、考えてみろ。あんたの旦那が、妻からプレゼントもらったぞ、って喜んでる脇に、同じヴェロニカがつくった見るからに高そうなゴーレムがいるんだぞ。自分へのプレゼントは、試作品が余ったからなのかと思っちまうだろ。がっくりくるぜ」


「自分は、ついで・・・扱いなのかと旦那様から愛想をつかされますよ」


 何か物騒なことを言い出した。


「ないない」


 あたしは、余裕で否定する。


 だって、マルくん、あたしにぞっこんよ。


「おまえ、まぐれで結婚できたからって、調子に乗んなよ」


 ランが怒った。


「奇跡が、この先も続いていくとは思わないことです」


 スーも言う。


 ははん。


 あたしは、にやりとした。


 さては、こいつら、自分たちが結婚できないからって、あたしにひがんでるな。


「今、何か失礼なこと考えただろ?」


 ランが鋭すぎる。


 ランとスーは、呆れたように、首を振った。


「こいつ、駄目だ。全然、わかってねぇぞ。おい、ミキ、おまえも何か指摘してやれ。あんだろ? 旦那に対するヴェロニカのダメなとこ。師匠の大ピンチだ」


 そこまで言うか。


「そうですね」


 突然、話を振られたにもかかわらず、ミキは、冷静に受け応えた。


 この子は、きっと大物になるだろう。


幸運と勇気ラッキー・プラック』が、親バカの眼差しで、ミキを見ている。


「きれいに洗ったからといって、いつも薬草を煮込んでいる魔女鍋で夕食のシチューをつくって、そのまま鍋を食卓に出すのはいかがなものかと。使い慣れてるとか、お代わりがしやすいとか、そういう話とは違うと思います。旦那さんが可哀そうです」


 まさかの後ろからの直撃弾。


「え、そうなの? マルくん、シチュー、大好きよ」


「うわぁ」と、シャインが驚愕した声を上げた。


「わかっておらんな」


 しんちゃんも、つぶやいた。


 あたしは、救いを求めて、マルくんの合理性をよく知る、マルくんの師匠に顔を向けた。


 爺様は、あたしと目を合わさないように、顔をそむけた。


 あたしは、ミキの保護者である、『幸運と勇気ラッキー・プラック』を、睨みつけた。


「あんたたちの娘がひどいこと言うんですけど」


「あら、お行儀は、とても大切よ」


 ラッキーだ。


 プラックは、ラッキーの言葉に黙ってうなずく。


 こいつら!


 そういや、育ちが良さそうだもんな。


「わかったよ。あたしが悪かったよ。『13号』は、ありがたくいただくよ」


 あたしは、泣きそうだ。


「そうしてよ。本当に僕たちがピンチになった時だけ、助けに向けてくれればいいからさ」


 と、シャイン。


「結局、百斬丸の誕生日とは、いつなのだ?」


 しんちゃんが言った。


「今日」


「「「「「「「ああぁ」」」」」」」


白い輝きホワイトシャイン』と『幸運と勇気ラッキー・プラック』が、全員、天を仰いだ。


「あっぶね、まさかの当日完成かよ」


 ランだ。


「『5号』なら問題なかったでしょ。それに渡すのは、夜、帰ってきてからなんだし」


 あたしは、反論した。


「だから、そういうところです」


 スーが言った。


 ミキまで含めて、全員があたしを、ジトっとした目で見る。


「えーい、この話は、もう終わり」


 あたしは、強引に、話題を打ち切った。


 八対一では、勝てるわけない。


「ミキ、マルくんの夫婦石を頂戴」


 早速、今朝渡した予備の夫婦石が役に立つ。


 あたしは、『はいたつくん13号』の頭に、マルくんの夫婦石を組み込んだ。


『13号』は、マルくんの配達に同行するのだから、本来、夫婦石を組み込まなくても問題はない。


 けれども、組み込んでおけば、地下ではぐれてもすぐ再会が可能だった。


 正しい夫婦石の使い方だ。


「『はいたつくん12号』、『はいたつくん13号』、立って」


 あたしの指示に、『はいたつくん』達は、スムーズな動きで立ち上がった。


 荷車体型では体の下になって見えなかった、胸に書かれているボタニカル商店のロゴマークが露になる。


 赤白黒の三色の、大きさが異なる三角形を色々組み合わせてつくった正方形を背景にして、緑の三角形を組み合わせた植物を上に描いた図だ。


 赤は、あたしが得意とする炎系魔法を、白と黒は、それぞれ癒しと破壊を、緑は、もちろん、薬草であり、ボタニカル商店そのものだ。


 そんなロゴマークの脇に、どちらが何号ゴーレムかわかるよう、『12』、『13』と、それぞれ書いてある。


「『はいたつくん』から、荷物を受け取る時には、どうすればいい?」


 シャインが訊いた。


「『はいたつくん』が夫婦石の持ち主らしき相手に近づくと、身元確認のため、動きがゆっくりになるから、顔の前に夫婦石を提示してやって。そうすれば、その場で停止する。確認前に荷物を取ろうとかしちゃだめよ。攻撃されるから。停止したら何か指示をだせば従うわ」


「わかった」


「試してみよっか。相方になる夫婦石は、今、持ってる?」


「ある」


 シャインは、懐から、夫婦石を取り出した。


「『はいたつくん』から見えなくなるよう、店の外へ出て」


 シャインは、あたしの指示に従って、店の外に出た。


 見物するため、他のみんなは、窓から外を覗く。


 シャインは、窓辺からは見えるが、『はいたつくん』からは死角になっていて見えない場所に立っている。


「『はいたつくん12号』、あなたの中の夫婦石の持ち主に、急いで荷物を配達して」


 あたしの言葉に、胸に『13・・』と書かれた『はいたつくん』が、即座に反応した。


 かぎづめのある両腕を前に突き出し、高速で車輪を回転させると、店から飛び出す。


『はいたつくん』は、外にいたシャインには目もくれずに、街の中へ走り去った。


 ダンジョンの入口がある方向だ。


 あたしたちは、呆然と顔を見合わせた。


「まさか!」


 ラッキーが、残された胸に『12』とある『はいたつくん』に駆け寄ると頭の脇を見る。


 頭の脇に『13』と小さく書かれている。


「こっちが『13号』だ!」


 単純ミスである。


 全員、一斉に、あたしの顔を見た。


 やっちまった。


「行っちゃったんだけど」


 シャインが店内に戻って来た。


 あの勢いでは、『はいたつくん』は、すぐにもダンジョンに突入するだろう。


 マルくんに会うまでは止まるまい。


「旦那さん、『はいたつくん』の止め方知りませんよね?」


 ぽつりと、ミキが言った。


 沈黙が店内を支配する。


 止まらなければ、永久に追うだけだ。


 マルくん、攻撃しちゃわないかな?


 攻撃されたなら、『はいたつくん』は、反撃するだろう


「儂、用事を思い出した」


 危機管理能力に秀でた爺様シーフが、最初に口を開いた。


 店から出ようとする。


「わたくしも」、「オレも」と皆が後に続く。


氷縛ひょうばく!」


 あたしは、呪文で、床一面に氷を張ると、氷でできた蔦をはやして、全員の足を縛り付けた。


「連帯責任よ」


 あたしは、涙目で主張した。

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