第39話 訓練場

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「ミキさんは、ゴーレム使いを目指されるのですか?」


 スー・デルカが、ミキに声をかけた。


「とんでもない。わたしは、ここで働かせてもらっているだけですから」


 ミキは、ぶんぶんと激しく頭を振った。


「でも、いつかお薬が作れるようになれたらいいなと思っています」


「それくらい、すぐ教えてあげるわよ」


 あたしは言った。


「本当ですか!」


 ミキは、声を上擦らせた。。


「うちの親、二人とも回復ができないから、私がいいお薬を作れるようになれば喜ぶと思います」


「待った。となると、お店の売り上げが減るということね」


「あ」


 ミキが、しゅんとなった。


「店長の弟子失格です」


 がっくりと項垂れてしまう。


 冗談なのに。


「うわっ。ケチくせぇ」


「ポーションならば、わたくしもつくれますよ。わたくしが教えてさしあげます」


「オレもできるぞ。なんなら、オレの弟子になるか?」


「おバカ。冗談に決まってるでしょ。目の前で人の弟子を引き抜こうとするんじゃない」


 あたしは、車椅子をタップし、ランを轢こうとした。


 逃げられる。


 チッ。


「それより、二人して何の用よ。弟子をとりにきたわけじゃないんでしょ?」


「百雲斎に、『はいたつくん』の魔法対策を手伝えって言われたんだ」


「魔法対策なら、あたしでいいじゃない」


「ここじゃ、実際にゴーレムに魔法をぶつけて試すわけにはいかないだろ」


 そういうことか。


 現在の『はいたつくん』は、9号だ。


 爺様による盗難防止用の罠はもちろんだが、素材が布のままでは切られ放題であったため、布の代わりにミスリル板で囲んでいる。


 もはや、リュックサックではなく、金属の箱である。骨格だけでなく、全身ミスリルだ。


 背負うという使い方は絶対できないため、背中側も腹側も衝撃を受け流しやすいように、丸みを帯びた形に湾曲させてある。


 重たくなった分、ミスリル製の骨格を太くして、足腰も強化している。


 おかげで、並みの魔物や探索者では、歯が立たない頑丈さになった。


 並み以上のドラゴン級の魔物でも、簡単には傷をつけられないだろう。


 以前はリュックサックに手足と車輪がついただけの形だったが、未知のエリアにいる『白い輝きホワイトシャイン』隊を、夫婦石を頼りに追跡するという目的に役立つよう、頭をつけた。


 半球形のヘルムの形をした頭の中に、精霊石製のゴーレム核と夫婦石の片割れを組み込み、ゴーレム核が夫婦石の向きを把握しながら追跡をしやすいよう、工夫したのだ。


 ダンジョン内には、通路内に水が溜まった場所もあるため、内部に水を染み込ませないための、密閉対策も施してある。


 とはいえ、迷宮内には、魔法やブレスを使う魔物もいる。


 物理的に頑丈でも、例えば熱を受けて、中の薬品が変質したり燃えてしまっては意味がない。


 熱だけではなく、電気や冷気等にも対応しなければならなかった。


 実際にそういった攻撃を受けて、『はいたつくん』が無事にすむかどうかを実験して、問題があれば改善するようにと、百雲斎の爺様は言っているのだ。


 確かに、店の中でゴーレムに試しに魔法をぶつけるわけにはいかなかった。


 庭に出たとしても論外だ。街中である以上、大問題になるだろう。


 大手商店たちからの、ボタニカル商店排斥運動が、すぐ始まる。


 できるとしたら、迷宮内か探索者ギルドの訓練場が適当だった。


 ギルドには、探索者たちが戦闘訓練を行うために使われる倉庫のような広い空間、通称、訓練場がある。


 建物ではなく、本来は、迷宮の地下一階の一画だ。


 魔物が入ってこないように通路を完全に閉鎖して、ギルドで自由に使えるよう一帯を締め切った空間だ。


 物理的な戦闘の訓練だけではなく、魔法の訓練も行えた。


 せっかく覚えた新しい魔法を、迷宮内で、ぶっつけ本番で放ったところで、当てらなければ意味がない。


 魔法をうまく操るための訓練が行え、万が一、魔法が暴走しても大丈夫なように、先人により、訓練場内の壁や天井には、魔法的な結界も施された空間だ。


 ギルドの訓練場ならば、ゴーレムの耐魔法実験に適当だ。


 いずれにしても、『はいたつくん』であれ『救急くん』であれ、実際に迷宮内でゴーレムを動かそうとするのであれば、探索者ギルドと話をつけておく必要があった。


 事情を知らない探索者から見れば、ゴーレムは、見知らぬ魔物だ。


 狩ろうとする探索者が出てくるだろうし、少なくとも、見知らぬ魔物の目撃報告が、ギルドにあげられるに決まっていた。


 そうならないよう、あたしが現在しようとしているゴーレム利用の試みについて、ダンジョンを管理する探索者ギルドから、事前に了承を得ておく必要があった。


 必要ならば、ギルドの探索者支援という名目で、ゴーレムを共同運用にして、いくらか手数料を払ってあげてもいい。


 いっそ、あたしは探索者ギルドにゴーレムを貸し出すだけで、面倒な手続きは全部ギルドにやらせて、レンタル料だけ吸い上げる形でもいいかもしれない。


 いずれにしても、ギルドに一枚かませておけば、あたしが訓練場を実験に使用する、大義名分になるはずだ。


 でないと大手商店の奴らが、どんなケチをつけてくるか、わかったものではなかった。


 何だったら、さらにカルト寺院とも共同運用の形にして、寺院にも恩を着せつつ、大手商店に対する圧力にしてもいいだろう。


 そこまで考えて、あたしは答えた。


「わかった。ギルドマスターとは話をつけるよ」

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