第37話 爺様

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 ゴーレムのスピードを上げるためには、全体的に重量を軽くするか、踏み出す足の力を強くするかだ。


 けれども、ゴーレム本体をどんなに軽くしたところで、荷物の重さは少しも減らせない。


 解決策は、脚力強化の一択だった。


 ゴーレムの基本性能は、素材に作用される。


 木よりも力がある素材だ。


 単純に、骨格を木材から鉄の棒に変えた『はいたつくん4号』の呆気ない失敗で、ついに、シャインは本気になった。


 抜本的な改善のためには、軽くて強い、レアな素材が必要だ。


 例えば、ミスリル!


 シャインは、『白い輝きホワイトシャイン』隊を招集すると、地下に潜った。


 目指すは、ミスリルのインゴッド。


 地下十七階で、時たま、手に入る。


 買えば、一財産の代物だったが、自分で見つければ無料ただである。


 みんなの労力は、マルくんへの誕生日プレゼントとして、ありがたく受け取ろう。


 シャインに、色街での夜遊びよりも夢中になれるものができて、よかったよかった。


 手に入れた、ミスリルのインゴッドを、街にあるドワーフの工房で、棒状に加工する。


 そうして、棒ミスリルを骨格にして完成した『はいたつくん5号』。


 あたしとミキ、シャインが見ている前で、『はいたつくん5号』は、店内を素早く駆け回ってみせた。


 うつ伏せ、起き上がりも、自由自在だ。


 やったね。


 マルくんの誕生日プレゼントが完成した。


 あたしは、シャインと掌を打ち付け合った。


 たまたま、店内に客はいない。


 そのとき、来客を告げるドアの開閉音がした。


「いらっしゃいませ」


 反射的に、ミキが声をかけた。


 最近、すっかりと接客が板についている。


「シャイン坊やが何に入れあげたのかと思っていたが、そういうことか」


 白髪、白髭はくぜんの背の低い爺さんだ。


 作務衣さむえとかいう、藍色をした東方の衣服を着ていた。


 車椅子に座ったあたしと、目線の高さが、ほぼ同じだ。


 百雲斎ひゃくうんさい


 あたしとマルくんが、『白い輝きホワイトシャイン』隊を抜けた後、なかなか腕の立つ後任が決まらず、シャインは、暇に飽かして色街に入り浸ってしまった。


 何とかするため、マルくんが頼み込んで後任に入ってもらった、盗賊シーフである。


 マルくんの師匠だ。


 年齢は、七十に近いだろう。


 その歳で地下に潜れるだなんて、化け物だ。


 けれども、自分より腕が立つシーフ技能の持ち主を、マルくんは、他に知らないと言っていた。


 パーティーの実力が極端に落ちることを嫌ったマルくんが、ぜひにと懇願した。


 百斬丸ひゃきりまるの『百』は、百雲斎の『百』に由来するらしい。


 詳しくは知らない。


 東方系の名前は呼びにくいので、あたしは『爺様じいさま』と呼んでいる。


 マルくんが土下座で後任を依頼した際、爺様は、「お前が復帰するまでのあくまで繋ぎだ」と言ったそうだ。「それならば、引き受ける」と。


 早く、この足を何とかしないと、爺様にお迎えがやってきちゃう!


「おじいちゃん、いらっしゃいませ」


 来客が誰だかわかって、ミキが改めて挨拶をした。


「お邪魔するよ」


 百雲斎は、ミキに近づいた。


 懐から、飴玉の包みを取り出し、ミキに渡す。


「飴ちゃんだ」


 爺様は、生涯独身を貫いてきたらしく、マルくんを息子、ミキを孫のようにかわいがっている。あたしは、息子の嫁という立ち位置だ。


「おじいちゃん、ありがとう」


 喜ぶミキに、爺様は、うんうん、と、相好を崩してから、あたしとシャインに、


「外から見てた。こいつを地下に潜らせるんだな」


 あたしとシャインに気配を悟らせずに見ていただなんて、流石、爺様。


 でも、町ゆく人に見られたら、ただの危ない人ですから。


「だが、致命的な欠点がある」


 爺様は、厳しい顔をして言い切った。


「どういうこと?」


「儂とすれ違うように動かしてみろ」


 あたしは、『はいたつくん5号』に、店の端から端まで進むように指示を出した。


 爺様は、そんな『はいたつくん5号』とすれ違うように歩く。


 すれ違った瞬間、爺様の両手には、緩衝材で包まれたポーションの瓶が、それぞれ握られていた。


『はいたつくん5号』の背中で、紐を解かれた蓋が、はためいている。


「盗み放題じゃ」


 爺様は、おもむろに緩衝材を破り捨てると、瓶の栓を取り、ごくごくとポーションを飲み干した。


「まずい。もう一本」


 二本目も開けると、くぴりと口をつける。


 やかましいわ。


 ゴーレムは、店の反対側の壁まで進んで、足を止めた。


 あたしとシャインは、目から鱗だ。


 マルくんが走るスピードについていけさえすれば、それでいいとしか考えていなかった。


 だって、マルくんがついているのだ。


 マルくんのゴーレムから何か盗もうなんてする命知らずが、いるとは思えない。


 すぐ、首絶ちクリティカルだ。


「確かにそうなんだけれど、心配ないかな。マルくんが一緒だし」


「百斬丸の配達は地下七階までだろう。儂らがいるところは、もっと下じゃ」


「そんなとこ行かないのよ。マルくんの代わりに荷物を持つためのゴーレムだから」


「なに! わしゃ、てっきり、ゴーレムに自動で配達をさせるもんだと」


「その手があったか!」


 シャインが、名案だと声を上げた。


「姐さん、俺からもお願い」


 ちょちょちょ。


 何だか、ハードルが急に上がった。それも、物凄く。


「あたし、盗賊対策なんてできないわよ」


「儂が罠を仕掛けよう」


「盗みだけじゃなく、破壊対策も必要だね。魔物や探索者に襲われるかもしれないし」


「攻撃こそ最大の防御じゃぞ」


「でも、出会った探索者を、みんな攻撃しちゃうわけいかないだろ」


「先に攻撃してきた相手に対してだけ反撃させよう」


 何か勝手なことを言い出した。


「追跡能力が肝心じゃな。地下のどこにいるか分からない儂らをどうやって探し出す?」


「そこは、夫婦石で細工すれば何とかなると思う」


 あたしは、うっかり対策を考え始めていた。


「各階を事前に一度歩かせて、地図を憶えさせておければ、もっといい」


 にやにやと、シャインと爺様が、あたしを見ていた。


 してやったり、の顔だ。


「なによ」


 急に、恥ずかしくなって、あたしは言った。


「材料費は、そっち持ちよ」

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