第36話 シャイン
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ボタニカル商店の厨房兼調剤室。
あたしの目の前に、もさっとした華のない男が立っている。
目を隠すように垂れた前髪と、ぼさぼさの頭頂部。
無精髭。
ところどころに穴の開いた、汚れた服。
但し、髪色は、綺麗な
髪に隠れて下半分しか見えていない顔立ちも、まぁ整っている。
手入れをすれば、高貴そうだととれなくもないだろう。
いつも、
縦横1メートル、高さ2メートルの大きさだ。
『
隊の装備を白に統一し、名実ともに、隊をダンジョン一の実力に押し上げた派手好き男のプライベートは、いたって地味だった。
普段、色街に入り浸っている時の姿とは似ても似つかない。
「徹夜しちゃったよ」
と、シャインは言った。
「
シャインは、背中からリュックサックを下ろすと、自分の隣に立てて置いた。
リュックサックの天辺は、シャインの身長よりも高い。
リュックサックの背中に密着する側の側面には、上下に二つずつ車輪がついていた。
上の車輪は直径が小さく、下の車輪は直径が大きい。
リュックサックの下方、背中と密着しない側には、二つの大型車輪と対になる形で、二本の木製の足がある。あたしの車椅子と、同じ仕組みだ。
縦に立てて置かれたリュックサックの下の部分で、大きな車輪と二本の後ろ脚が、リュックサックを支えている。
上にある車輪は、接地はしていない。
リュックサックを、前方に横倒しにした際だけ、床につく構造である。
上下の車輪の中間付近の側面から、『かきまぜくん』のような、二本の長い腕が生えていた。
但し、腕の先端は、木べらではなく、かぎづめだ。
かぎづめの先端が、ほぼ床に付きそうなほど、長い腕である。
ざっくり言うと、手足と車輪がついた大型のリュックサックだ。
「徹夜が何よ。どうせ、色街で夜更かしばかりしてるんだから同じじゃない」
「ま、そうなんだけどさ」
シャインは、口を尖らせた。
マルくんがパーティーに入ってくるまでは、シャインが、ゴーレムの製作担当だった。
シャインは、あたしの、急な呼び出しからの、大至急の依頼に応えてくれたのだ。
昔取った杵柄である。
あたしは、車椅子を進ませると、シャインが置いたリュックサックの背面側に移動した。
ミキも、あたしの横に並ぶ。
ミキまで、厨房兼調剤室にいるため、店舗内に店の人間は不在だ。
『調剤中のため、御用のある方は、呼び鈴を鳴らしてください』の
万引きの心配はない。
天井近くから、ジェーン、キャシー、ドミニクの三体の
万一、出来心を抱いた相手がいた場合は、荷を戻すまで、顔の周りに付きまとう。
ミキを雇う以前からの、当店の販売スタイルだ。
一人の時は、調剤のため店舗室からあたしがいなくなるのは、しょっちゅうだった。
そのあたりは、常連の客であればあるほど、よく知っている。
あたしが誰かも。
もし、不心得な客を見かけた場合には、それとなく、常連客が諭してくれていた。
そんなわけで、あたしとミキは、安心して店舗室を離れてリュックサックを見上げていた。
うちの店で売っているリュックサックを改造した物なので、材質は、マルくんのリュックサックと同様、布と木である。
顔はないが、左右に腕がついているので、武骨な四角い人形みたいだ。
あたしは、リュックサックの紐をほどくと、リュックサックの背面側を、全体的にガバリとあけた。
中身は空っぽだ。
布と棒で、複数の棚が作られている。
あたしは、お
呪文を唱える。
お札に精霊の魂が宿り、リュックサックは、ゴーレム化した。
「『はいたつくん3号』、あたしについてきて』
あたしは、車椅子を部屋の一方の壁の前まで移動させた。
『はいたつくん3号』は、はたはた、と紐を解かれた蓋の部分をはためかせながら、後からついてくる。
「『はいたつくん3号』、とまって」
『はいたつくん3号』は停止した。
立ったままでは荷物が入れずらい。
特に最上段には、あたしや、ミキでは手が届かなかった。
マルくんだって、配達用の荷物をリュックサックに詰め込む時には、横倒しにしてから、荷物を詰めている。
「『はいたつくん3号』、ゆっくりと前に倒れてみて」
『はいたつくん3号』が、うつ伏せの姿勢に倒れ込んだ。
多分、うつ伏せで良いのだろう。
上下の車輪が床に付き、四輪車状態になる。
代わりに、後ろ脚が上にあがって、丁度、荷車の持ち手のような位置になった。
はためいている蓋を、全開までめくる。
部屋の壁際には、『はいたつくん3号』に持たせるため、あらかじめ割れないように緩衝材で包んだポーションの瓶が用意してある。
あたしとミキは、誰かから注文を受けた場合を想定して、適当に複数ずつ、パーティー単位の荷物のつもりとして取りまとめたポーションを、『はいたつくん3号』の仕切り棚の中に詰めていく。
全てを詰め込み終えたら、蓋を紐で縛って、リュックサックを閉じる。
「『はいたつくん3号』、立って」
あたしの声に、『はいたつくん3号』は両手を床に突っ張り、起き上がろうとした。
ギギギ。
だが、立てない。
『はいたつくん3号』は、床に手をついて起きようとするのを諦め、壁に手を伸ばした。
かぎづめを、壁に引っ掻け、少しずつ手を上にあげていき、何とか立ち上がる。
かぎづめに引っ掻かれて、壁には、大きく傷がついた。
マルくんに何て言ってごまかそう。
「『はいたつくん3号』、あたしについてきて」
結果は、わかりきっている気がしたが、あたしは、言うだけ言ってみた。
あたしは、車椅子で、少しだけ移動すると、『はいたつくん3号』を振り返って待つ。
ギ、ギ、ギ、と、重たそうに、ゆっくりと車輪が回転して、『はいたつくん3号』が前進する。
うん。とても遅い。
こんなんじゃ、マルくんはおろか、あたしにも追いつけやしない。
「やりなおし」
あたしは、シャインに、冷たく告げた。
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