第35話 改善点

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「『はいたつくん2号』の改善すべき点について考えたかい?」


 ちょこまかとミキの後をついて動く荷車、『はいたつくん2号』から商品を手に取り、丁寧に店内の棚に並べる作業をしているミキに対して、あたしは聞いた。


『はいたつくん2号』をミキに与えた、何日か後のことだ。


「はい」


 ミキは、商品補充の手を止めると、エプロンの前ポケットから小さな紙の束を取り出した。お店であたしが教えたことなどを書き留めている、お仕事ノートだ。


『はいたつくん2号』の改善すべき点を、メモしてあるのだろう。


 まったく、真面目っ子だ。


 まだ、五歳だとはとても思えない。


 自分の五歳の頃を思い出して、やんちゃ具合に、あたしは恥ずかしくなった。


 そういえば、カルト寺院の孤児院で、あたしを襲おうとした神官に、天罰を喰らえ、と右手で火の玉をぶつけ、しばらく焼いた後、左手で治療してやったのが、五歳の時だ。


 寺院では、『神の左手悪魔の右手』事件と呼ばれている。


 癒しの魔法を使える者は寺院に少なくないが、同時に攻撃の魔法も使える者となると、途端に数が減る。当時、司祭級にも、数名いるかいないかだった。


 まして、その誰よりも、瞬間的に放てる火力は、五歳のあたしのほうが上だった。


 一般的に、僧侶の価値は、癒しの力の強弱にあると思われているが、実は違う。

癒しを効果的に実践するためには、はったりの力が必要だ。


 演出と言ってもいい。


 見た目が派手な攻撃系の魔法も使える僧侶は、信者獲得のためのはったりには最適だった。


 同じ傷を治療する行為でも、周囲に火の玉が舞っていたり、治療しながら、室内に冷気が漂い、天井から氷柱が伸びてくるほうが、何だか神秘的でありがたみがある。


 真面目に治療行為をするだけよりも、派手に治療をした方が、寺院としては信者獲得の役に立った。


 戦士団が魔物から街を救った後に、僧侶が住民を治療するより、僧侶自ら、魔法で魔物を蹴散らしてから治療をしたほうが、ありがたみは、格段に上だ。信者獲得の役に立つ。


 自ら奇跡を演出して信者を増やし、信者が増えて強まった世間への影響力を駆使して、時の権力者に取り入る。


 広く世の中全体に癒しを行き渡らせられるようにする、という口実で布教を進め、権力者も無視できないほどに、社会への影響力を高めていく。


 そのようにして、カルト寺院は、力をつけてきた。


 まだ少女であった、あたしは、奇跡を演出するはったり力という意味で、あたしを襲おうとした神官より、寺院にとって利用価値が高い存在だと見なされた。


 しょぼいおっさんより、か弱い少女が、けなげに頑張っている姿のほうが、人々の心を震わせる。


 あたしは、奇跡だ、聖女だ、と、寺院の宣伝塔に祭り上げられた。


 おかげで、それ以来、神官たちから襲われるような目には合わず、食べ物にも困らなかったけれども、あたしを手放したくない寺院から足抜けして自由になるまで、えらい苦労をしたのだった。


 政治や権力なんかに、あたしは興味ない。


 あいつら、暗殺者まで、送ってきやがるし。


 もっとも、返り討ちにしてやった最強の刺客が、今じゃ、夫になってるんだけど。


「発表します」


 ミキは、ノートのページを開きながら声を上げた。


「はい」と、あたし。


 まるで、学校の先生にでもなったみたいだ。何だか楽しい。


 ミキは、『はいたつくん2号』の欠点について、ノートに書き留めてあった内容を読み上げた。


 曰く、


 瓶がカチャカチャとぶつかりあって音がする。


 瓶が割れそう。


 スピードをだすと荷物が落っこちる。


 スピードをだしすぎると曲がれずに倒れる。


 倒れても自分では起き上がれない。


 荷物を運べる量が少ない。


 坂道が苦手。


 階段を通れない。


 などである。


 実際に店内でスピードをだしすぎて横転し、大惨事になった経験が反映されている。


「わたしはダンジョンには行ったことがないので、お父さんとお母さんに話を聞いたら、ダンジョン内では魔物に見つかるから音を立ててはいけないのだ、と教わりました」


 ミキは、補足で説明をした。


「そうだね」


 真面目くさって言う、ミキの様子に、あたしはにんまりした。


 可愛すぎる。


 そこまで真剣に取り組んでくれなくてもよかったんだけど。


 でもまあ、家に帰れば、今日は何をしたとかそういうお話を、そりゃ親とするだろう。


 あたしは、娘に変な事させるな、と、『幸運と勇気ラッキー・プラック』の二人に叱られないだろうかと心配になった。


 あたしの眉間に皺でも寄ったか ミキは、何か勘違いをしたらしく、


「あ、大丈夫です。二人には、ゴーレムづくりは、旦那さんには内緒だからって言ってあります」


 慌てたように、言いつのった。


 あたしは、笑いをかみ殺すのに、苦労を強いられた。


 一生懸命やってくれている子どもを笑っちゃいけない。


「よし。じゃあ、どう改善すればいいだろう? 考えてあるんでしょ?」


「はい」


 ミキは、頷いた。


「瓶がカチャカチャ音を立てるのには、旦那さんが荷物を持っていく時と同じで、瓶をクッションで包むとよいと思います。落っこちないようにするためには、覆いをかぶせます」


「うん」


「運べる量が少ないので全体をもっと大きくして、坂道と階段が平気になるように、店長の車椅子みたいに足もつけます」


「転んだときは?」


「手をついて自分で起き上がれるように、手もつけます」


 あたしは、頷いた。


「いいんじゃない」


 問題は、その製作をどうするかだ。


 あたしの車椅子も、『かきまぜくん』たち、店のゴーレムも、全部、マルくんの製作だ。


 でも、今回、マルくんに手伝いは求められない。


 一般的に、ゴーレムづくりは魔法でするように思われているけれども、魔法で行うのは、最後に命を吹き込む作業だけで、肝心なのは、ゴーレムを製作すること、それ自体である。


 あたしは工作が苦手だから、『はいたつくん2号』の時みたいに、お札を貼ったゴーレム程度しか、自分ではつくれない。


 誰か、アイデアを形にできるような人材が必要だ。


 あいつを呼ぶか。


 あたしは、昔、リーダーと呼んでいた、『白い輝きホワイトシャイン』隊のシャインを呼びつけた。

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