第34話 ゴーレムルール

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 実験として、早速、ミキの荷車カートをゴーレム化した。


 荷車をひっくり返し、裏側に紙製のおふだを張る。


 お札は、いわゆるゴーレム核の役割を担っている。


 一般的に、ゴーレムは、ゴーレム核と呼ばれる、ゴーレムを疑似的な肉体として操作するための命である精霊を宿らせる部分と、ゴーレム本体の組み合わせからつくられる。


 例えば、針金を折り曲げて人型にした物をゴーレム核として、針金の周囲に粘土で肉付けをしてゴーレム本体をつくるとか、そのような方法だ。


 この場合、マッドゴーレムができあがる。


 形ができたら、呪文でゴーレム核に精霊を召喚して宿らせ、宿った精霊が、ゴーレムを疑似的な肉体として、使役者の指示に従って動かすというのが、基本のゴーレム術だ。


 ゴーレム核の素材は針金に限らず、紙でも石でも構わなかったが、急所に当たる部分なので、本来は、頑丈であるほど好ましい。


 実験なので、今回は、精霊を宿らせやすい、紙のおふだを使用した。


 もちろん、ゴーレム本体の素材も何でも構わないが、ゴーレムの強度やスピード、重量は素材と形状に左右されるため、そこは工夫だ。


 ゴーレムに行わせたい仕事の内容にあわせて、素材や形状は決定される。


 あたしは、お札を張った荷車を、再度、ひっくり返して、本来の向きに変えた。


 精霊召喚の呪文を唱え、お札に精霊を宿らせる。


「できた。『はいたつくん2号』だ」


 完成したゴーレムは、どこからどう見ても、何の変哲もない荷車だった。


 ミキの視線が痛い。


『かきまぜくん』のような、いかにもなゴーレムを想像していたのだろう。


「信じてないな。『はいたつくん2号』、ミキを追いかけろ」


『はいたつくん2号』は、車輪を回転させて自ら動くと、のろのろとミキの方へ向かった。


 ミキが後退あとずさる。


 後退った分、『はいたつくん2号』はさらに進んだ。


 ミキが逃げる。


『はいたつくん2号』は、同じスピードでミキを追った。


 ミキと『はいたつくん2号』は、車椅子に座るあたしの周りを、くるくる回った。


 籠の中のポーションの瓶が、ぶつかりあって、かちゃかちゃと音を立てている。


 クッション性に、改善の余地ありだ。


「店長!」


 ミキの悲鳴があがる。


「『はいたつくん2号』、とまれ」


『はいたつくん2号』は、ぴたりと止まった。


 どこからどう見ても、何の変哲もない荷車だ。


 ミキは、ポカポカと、あたしを叩いた。抗議行動だ。


「ははははは」


 あたしは、笑って受け流した。


「この子は、あたしとミキの指示に従うようになっている。ミキも、やってみろ」


 ミキは、恐々と『はいたつくん2号』の前に立つと、指示を出した。


「動いて」


『はいたつくん2号』に変化はない。


 あれっ、という顔で、ミキがあたしの顔を見る。


「まず、相手の名前を呼び、使役する対象を特定する。その後、対象に行わせたい行動を具体的に指示するんだ」


「『はいたつくん2号』、あたしについてきて」


 ミキは、室内を歩きだした。


『はいたつくん2号』が、ミキの後をついて動き出す。


「『はいたつくん2号』、とまって」


『はいたつくん2号』が、その場で止まった。


 ミキは、『はいたつくん2号』に近づくと、上に置かれた籠から瓶を一本取り、その場に棚があるものとして、瓶を棚に置くような動きをした。商品補充のシミュレーションだ。


 ミキは、置くふりをした瓶を籠に戻す。


「『はいたつくん2号』、あたしについてきて」


 ミキは、少しだけ、場所を移動した。


『はいたつくん2号』が、ミキの後をついて動き出す。


「『はいたつくん2号』、とまって」


 最初の指示で、『はいたつくん2号』は動き出し、後の指示でその場でとまった。


「すごい。わたしにもできました。でも、いちいち名前を呼ばないといけないのは面倒ですね」


「対象の特定がなくても動いてしまうと、意図したゴーレムと違うゴーレムまで動き出して大変なことになる。あたしが、この部屋で、うっかり指示らしきことを言ったら大パニックよ」


 室内には、『かきまぜくん』だけでも六体ある。


 特定の誰かに鍋をかき混ぜさせるつもりで指示を出したのに、全員、腕を振り回し始めでもしたら大惨事だ。


「でも、店長の車椅子は? 声をかけたりしていませんけど」


「この子は、叩くことで、対象の特定をしているんだ。どこを何回叩いたらどう動くということを、覚えさせてある」


「なるほど」


 ミキは、ゴーレムを使役する際のルールを飲み込んだようだ。


 対象の特定と具体的な指示である。


 その先は応用だ。


 どういう場合は、どう動けという規則を、一つずつ覚え込ませていくことで、次第に自動行動に近づけていく。


「しばらく、店内でその子を使ってみて、マルくんの手伝いをちゃんとできるようなゴーレムにするためには、次に作る3号は、もっとどうなるといいか考えてみな」


「はい」


 ミキは、いいお返事をした。


 その後で、不思議そうな顔になる。


「ところで、何で、『はいたつくん1号』じゃないんですか?」


「だって、『1号』は、今、配達に行ってるじゃない」


 あはは、と、あたしは、笑った。


 あたしが、誰のことを言っているか、ミキにも通じたらしい。


「ああ」


 悪い女の顔で、ミキは笑った。


 こういう時、年齢は、全く関係ない。


「そんなこと言っていいんですか。旦那さんに言っちゃいますよ」


「あれ? あたしは、マルくんのことだなんて一言も言ってないよ」


 ミキは、真っ赤になった。


「ずるい」


「それより、『1号』には、あたしたちが『はいたつくん』をつくっていることは内緒だよ。マルくん、来月が誕生日なんだ。完成品をプレゼントして、びっくりさせよう」


「やっぱり、旦那さんが、『1号』じゃないですか!」


 ミキは、頬っぺたを、ぷっくらと膨らませた。

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