エピソード4 はいたつくん

第33話 ゴーレム

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 ミキには、店内の商品補充と、お客さんから配達の注文を受けた商品を、棚から集めてくる仕事をメインでお願いすることにした。


 あたしは、足がこんなだから、荷物をもって店内を行ったり来たりする仕事が、とても苦手だ。


 そのあたりを、ミキにお任せできるようになれば、あたしは、商品の製造にもっと時間をかけられるようになる。


 驚いたのは、ミキは、五歳にして、読み書きだけではなく計算もできたことだ。


 ガサツな探索者の娘には、普通あり得ない。


 事情を聞こうとは思わないが、『幸運と勇気ラッキー・プラック』は、今でこそ探索者だが、もともとの育ちが良いのだろう。


 ミキが、読み書き計算ができると知っていれば、『依頼は十歳から』などとつまらないことは言わずに、探索者ギルドも手放そうとはしなかったはずだ。


 将来の優秀な職員候補として、内部の仕事に従事させたに違いない。


 自分たちに、もしもの事態があった場合にと娘の将来を考えた、両親の教育の賜物だ。


 もっとも、今回は、偶々、うまくいかなかったけれど。


 マルくんが、『幸運と勇気ラッキー・プラック』を連れ帰ってくれたので、ミキがお店で働く話はすっかりなくなったものと思っていたのだけれど、次の探索に出る朝、二人は、しれっとお店にミキを連れてきた。


「これで安心して探索に出られるわ」と、ラッキーは、笑っていた。


 追い出される可能性のある宿で留守番をさせておくより、うちの店で働かせておいたほうが、そりゃ、安心だ。


 万が一の事態が、もう一度起きたとしても、心配はない。


 そういった判断だろう。


 自分の子供にとって、より良い選択を常にする。


 これが、母親という奴か。


 いつか、あたしにもそうなれる日がくるだろうか。


 あたしは、ラッキーと同い歳タメどしだ。


 だとすると、今頃は、あたしにも、ミキと同じぐらいの子がいたとしても不思議じゃあない。


 そう考えると、寂しくなる。 


 マル君の子供がほしい、という気持ちはずっとあるけれども、あたしの足がこんなである間は、子供はつくらないでおこう、って、二人で決めていた。


 あたしに若さが残っている内に、治せるだろうか?


 自分たちの決断が、正しいのか、間違っているのかはわからない。


 でも、今、子供をつくって、生まれてきた子が石でした、なんてなったら、絶対、耐えられない。


「店長」


 ミキが、あたしに呼びかけた。


 ミキは、あたしのことを『店長』、マルくんを『旦那さん』と呼んでいる。


 早まって、『ここを自分の家だと思って』とか『あたしのことを、これからは母親代わりだと思って』なんて、ミキに、うっかり言ってしまわなかった自分を褒めてやりたい。


 もちろん、その覚悟ではあったけれども、そんなやりとりをしてしまっていたら、お互いに恥ずかしくて、ミキが、こうして店で働くようなことにはならなかっただろう。


 いや、でも、逆に笑いとばして、ラッキーは、やはり、しれっとミキを連れてきたような気もする。


「昼間は、もう一人のおかあさんの手伝いをするんですよ」とか、何とか言ってたりして。


 やばい。妄想が発動した。


「店長!」


 あたしが返事をしないので、ミキが、呼び声を大きくした。


 あたしは、店舗室と扉一枚隔てた隣の、厨房兼調剤室で、火にかけた鍋をかき混ぜていた。


 より正確には、あたしの意を受けた、手だけしかないゴーレムが、鍋の中身をかき混ぜている様子を見守っている。


 鍋の脇に立てた三脚的な足場の上に、腕のように曲がる木製の関節と骨組みが付き、先端が木べらになっているゴーレムだ。


 木べらが鍋の中身を、焦げ付かせないよう、適切なスピードでかき混ぜていた。


 かき混ぜ専用のウッド・ゴーレム、『かきまぜくん』だ。


 かまどの数だけ、『かきまぜくん』がいるので、1号から6号まで存在していた。

つくるたびに、少しずつ改良をしているため、姿も大きさも微妙に違っている。


 したがって、厨房兼調剤室では、現在、六つの鍋が、かまどの火にかけられており、それぞれ別の薬を作るべく、材料が煮詰められていた。


 お香のような独特の匂いが、室内に満ちている。


 ミキは、店舗室から、空の籠を載せた荷車カートを押しながら、部屋に入ってきたところだった。


「商品補充終わりました」


「ありがとう。次、これね」


 あたしは、車椅子を移動させると、床に置いた作り立ての薬品の瓶を入れた別の籠を取り、空籠と交換した。


「わかりました」と、ミキ。


 ミキのお陰で、細々こまごまとした仕事に割く時間が減り、薬の生産数は倍増していた。


 単純に、収入が倍である。


 ミキに、十分な給料を払っても、まったく問題ない。


 こんなことなら、もっと早く人を雇えば良かったなどと思ってしまう。


 とはいえ、誰でも雇いさえすればいいというわけではない。


 今まで、人を雇おうなんて思いもしなかったのだから、やはり、必要なかったのだ。


 縁が働いたということなのだろう。ミキとの出会いは、きっと、縁だ。それも、良縁。


 そのうち、ミキに、お会計まで任せられるようになれば、あたしは、薬品ポーション魔法道具マジックアイテム魔法の巻物マジックスクロールの製造に専念できる。


 収入もさらに増えるだろう。


 ふひひひひ。


 ミキは、にやけるあたしには気づかず、鍋をかき混ぜているゴーレムの様子を、熱心に見つめていた。


「そんなに面白い?」


「はい。何度見ても凄い魔法です」


「でもないよ。一つの機能しか持ってないゴーレムなんか、すぐ作れる」


「一つの機能?」


「そう。混ぜるとか、潰すとか、叩くとか、一つの仕事だけをするゴーレム。人間みたいに一人で何でもできるゴーレムを作るのは難しいけれども、一つの機能を持ったゴーレムを組み合わせて仕事をさせれば、ここみたいに、大抵のことは自動で全部やれるようになる。ただし、応用力はまったくないから、常に人が見ていて、連携がおかしくなったら、すぐ止めるとか修正しないとならないけどね」


 室内では、『かきまぜくん』以外にも、切るとか洗うとか、様々な機能に特化した専用ゴーレムが働いている。


 ミキは、何か考えるような顔をした。


「『運ぶ』は、難しい機能ですか?」


 あたしは、ミキが持つ荷車の上に載せた、籠を見た。


 薬品入りの瓶が幾つも入っているので、五歳の子供には、重たいはずだ。


「ごめん。重たかったね。少し減らそう」


 ミキは、慌てた様子で、頭を振った。


「そうじゃなくて、ここには運ぶゴーレムがいないみたいだから。店長が一人だった頃、何でゴーレムに運んでもらおうとしなかったのかな、って」


「ああ」


 あたしは、納得した。ミキの疑問はわかる。商品補充も、ゴーレムにやらせれば良かったのに、という話だ。


「運ぶのは、ゴーレムにできても、どの薬をどの棚に並べるかの判断はできないからね。棚の位置を覚えさせても、場所替えをしたら、また一から覚えさせ直しだ。だったら、あたしが膝の上に籠を載せて、自分で運んで、棚に補充して回ったほうが早い。それにこの子もゴーレムだよ」


 あたしは、車椅子の右肘掛けを、ぽんと叩いた。


 車椅子ゴーレムが前進する。


 二度叩く。


 車椅子ゴーレムは、停止した。


「そっか」


 ミキは、どちらが効率的か理解したようだ。


「でも、ゴーレムに後をついてこさせるだけならばできますよね。荷物を持って旦那さんの後を追いかけさせれば、旦那さん、楽になりませんか。毎日、大変そうです」


 ふむ?


 あたしは、考えた。


 いい視点だ。


「そいつは試してみる価値があるね。マルくんの速さについていくのは大変だけれど、うまくいけば、販売用の荷物を、もっと運べる。すぐつくろう」

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