第32話 人気商品

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 結局、地下八階でも、夫婦石は反応しなかった。


 俺は、地下九階への階段を降りたった。


 不人気階だ。


 魔法を使うような敵はおらず、罠も少ないが、唯一出る小口鼠が厄介だ。


 一匹一匹は、ほぼ一撃で仕留められるが、すぐ仲間を呼び、物量で攻めてくるため、全滅させるまでに時間がかかる。


 毛皮も素材も、大して高くは売れなかった。


 要するに、骨折り損のくたびれ儲けだ。


 地下九階まで降りて来られる実力を持つパーティならば、この階は無視して、地下十階へ降りてしまうのが得策だ。


 したがって、地下八階から地下九階へ降りる階段と、地下九階から地下十階へ降りる階段を最短距離で結ぶルート以外は、ほぼ誰も通らない階である。


 俺は、夫婦石を振った。


 はたして、夫婦石は、割れ目を横倒しにして、停止した。


 ビンゴ。


幸運と勇気ラッキー・プラック』が遭難したのは、この階だ。


 階段と階段を結ぶルート以外の場所で遭難していれば、まず、誰にも発見されないはずである。


 遺体も、小口鼠に食べられているはずなので、はたして痕跡が残っているかどうか。


 さすがに、石ころは鼠も食べないはずなので、夫婦石だけは転がっているだろう。


 鼠に飲み込まれていれば、迷宮内を動いているはずだが、石は動かずにじっとしている。


 俺は、時々、割れ目の向きを確認しながら通路を進んだ。


 石のある場所は変わらない。


 しばらく進むと、空気が生温くなり、油が燃える臭いが含まれだした。


 他の悪臭も混ざっている。


 獣の糞尿と臓物の腐った臭いである。


 曲がり角だ。


 俺は、角の手前で立ち止まると、慎重に先を覗き見た。


 まっすぐ伸びた一直線の通路だった。


 遥か先で、脇道から通路側に明かりが漏れ出し、明かりの中に、少なくとも百は超える数の鼠たちがひしめいていた。小口鼠だ。


 鼠の群れは、興奮した様子で、一様に脇道に頭を向け、キューキュー叫んでいた。


 狭い脇道に何か獲物が潜んでいるところを発見し、集団で襲い掛かっているようである。


 体長一メートルを超える鼠の群れが、我先にと押し合いへし合い、もみくちゃになっている。


 仲間に獲物を取られまいと我先になるぐらいなら、仲間など呼ばなければいいのにと思うが、習性はいかんともしがたいのだろう。


 幸い、脇道の獲物に夢中で、俺という獲物が、こうして覗き見ているのにも気づかない熱中ぶりだ。


 通路と脇道の交差点部分の床は、赤黒く、ぬめぬめと汚れていた。


 おびただしい量の血が流され、乾いていないのだ。


 通路には、死んだ鼠の死体が幾つも転がり、鼠の群れは、押し合いへし合い、仲間の死体を踏みつぶしながら、横道に駆け込もうと試みている。


 死体は、時々、仲間に齧られているらしく、骨がむき出しになっていた。


 臓物は体から引きずり出され、腸の中身の糞尿がばらまかれている。


 そもそも、地下九階に生息する魔物は、他の階からの紛れ込みを除けば、基本的には小口鼠のみである。他の魔物を日常の獲物とする行為は不可能だ。


 小口鼠の獲物もまた、小口鼠しかありえなかった。


 傷つけられると、すぐ仲間を呼ぶ小口鼠は、そのくせ、傷ついた自分の仲間に対して、平気で襲い掛かる習性を持っていた。共食いだ。


 かつて、俺が地下九階を探索していた時にも、助けを呼んでおきながら、助けに来た仲間に、当たり前のように襲われる小口鼠の様子が、普通に見られた。


 前方の小口鼠たちの騒ぎは、衝突した別の群れ同士の戦闘だろうか?


 だとしたら、明かりがある理由がわからない。


 明かりは、交差点の床にも転がっている。


 火のついた、鼠の毛皮が燃やされていた。


 迷宮内で明かりを必要とするのは、人間だけである。


 見ていると、脇道から火の付いた鼠の毛皮が、通路に投げられた。


 鼠の群れが、さっと避けた。


 まさか!


 俺は、角から飛び出すと慌てて駆けだした。


 前方に向けて、威圧を放つ。


 パニックを起こした鼠たちが、ぶつかり合いながら、通路の反対側に逃げていくが、中には、こちらに向かって駆けてくる者もいる。


 だが、俺に襲い掛かろうというつもりではなく、俺の脇をすり抜けようという動きだった。


 俺は、スルーした。


 血だまりの交差点の中には、思っていた以上に多くの小口鼠の死体が積み重なっている。


 ぶすぶすと、黒い煙を上げて、床に落ちた毛皮が燃えていた。


 脇道を見た。


 腰だめに盾を構えて、全身を隠すように守った戦士が、壁のように立ちはだかっていた。


 戦士の前方には、死んだ小口鼠が、通路より、さらに山になっている。


 鼠の血だけではなく、垂れ流しの糞尿も、ぬかるみの製造に一役買っていた。


「よぉ、ボッタクル。遅いよ」


 と、俺の顔を見た戦士は言った。


 戦士は、ずるずると崩れ落ちた。


 プラックだった。


「あんたっ」


 プラックの背後から、ラッキーが飛び出してきて、プラックを抱きかかえる。


「ほら、言ったとおりだろ。絶対、ボッタクルが助けに来るって」


 プラックは、ラッキーに笑いかけた。


 ラッキーは、泣きじゃくっている。


「聞いてよ、ボッタクル。この人ったら、絶対あんたが助けに来るって信じきってんのよ。妬いちゃうぐらい」


 泣き笑いしながら、ラッキーが俺に言った。


 まさか、遺体をあさりに来ただけだなんて、とても言えない。


「ボタニカルだ」


 俺は、とりあえず、そう口にした。


 ラッキーが、ハッとした顔になる。


「ボッタクル、今日はいつだい?」


 俺の訂正なんか、まったく、聞いちゃいない。


「娘が宿から出されちゃう!」


 俺は、二人に笑いかけた。


「心配ない。ヴェロニカが預かってるよ」


 ラッキーとプラックは、顔を見合わせて、心底安心したという顔で微笑み合った。


 それから、俺を見て、二人は言った。


「ラッキーだ」


「ラッキーよ」


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 娘のバイト先が決まった『幸運と勇気ラッキー・プラック』隊は、以後、探索場所を地下七階に変更した。


 何でも安心して遭難できるようになったからだそうだ。


幸運と勇気ラッキー・プラック』の帰還以降、店では、夫婦石が、ちょっとした人気商品になっている。


 どういうわけか、どのパーティーも石の一方を勝手に店に置いていく点が困りものだった。


 誰か、正しい使い方を教えてやってくれ。



◆◆◆お礼・お願い◆◆◆


『ボッタクル商店ダンジョン内営業所配達記録』エピソード3を読んでいただきありがとうございました。


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                                  仁渓拝

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