第31話 小口鼠

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 ラッキーは悔やんでいた。


 順調すぎて、やや調子に乗りすぎていたという、自覚がある。


 良いことばかりは続かない、という典型だった。


 わかりやすい罠で油断をさせておきながら、陰に別の罠を仕掛けておくなどという手口は、初歩の初歩だ。


 失態である。


「すまない。あたいのミスだ」


 プラックに謝った。


 プラックは、ははは、と明るく笑った。


 筋肉の塊のような、巨漢である。


 小柄で痩せたラッキーと並ぶと、美女と野獣だ。


「らしくないな。いつもの口癖ラッキーはどうした? むしろ、二人一緒に転移したんだから、ラッキーじゃないか。バラバラだったら心が萎える」


「そっか」と、ラッキーは、考えを切り替えた。


 確かに、これで一人だったら、死活問題だ。


 テレポーターにひっかかったのは、ラッキーの方である。


 偶然、プラックが肩に手を置いていたから、一緒に転移したが、もし、そうでなかったら、どことも知れぬ地下で、路頭に迷っていたのは、ラッキーだ。


 勝手知ったる地下五階からなら、プラックは、一人でも帰れるだろう。


 だが、転移したラッキーが一人で戻れるか否かは、別問題だ。


 そもそも、どこに飛ばされたかで、難易度は変わってくる。


 一人でできる行為には限界があった。


 装備も荷物も全部ある。


 カンテラの明かりも消えていない。


 場所以外は、いつもの探索と同じ条件だ。


 そう考えると、


「そだね。確かに、ラッキーだ」


「だろ?」


 プラックが、ラッキーにウインクをした。


 現在地は、一直線に伸びる通路のど真ん中。


 幅も高さも約四メートル。構造は、積み上げた石材ブロックである。


「敵だ」


 プラックが声を上げた。


 通路の前方に魔物がいる。大きな鼠が一匹だけだ。


 体高六十センチ、体長一メートル程度である。


大口鼠ラージマウスラット。てことは、ここは地下四階だ」


「だったら、帰れる。わけわかんないとこじゃなくて、ラッキーだよ」


 一直線に駆け寄ってくる鼠の突進を、プラックが盾で受けとめた。


 一旦力任せに押し返してから、即座に剣で突く。


 切っ先は、口腔に深々と突き刺さったが、鼠は死ななかった。


「お、硬いぞ」


 よく、相手を観察する。


「待てよ。こいつ、小口こくちだ」


 大口おおくち鼠は、ガバリと開いた巨大な口の端が耳元まで開くが、小口鼠スモールマウスラットは、目元までだった。


 但し、小口鼠の方が、大口鼠より体長があるので、開いた口の平均直径は、ほぼ同じだ。


 約五十センチメートル。


 大口鼠が、地下四階を主な生息階数とするのに対して、小口鼠は、地下九階だ。


「てことは、地下九階だぞ」


 図鑑で得た知識だ。


「ラッキーね。『幸運と勇気ラッキー・プラック』隊、地下九階初進出よ」


 あえて、ラッキーが、軽口をたたく。


 ステップバックで、小口鼠が数歩下がると、キューキューキューっと、金切り声を上げた。仲間を呼ぶ声だ。


 小口鼠は、大口鼠以上に、仲間を呼びやすい。


 少しでも傷をつけられるとすぐに仲間を呼ぶので、本来、一撃で倒さなければならない相手であった。


 次から次へと仲間を呼んでしまうので、物量に押されて追い詰められる。


 ラッキーがプラックの背後から、つぶてを打った。


 眉間に、礫を当てられた小口鼠は力尽きた。


 わずかだが、一撃で仕留めるには、プラックの力が足りていなかったらしい。


 倒した獲物の部位を回収する間もなく、通路の奥の方から、小口鼠が群れで駆けて来た。


「逃げるぞ」


「あいよ」


 二人は、振り返ると、通路を反対側へ駆けだした。


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 あれよあれよ、という間に、追い詰められた。


 一目散に背後に向かって逃げ出した、『幸運と勇気ラッキー・プラック』の二人だったが、反対側からも小口鼠の群れが駆けてきた。


 咄嗟に狭い脇道に飛び込み、くねくねと進んだ先が、行き止まりだ。


「ラッキーよ。これで挟み撃ちの心配はなくなったわ」


 ラッキーが、いつもの軽口を叩いた。


 プラックは、背後を振り返る勢いにのせて盾を振り、先頭の小口鼠に叩きつけた。


 撃たれた小口鼠は、吹き飛ばされて、背後の数匹を巻き込んで転倒した。


 キューキューと、小口鼠たちは、甲高い叫びをあげて、仲間を呼んだ。


 プラックは腰を落とすと、前方に盾を突き出し、どっしりと構えた。


 いつでも突けるように、切っ先を敵に向けた剣を持つ右手を、引いて構える。


 幸いにして、脇道は幅が狭かった。


 一メートル弱だ。


 何匹か倒して死体を転がして壁を作れば、さらに狭くなる。


 頭上を飛び越えられさえしなければ、プラック一人でも守りきれる幅だった。


 上を越そうとするような敵に対しては、ラッキーの礫で対処する。


 そういえば、以前のパーティーにいた頃、地下十階で行動する探索者から話を聞いた覚えがあったと、プラックは、思い出した。


 地下九階には長居をしないで、さっさと地下十階に降りるか、まだ力不足を感じた場合は、地下八階を周回しろ、という話である。


 あそこは小口鼠しか出ない。疲れるし、実入りは少ないし、物量に押されて全滅の恐れが常にあるしで、地下九階で小口鼠なんかの相手をするくらいなら、その上か下の階に時間を費やせ、という助言だった。


 言っていた話の意味が、よく分かった。


 プラックに転がされた小口鼠たちは、すぐ起き上がり、ガブガブ噛みつこうと、目の前で跳ねていた。


 その後ろでは、狭い通路に、何十匹もの小口鼠たちが、我も我もとひしめいている。


 プラックは、生粋の戦士だったが、スタイルは盾役タンクだ。


 ドカッと受け止めて、グサッと突き刺すのが戦法だった。


 守りの戦いは、そもそも向いている。


 本当の勇気は、猪突猛進する時よりも、退くべき時に退き、耐えるべき時に耐える時こそ、より必要だ。


「ここで持久戦になりそうだ」


 プラックは、背後のラッキーに声をかけた。


「ボッタクルから荷物を受け取ったばかりだから回復アイテムは心配ないわ。ラッキーよ」


 絶望的な状況で絶望を感じたら負け、というのが、ラッキーの信条だ。


 無理やりにでも、何かラッキーを見つけるようにしていれば、きっと本当のラッキーを手繰り寄せられると信じていた。


 ワンラッキーあれば、一発逆転だ。


「食い物も心配ない。すぐ肉の山ができる」


「焼き肉の準備でもしようかしら。焚きつけは、毛皮と獣脂で十分ね。明かりも心配ない」


「この階層の鼠を倒し尽くすのと、助けが来るの、どっちが早いと思う?」


 ラッキーの顔が曇る。


「助けはないんじゃない? あたしたちが地下九階だなんて誰も知らないわ」


「ボッタクルに夫婦石を返してないんだ」


 ラッキーは、驚いたような顔をした。


「あらま、本当ラッキー」

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