第30話 二重罠

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 その三日前。


 ボタニカル商店から地下五階で配達を受けた、『幸運と勇気ラッキー・プラック』の二人は、いつものように地下五階北部の探索を行っていた。


 女盗賊の幸運ラッキーと、戦士勇気プラックの二人組である。


 堅実派だ。


 迷宮探索を、一獲千金の手段ではなく、ただの労働と考え、無理せず一日で回れて、最も実入りがいい場所を、効率的に探索している。


 二人は、魔法による回復手段を持っていないため、所有している回復アイテムの範囲内での探索だ。


 アイテム、呪文を問わず、ダンジョンに潜る時点でのパーティーが使える回復手段の総量に対して、三分の一を使ったならば帰路につくという、いわゆる三分の一ルールを、厳守していた。


 行きに三分の一を使うのであれば、帰りだって三分の一を使うに違いない。万が一、道を間違えたり、強力な魔物に遭遇する可能性を考え、予備としてさらに三分の一を残す。


 誰でも知っている、探索者の心構えの一つである。


 もともと二人は、別の大きなパーティーの一員であったが、ラッキーの妊娠が判明したところで、すぱりとパーティーを抜けて、比較的、時間に自由の利く、夫婦二人組での探索スタイルに切り替えた。


 まだ、子どもが小さいうちは、急に熱を出したり、怪我をしたりと、何かと目が離せない期間が続くものだ。


 ましてや、まだ生まれていない状態とあっては、なおさらだ。


 おなかの子どもだけでなく、母体の健康も維持しなければならないため、身重の妻を残して、旦那が地下で遭難しましたなどという事態は、絶対に起こせない。


 探索者稼業そのものを引退しなかったのは、二人にとって、迷宮探索が一番上手にできる労働であるからに他ならない。


 地下一階では実入りが、ほぼないが、地下二階であればプラック一人でも探索が可能だ。


 魔物を倒しながら、一日周回して帰ってくれば、家族三人の一日分の支出強の収入が見込めた。


 ただし、罠の恐れがある宝箱等は、欲にかられず、すべて無視できる忍耐力があればだが。


 かつ、休日はない。


 プラックは、それをやりぬいた。


 娘が一人でトイレに行けるようになったところで、宿の女将に、いくらかの金を渡して日中の娘の世話を頼むと、ラッキーは、プラックと共に、迷宮探索に復帰した。


 世話と言っても、鍵をかけた部屋から出ていかないようにすることと、たまに、部屋を覗いて異常がないか見回る程度のものである。


 二人になり、せっかくの宝箱をあきらめる必要がなくなったこと、および探索場所を、地下二階ではなく、より実入りのいい地下四階へ移したことから、『幸運と勇気ラッキー・プラック』の収入も増え、一日探索一日休日のスタイルをとれるようになる。


 そのうち、ボタニカル商店による地下への無料配達サービスが始まり、探索場所を地下五階へ変更。三分の一ルールで消費する回復アイテム相当量の配達を毎回頼むことで、自分で持ち込む回復アイテムとあわせて、実質一日に二日相当の探索ができるようになり、一日探索二日休日のスタイルが確立された。


幸運と勇気ラッキー・プラック』自身は、ボタニカル商店の無料配達サービスを最もうまく利用しているのは、自分たちだと勝手に思っている。


 当のボタニカル商店の二人は、まったく知らない。


幸運と勇気ラッキー・プラック』にとって迷宮探索は、未知との遭遇ではなく、日常のルーチンワークだった。


 まだ見ぬ場所で行う探索には、新しい発見という楽しみがあったが、毎回同じ場所で行う探索には、迷宮に生じたわずかな違いに素早く気づけるという、安心があった。


 違いは、異常を意味している。


 異常は、危険を意味していた。


 危険を感じたならば、近づいてはならないというのが、鉄則だ。


 だが、安心は、油断につながる。


 悪い違いには、すぐ気づけるが、良い方向の違いには、なかなか気づけない。


 いつもであれば、一日探索して、魔物が宝箱を二つも落せば良いところ、その日は、六つ目の宝箱が出現した。


 通常の三倍だ。統計的には、異常値である。


「ラッキーよ」と、にもかかわらず、ラッキーは、自身の口癖を口にした。


 もちろん、油断なく、罠の有無を確認する。


 弓矢の罠がある。


 不用意に宝箱の扉を開けると、毒を塗られた矢が飛び出して、正面に立つ者を射る仕組みだ。


 抜かりなく、解除。


 カチリ、と、罠が外れた音がした。


「クリアよ」


 ラッキーは、背後に立ち、自分を見下ろしているプラックに笑いかけた。


「ごくろうさん」と、プラックも笑い返す。


 プラックは、ラッキーの両肩に、そっと手を置いた。ねぎらいの意味だろう。


「さて、中身は?」


 そのまま、ラッキーは、宝箱の蓋を開けた。


 瞬間、グラリと世界が揺れた。


 好事魔多し。


「うそ!」


 二重の罠だった。


 二重目は、迷宮内転移テレポーターだ。


 宝箱を開けた者を、迷宮内のどこかへ転移させる罠である。


 瞬間、プラックが、ラッキーの肩を強くつかんだ。


 二人は、一瞬で、その場からかき消えた。


 転移したのだ。

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