第29話 テレポーター
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地下七階。
通常、俺の配達は、この階の安全地帯までだ。
ここより地下に潜れるような探索者は数が少ないため、採算がとれるほどの注文数は見込めない。通常配達としては、我がボタニカル商店でも配達を引き受けてはいなかった。
地下八階以深への配達は、無料サービスではなく、別途、配達代金をいただいての配達となる。
もちろん、場所と配達内容を勘案して見積もりを出す、時価である。
そのため、俺としても、地下八階以深へは、現役引退以降、数えるほどしか足を踏み入れてはいない。
俺は、夫婦石を振りなおした。
割れ目は、さらに地下を指した。
まさかの地下八階以深である。
その前に、地下七階での配達だ。
地下五階の安全地帯が隠し部屋であるのに対して、地下七階の安全地帯は、袋小路だ。
通路が崩れて、人ひとりがかろうじて通れる細さの幅になった場所がある。
そこを抜けると、通路は元の太さに戻るが、奥がまた崩れて、袋小路になっていた。
人ひとり分の幅の通路を一人が守り抜けば、背後は安全に休んでいられる。
そのような空間だ。
俺は、地下七階の安全地帯に到達した。
俺を待つ探索者たちのパーティーは、三組だった。
今日は多い。
やはり、時間が押しているせいであるのだろう。
もともと、地下七階の探索ができるパーティーは多くないが、安全地帯との往復時間がロスになるため、通称ボッタクルルート上での引き渡しを希望するパーティーが大半だ。
だが、俺の到着が遅れたため、地下五階の安全地帯同様、俺より先に、地下七階の安全地帯へ、皆、着いてしまっていた。
「遅い」というお叱りの声と引き換えに、配達を完了する。
念のため、地下八階以深の魔物が、上層階へ上がって来た兆候はないか聞き取りをした。
三パーティーとも、そのような兆候は確認していなかった。
となると、『
上下五階層間しか事例がないのは、単純に地下六階以深まで潜れる探索者が少ないからだ。
地下六階から浅い階に戻されるのであれば、最大で地下一階までである。
上下五階層間の最大
逆に、浅い階から、深い階へ転移させられる場合は、証拠がなかった。
地下一階から地下七階以深へ飛ばされた探索者がいたとしても、その階を探索する探索者自体が少ないため、ちょうどいいタイミングで、遺体や遺品が発見されない。
生きて、自力で戻ってくることもなかったから、実際のところ、何階層分、転移させられているかは誰にも分からない。
浅い階層への転移と同じ程度と考え、一般的に、
ようするに、本当のところは、何もわかっていないのだ。
理論上は、迷宮内であれば、何階から何階であっても転移の可能性はあるとされている。
ヴェロニカ曰く、罠に込められた、魔力の総量に比例するらしい。
例外は、地下十階だ。
地下十階から地下十一階へ降りるためには、地下十階の試練をクリアする必要がある。
まだ、地下十階の試練をクリアしていないパーティーが、地下十階より浅い階層から、地下十一階より深い階層へ転移した事例は、報告されていない。
だが、既に地下十階の試練をクリアしたパーティーが、地下十階より浅い階層から、地下十一階より深い階層へ転移した事例は報告されている。
パーティー内に、一人でも地下十階の試練をクリアしていない者が含まれている場合に、地下十階より浅い階層から、地下十一階より深い階層へ転移した事例は報告されていない。
もちろん、地下十一階以深で起きた転移が、何階層分まで実際にあるかという記録は、まったくなかった。
それほどの階層で、
まず、生きて戻っては来られないので、記録は何もない。
もちろん、『
そう考えると、『
問題は、これ以上の捜索の必要性だ。
現在地である地下七階の安全地帯から地下八階へ降りる階段は、あまり近くない。
帰還途中に、
無理して、捜索を続けたところで、遺体は、もう残っていないだろう。
魔物か虫の腹の中だ。
装備や荷物も、やはり、魔物にあさられて、持ちされているはずである。
形見にできるような物など残ってないはずだ。
捜して見つけられる可能性があるとしたら、夫婦石の片割れだけだった。
そんなもの、ヴェロニカが夫婦石を作る材料として、そのへんの道端で俺が拾ってきただけの、ただの小石だ。
魔法をかけて、引き合うようになっているかも知れないが、石ころに過ぎない。
だが、最期まで、『
ただの石なのに、たまたま俺が拾ったという縁があって、夫婦石になった。
そう考えると、『夫婦』石という言葉そのものすら、意味深だ。
『
『縁か』と、俺は思った。
「あたしは、人と人の縁が働く時には何か意味があると思ってるんだ」
朝、ヴェロニカは、俺に言った。
「この子と同じ境遇でギルドから孤児院に入った子なんか今までも大勢いたのに、どういうわけか、この子だけが、こうして今ここにいる。多分、縁が働いたんだ。あたしもだけど、マルくんだって、あたしと出会って、人生変わったでしょ。見知らぬ誰かが、どこでどうなろうと知ったこっちゃないけど、縁が働いたんだったら大事にしないと」
確かにな。
俺に、ヴェロニカ暗殺の依頼がきたのも、何かの縁ということなのだろう。
そう考えると、地下五階でお客さんから、すっかり忘れていた夫婦石の存在を思い出させられた事実は、ヴェロニカ曰く『縁が働いている』ということになるのだろう。
だとすると、探さないという選択肢はありえない。
地下八階へ。
配達員ではなく、探索者として、俺は走り出した。
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