第28話 夫婦石

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夫婦石めおといしは?」


 突然、別の誰かが声を上げた。


「あ、顔見知り相手に、今更、渡さないか」


 言ってから、勝手に納得する。


 夫婦石、もしくは親子石おやこいし


 ダンジョン内で、万が一、パーティーメンバーがはぐれた場合に、再開しやすくするためのマジックアイテムだ。


 見た目も材料も、ただの小石だ。


 二つに割った小石の割れ目が、お互い、常に自分の相方の割れ目面と向き合うという魔法がかかっている。


 離れた二人が、お互いに夫婦石の片割れを持っておき、それぞれ割れ目が向く方向を目指して進めば、いつか出会うことができる。


 そういう使い方だ。


 顔と名前が完全に一致しているパーティーであれば問題ないが、まだ、あまりなじみではない相手に配達を行う場合、相手の身元確認の意味も込めて、引換証代わりに、夫婦石の一方を、うちでは渡していた。


 配達の際、商品と引き換えに返してもらう。


 ダンジョンでは、魔物に追われてはぐれたり、トラップで転移させられるなど、パーティーメンバーが、ばらばらになる事態が時にあるが、そんな時、メンバーがそれぞれ夫婦石を持っていれば、速やかに合流できる。


 そういうアイテムだ。


 新顔パーティーたちに夫婦石を持たせるのは、試供品の意味もあった。


 俺から、夫婦石で探索者の位置を知ろうとする行為はあまりしないが、受け取る側の探索者が、安全地帯に俺がもう着いたか、まだ通称ボッタクルルート上にいるかを把握し、受取地点の見直しを考える際には役立つらしい。


 ヴェロニカ考案、ボタニカル商店のオリジナル商品だ。


 ダンジョンに入る探索者たちに夫婦石の所持を義務付け、一方の石を探索者ギルドに預けるようにしておけば、予定日に戻らず、遭難の恐れがある場合、速やかに探索を行える。


 ギルドが救援隊を派遣して、代金は、ギルドに預けてある探索者の財産から払う仕組みにしてしまえば、迷宮探索の生残率も向上するに違いない。


 そう考えて、ギルドに進言をしてみたのだが、利益が、ボタニカル商店の独占となるため、他の商店が難色を示して、話は進展していない。


 単純に帰還が遅れているだけであり、実際には遭難していなかった場合に、探索者たちが、捜索代金を請求されたくないというトラブルもあるだろう。


 そう考えると、やむを得ないか。


 商品として夫婦石の良い点は、一度売ったら売ったきりではなくて使用期限がある点だ。


 石に込められた魔力が次第に薄れてくるため、定期的にヴェロニカが魔力をチャージする必要がある。他人の魔力では、チャージできない。


 材料は、そのへんの小石と、ヴェロニカの魔力。とても、利益率が高い商品である。


 実際に迷宮内ではぐれて、夫婦石のお陰で速やかにパーティーと合流を果たせた経験がある探索者は、一度有効性を知ってしまっているため、怖くて二度と手放せなくなる。


 地下で一人だけはぐれる事態は、死に直結する。


 その後、二度とはぐれるような状況にならなかったとしても、持っているのと持っていないのとでは、安心感が大違いだ。


 もっとも、『幸運と勇気ラッキー・プラック』は、既に大ベテランの域であるので、俺からの身元確認は必要ない。


 そう考えて、先に『夫婦石は?』と声をあげた探索者は、俺と夫婦石の持ち合いをしているわけがないと、自分で勝手に納得したのだろう。


 だが、俺には、天啓のような一言だった。


 確かに『幸運と勇気ラッキー・プラック』は、今更素性を確かめるような相手ではない。


 だが、堅実なプラックは、大分以前に、「もういいだろう」と俺が持たせたままになっている夫婦石の返還を求めた際に、「もしものためだ」と返さないまま、今に至っていた。


 その時は、「もしもなんて知るか」と答えてやったが、あいつが言っていた「もしも」ってのは、まさしく今のことである。


幸運と勇気ラッキー・プラック』と夫婦石のやり取りなんかしなくなって久しいから、すっかり忘れていた。


 俺は、がさごそとリュックサックの中をあさると、『幸運と勇気ラッキー・プラック』が持ったままになっている、夫婦石の片割れを取り出した。


 少なくとも二年近くはチャージしていないため、魔力が残っているかは、わからない。


 俺は、サイコロを振る要領で、右手に握った夫婦石を、開いた左掌の上に転がした。


 石は、重心の位置的に安定する姿勢とは明らかに異なる、不自然な恰好で停止した。


 不自然な恰好で止まるのは、石にチャージされた魔力が、まだ残っていて、惹かれ合う夫婦石の機能が働いているという証拠である。


 もしかしたら、こまめにチャージが必要というのはヴェロニカの方便で、実際には、頻繁なチャージなんか必要ないのでは、という考えが頭をよぎった。


 多分、気のせいだ。


 夫婦石の切断面は、北ではなく、下を向いていた。


 念のため、もう一度、振りなおしてみたが、結果は同じだ。


 ということは、


「どういうことだ?」


 見守っていた探索者の一人が、俺に問いかけた。


 俺は答えた。


「ここより、もっと地下だ」


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 地下五階の主に北側を探索範囲として、堅実な探索を続けていた『幸運と勇気ラッキー・プラック』が、自分から地下六階以深に降りたとは、あまり考えられない。


 実力的には、もっと深い階層の探索を行っても不思議はなかったが、実入りと安全性を秤にかけて、二人は地下五階を確実に周回していたのだ。


 その理由が子育てのためだと考えると、なおさら、自分から地下六階以深に降りたとは思えなかった。


 考えられる理由は、迷宮内転移テレポーター一方通行滑り台シュートのような階層移動系の罠にひっかかったか、魔物に追われて下の階に逃げざるを得なかっただ。


 各階層には、大抵、複数の階段があるが、地下五階北部にも地下六階へ降りる階段は存在していた。


 別の考えとして、夫婦石の片割れが入った『幸運と勇気ラッキー・プラック』の荷物を手に入れた魔物が、地下六階以深へ降りて行ったという可能性も考えられる。


 魔物には、それぞれ代表的な生息階層が存在するが、絶対にその階層にしか生息していないというわけではなかった。


 時に、地下の奥深くにしか生息していないはずの魔物が、何階層も上の、より浅い階層に現れて、実力的に劣る探索者たちの遭難被害が、続出する場合がある。


 地下六階以深から上って来た『幸運と勇気ラッキー・プラック』の手に余る魔物により二人は倒され、その魔物は、再び、地下深くへ戻って行った。


 そのような可能性も考えられた。


 理由はわからないが、いずれにしても、『幸運と勇気ラッキー・プラック』に預けていた夫婦石の在りかは、地下六階以深だ。


 となると、二人の遭難認定はまだだが、生存は、さらに絶望的だ。


 俺は、配達の仕事を続けた。


 そもそも、今日は時間が押している。


幸運と勇気ラッキー・プラック』の遭難場所を特定するにしても、まず、配達を終えるのが優先だ。


 そう考えつつ、さらに潜る。


 地下六階へ降りたところで、俺は、あらためて夫婦石を振ってみた。


 可能性として一番あり得るのは、地下五階から一階だけ下りた、地下六階での遭難だ。


 夫婦石は、俺の左掌の上で、割れ目を下に向けて停止した。


 さらに地下だ。

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