第27話 母性本能

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 地下五階の安全地帯は、俺を待つ探索者たちで賑わっていた。


 普段なら、通称ボッタクルルート上で荷物を引き渡している探索者パーティーが、俺の到着が遅かったために、安全地帯まで到達してしまっている。


「遅いよ」


 常連の一人から苦情を言われた。


「すまん。出掛けに一騒ぎあったもんで」


「『幸運と勇気ラッキー・プラック』の娘を連れて帰ったんだって?」


 常連は、事情を承知していた。


 朝、本人かパーティーの誰かが、あの場にいたのだろう。


 もしくは、ここで俺を待つ間に、他のパーティーとの情報交換で知識を得たのかも。


「耳が早いな」


「とうとうボッタクルも人身売買か? 娘を開発する必要があるなら手伝うぜ」


 別の探索者だ。


 そいつは、ぐひひ、と下卑た顔で笑った。


 まだ、新顔だ。


 うちの店と取引をするようになってから、半年程度の男だった。


 半年、ここで生き延びているのは大したものだが、半年しかいないのだから、俺の現役時代を知ってはいまい。根っからの店の親父だと思っているのだろう。


 ダンジョン内は、殺伐とした環境だ。


 常時、緊張を強いられる探索者たちが、買い物という日常的な行為で、店の親父と品のない馬鹿話に興じるのは、悪くない息抜きだ。


 だとしても、俺好みの冗談ではない。


 本心だとしたら、なおさらである。


 ケダモノめ!


「ボタニカルだ」


 俺は、即座に訂正をした。


 威圧をしたつもりは、まったくなかったが、つい、身から暗い何かが漏れ出たらしい。


 そいつは、真っ青な顔になった。


「冗談だよ、冗談。そんな怒るなって」


 慌てて、取り繕う声が震えている。


「とんでもない。怒ってなんかいませんよ。怒ったら、もう首を飛ばクリティカルしています」


 俺は、かろうじて、営業スマイルを取り戻した。


 商売人として、まだまだだ。好々爺こうこうやには、ほど遠かった。


 俺の過去を知る古参の探索者が、男を捕まえ、男のパーティーの元まで引き摺って行く。


 うまく説明してくれるとありがたい。


 フォローは任せた。後で、ポーションをいくつか、おまけしてあげよう。


 俺は部屋にいる探索者全員に聞こえるように、声を張り上げた。


「誰か、『幸運と勇気ラッキー・プラック』が遭難した現場を見た者はいないか? 最後に話をしたのは自分だと思う者は?」


 遭難現場を、実際に確認したという者はいなかった。


 室内に後ろめたがる空気も感じなかったから、遭難者から身ぐるみを剥いで放置してきたために、言い出せないでいるというわけでもなさそうだ。


「最後に話をした奴がいるとしたら、多分、あんただろ」


 どこかから、声があがった。


「ここで荷物を受け渡しているはずだ」


 確かに、そのとおりだ。


 いつものように、『幸運と勇気ラッキー・プラック』に、俺は、配達品を受け渡した。


 特に変わった様子も、普段と違う場所を探索するというような話もなかったと記憶している。


 いつものとおりだとすると、地下五階の北側の範囲を回っていたはずだ。


 食い荒らされて、もう残骸は残っていないかもしれないが、遭難しているとしたら、やはり、そこだろう。


『帰りに少し回り道をしてみるか』


 俺は、そう考えた。


 配達時間が押しているから、今すぐは無理だ。


 俺が熱心に『幸運と勇気ラッキー・プラック』を捜している様子を不思議に思ったらしく、探索者の一人が言った。


「ギルドから、捜索を頼まれたのか?」


「そういうわけじゃないんだがな。いつか娘に話す機会があるかもと思って、見届けたかったんだ。形見になる遺品があるかも知れないしな」


「娘ね。もう、すっかり父親気取りか」


 俺は、やれやれと首を振った。


「俺にそんな気は、まるでなかったんだが、かみさんは、どうも、そうらしい」


「母性本能か」


 察したように、その探索者は、それ以上は言わなかった。


 俺とヴェロニカは、彼女の足が治るまでは、子どもはつくらないと決めていた。


 生まれてきた子が、もし、石だったら耐えられないだろう。


夫婦石めおといしは?」


 突然、別の誰かが声を上げた。

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