第24話 幸運と勇気
2
少女は、ぽつんと席に座って、うなだれていた。
テーブルの板面を、じっと見つめている。
「どういうことだ?」
俺は、自分の入洞届けを出すついでに、ギルドの制服を着た受付の男に訊ねてみた。
「それが」と、受付職員は声を潜めた。
「『
「ああ」
俺は頷いた。
「『
女盗賊の
もちろん、本名であるわけがない。探索者として活動するための名前だった。
二人は、夫婦だ。
魔法の使い手がいないパーティーであるため、回復はアイテムに頼るしかない。
うちのお得意様だ。
俺は、いつも、地下五階で配達荷物を引き渡していた。
確か、ラッキーは、かみさんと同じ歳だから、二十八だ。プラックは、ラッキーより、いくつか上だろう。
二人だけで地下五階を探索して生還できるのだから、大したものである。
もっと大人数のパーティーに加われば、地下七階でも十分に通用する実力の持ち主たちだが、探索の自由度が減ることを嫌って、二人で地下五階を周回していた。
一日探索したら二日休む、というペースで探索を続けている。
一攫千金を狙うわけではない。無理なく倒せる相手を確実に倒して、命を落とさないように生活費を稼ぐという、堅実な探索スタイルだ。
「あいつら、子どもがいたのか」
じとっと呆れたような目で、受付職員は、俺の顔を見つめた。
「ダンジョンに潜ってない日は、よく親子三人で買い物したり遊んでいるところを見かけますよ」
「俺には潜らない日なんかないんでね」
探索者たちの私生活には踏み込まない信条だ。
俺には、休日なんかない。
いつか、妻の足を治すためのエリクサーを落札できる日まで、
とはいえ、『
一攫千金より、着実な子育てだ。
通常、探索者には独身が多い。
毎日が死と隣り合わせの稼業だし、体力的にも若くなければ務まらない。
運良く生き延びて所帯を持とうと考える頃には、まとまった財産もでき、自然と探索者を引退して別の仕事に就くというのが基本形だ。
だが、『
例えば、お店の開店資金であるとか、第二の人生を開始するにあたっての、目標とする金額が、まだ確保できていないのかもしれない。
単純に、探索中毒という輩もいるが、そういう奴らは、そもそも家庭生活など営めない。
俺が、『
地下五階の安全地帯だ。
いつものルーチンなら、今日が次の探索日だったが、前回の配達日以降、二人は迷宮から戻っていなかった。
戻らないというのは、そういうことだ。
少なくとも丸二日以上経過している。
遺体も装備も、跡形もないはずだ。
探索者は、いつか、いなくなるのが当たり前である。
回数を潜れば潜るだけ、遭難の確率は高くなる。
いつもの探索が自分の実力以内の場所だったとして、次回も同じ場所が実力の範囲内に収まる保証はどこにもない。魔物は常時移動しているし、例外はどこにでもある。
逆に、何回も探索から生きて戻っているのであれば、その探索者の手元には資金が残る。
まとまった金を元手にして、死ぬ心配のない堅実な商売を始めるというのが、普通の思考だ。
その場合、生き残った探索者も、やはり、迷宮からいなくなる。
死んでも生きても、探索者は、早いスパンでどんどん入れ替わっていくのがルーチンだ。
見知った顔は、どんどん俺の前からいなくなっていく。
だから、『
そうか、といった程度の感想である。
二人にも私生活があるなど、思いもよらない。
まして、幼子を残して迷宮に潜っていたなんて言われても、ピンとこなかった。
俺の中で、探索者は、いつか、目の前からいなくなるのがデフォルトだ。
『
宿としては、遭難した探索者の娘に居座られても困る。
探索者ギルドには、『
だからといって、娘が育つまでずっと宿泊できるほどの貯金はないだろうし、そもそも育てる筋合いもない。宿泊と養育は違う。
それゆえに、探索者ギルドに連れてきて、置き去りにした。
といったところか。
だからといって、探索者ギルドにも、少女の面倒を見る
少女が座っている脇の椅子には、少女が背負うには大きすぎるリュックサックが一つ、置かれていた。おそらく少女の、というか遭難した『
「それでギルドはどうするんだ?」
受付職員は、肩をすくめて、両掌を上にして見せ、お手上げのポーズをした。
「何もしませんよ。『
『最後の晩餐場』は、探索者ギルドの裏手にある、ギルド併設の飲食施設だ。
宿に泊まる金も怪我の治療をする金もない、最底辺の探索者たちが、なけなしの稼ぎで、飯を食い、酒を飲み、そのまま朝まで過ごすためにある空間だ。ゲロまみれの場所である。
「女の子だぞ! あんなとこ泊まらせたら、どんな目にあわされると思ってるんだ!」
「そんなのカルト寺院の孤児院に入ったって同じですよ。場所と相手が違うだけです」
確かに、ギルド職員の言うとおりなのだろう。
街にあふれる孤児や浮浪児よりは、屋根がある分、まだましなのかも。
「ギルドで仕事を斡旋してやれよ」
今度は、珍しい物でも見るような顔で、ギルド職員は、俺を見つめた。
「ボタニカル商店さんは、忍者ですよね? もっとドライかと思ってました」
「
「うちの対象は十歳からです。そんなに言うならば、ボタニカル商店さんで雇われれば?」
生憎、五歳の子にやらせる仕事なんか、うちにもない。
「おい、ボッタクル! 注文を頼む」
その時、俺を呼ぶ声がした。
探索者の一人が、いつもの俺の席付近から、俺を呼んでいた。
要するに、座っている少女のすぐそばだ。
付近には、他にも俺に注文をしたいのであろう探索者が、腫れ物を見る目で少女を遠巻きにしながら、何人か立っている。
「ボタニカルだ!」
俺は、すさかず、訂正した。
だが、俺を呼んだ探索者は、俺の訂正には耳を貸さずに、椅子に置かれた少女のリュックサックを無造作につかむと、探索者ギルドの出入口付近めがけて放り投げた。
「邪魔だ。縁起悪い」
少女は慌てて、リュックサックを拾おうと駆けていく。
これからダンジョンに潜ろうという探索者たちにとって、遭難の象徴である少女の存在は、確かに縁起悪い。
リュックサックを投げた探索者は、何事もなかったかのように、空いた椅子に座った。
他の探索者たちも、周辺の椅子に座りだす。リュックを投げた探索者の行動は大英断だ。
「まいど」
少女が
遅れていた注文の受け付けを、俺は始めた。
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