エピソード3 お留守番
第23話 入洞届け
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我がボタニカル商店では、一定額以上の商品を買っていただいたお客様に対して、購入商品のダンジョン内への無料配達サービスを実施している。
地下五階と地下七階の安全地帯まで商品を配達した後、お客様に引き渡す。
もしくは、毎日、ほぼ同じ時刻に同じ場所を通過する、配達ルート上で引き渡す。
探索者たちから俺の配達ルートは、通称ボッタクルルートと呼ばれていた。
誰が呼び始めた名前か知らないが、今ではすっかり定着している。
ボッタクルじゃなくて、うちはボタニカルだ!
まったく、迷惑な呼び名である。
配達のためダンジョンに潜る際には、配達する荷物の他にも、持てる範囲で、いくつか販売商品も運んでいくため、配達品以外に購入したいアイテムがある場合には、ダンジョン内での出張販売も実施していた。
但し、その場合は、地上より割高な値段での販売だ。
俺は、毎朝、探索者ギルドへ通っている。
ダンジョンへ潜る前の探索者たちから、配達の注文を受けるためである。
もちろん、注文は当日でなくとも構わないし、ボタニカル商店の店舗ででも構わない。
むしろ、そちらが本来である。
だが、わざわざ店舗まで足を運ぶのが面倒くさいというお客さんや、実際のところ、いつダンジョンに入るのか決まっていないというお客さんもいるので、入洞直前に注文を受けるのは、ある意味、効率的だ。
入洞前の探索者たちから注文を受けたら、一度商店に戻って注文された品の荷造りを行い、配達に出発する。
探索者とは時間差で入洞しないと、俺の方が圧倒的に早く、受け渡し場所についてしまうから、注文を受けてから準備を開始するぐらいがちょうどいい。
支払いは、商品と引き換えではなく、注文時に現金先払いのみである。
依頼人と、生きて、また地下で出会えるという保証は、どこにもなかった。
俺にも相手にも、常に遭難の恐れがある。
探索者たちがダンジョンに潜る際には、パーティーメンバーの一覧と探索予定の階層を、あらかじめ探索者ギルドに届け出することになっている。
入洞届けだ。
後からダンジョンに入る者たちのために、現在、どの階層が混んでいて、どの階層が手薄か知らしめるためと、戻らない場合に遭難記録作製の一助とするためだ。
帰還報告がないまま十日が経過すると、戻らなかったパーティーは、完全に遭難されたと認定される。
したがって、ダンジョンから帰還した際には、帰還した旨を、速やかに探索者ギルドに報告しなければならない。
帰還時の報告内容は、帰還したメンバー名と実際に探索した階数、特定ができるのであれば各階で遭遇した魔物の種類と数である。
ダンジョン内で何を入手したかまでは、報告しなくて良い。
特に報告しておくべき内容があるならば、それも報告する。
例えば、最近何々という魔物が多い気がする、減った気がするとか、どこどこで誰々の隊が全滅していたとか、そういった内容だ。
万一、全滅した隊を発見したからといって、遺体の回収を行う必要はない。
手が塞がった運搬中を魔物に襲われ、二次遭難を招く恐れがある。
回収しなくても、遺体は、すぐ、虫や魔物に食われて消滅する。
面倒なのは、瀕死の探索者が、まだ生きていた場合だが、この場合も助ける義務はないとされていた。
他人に情けをかけて回復アイテムを消費した結果、自分たちが全滅してしまっては本末転倒だ。ダンジョン内での出来事はすべて、吉兆共に探索者の自己責任である。
探索者たるもの、『ダンジョン内ではお互いに助け合いましょう』という、ギルドの努力目標があるだけだった。
まあ余力があれば、せめて生きている探索者ぐらいは、連れて帰る程度だろうか。
但し、本人が自力で歩ける場合に限られるが。
全滅した探索者パーティーを発見した場合、相手が所持していた金銭や装備は、発見者の物となる。
相手が人型の魔物の場合は、そうはいかないが、相手が獣型の魔物である場合は、壊れてはいるかもしれないが、概ね装備品やアイテムは、そのまま残されている。
遺体は、もちろん、見る影もない。
パーティー全体分の装備と所持品となると、結構な金額だ。
少なくとも、その日の探索については、黒字が見込まれる。
なので、全滅寸前の探索者の隊に遭遇した別のパーティーは、往々にして、相手を楽にしてやるという選択肢を選ぶと言われていた。
ダンジョンで一番危険な存在は、他の探索者だ。
もっとも、その際には確実にとどめを刺しておかないと、そのまま死ぬと思っていた相手が、別のパーティーに助けられて帰還し、地上で刃傷沙汰が起こる事態になる。
探索者同士の争いは、もちろん禁止されていたが、ダンジョン内では誰も見ていない。
実際のところは、何が起きていても不思議はなかった。
逆に、戻らなかった探索者パーティーがいるからと、装備品目当てに、翌日遭難パーティーの捜索に向かったところ、結果的に、満身創痍のパーティーを助けてしまうといった事態もある。
もちろん、その場合、救出されたパーティーは、助けてくれた相手に対して、結構な額の謝礼を支払うのが、仁義だった。
とはいえ、謝礼を支払いたくないばかりに、中には、俺たちは遭難していない、自力で戻れた、などと言い張るパーティーもいて、面倒くさい。
まあ、自分たちの遺体をあさりに来たパーティーに、なぜ、謝礼を渡さなければならないのかと考えると、言い張る気持ちもわからなくはなかった。
探索者ギルドが遭難記録を整理する理由は、迷宮内で何らかの異常が発生した可能性を早く知るためだ。
例えば、同じ階で二つ、三つのパーティーが短期間で遭難している場合は、階の平均より不相応に強力な魔物や、局所的に大量の魔物が出現した、といった理由が考えられる。
手をこまねいていると被害が広がる恐れがあるため、探索者ギルドとしては、調査チームを派遣するなどの適切な対応を、速やかにとる必要がある。
だが、あくまでも迷宮の異常調査であって、遭難者の救出を目的としたものではない。
調査チームが、仮に遭難したパーティーを発見した場合でも、対応は先のとおりだ。
地上に、よほどのパトロンでもいない限り、遭難したパーティーを、わざわざ救出するためのチームなど送られないし、もし、送られても、大体は手遅れだ。
俺としては、ギルドの遭難記録には、あまり用はなかったが、毎日の入洞記録は確認しておきたいと考えていた。
どの階に、どれくらいの探索者が入っているかを把握することで、配達品以外の一般販売用アイテムをどこで売ればいいか、効率的な販売計画が立てられる。
だから、俺は毎朝の日課として、第一に『ギルドへ入洞届けを出しに来た探索者たちからの注文の受付』、第二に『本日の入洞予定の把握』、第三に『自分自身の入洞届けの提出』という、三点セットを行っている。
そのつもりで、今日も探索者ギルドへやってきた。
いつものように、入洞届けを出した探索者たちから注文を受けようと、ギルドの一画にある待合スペースの、さらに一番端にある愛用の場所に座ろうとすると、先客に席を取られていた。
先に来て、俺を待っている探索者ではない。
荒くれ者ばかりいる探索者ギルドには、およそ不釣り合いな存在。
五歳ぐらいの少女だった。
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